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第六十話:黒紫色の理想

 その少女がメイドの募集に参加するためにやってきたのはもう何年前の事になるだろうか。

 第一印象は『美しい』で、第二印象が『おかしい』だった。

 まるで炎をそのまま転写したかのような鮮やかな赤髪に、年端もいかない少女にして、幼いながらも完成された冷たい美貌。弱冠十二歳にしてレベル600オーバーと言う才能も十分に怪物と呼ぶに相応しいステータスではあったが、その表情、佇まい全てにおいて感じられた研ぎ澄まされた刃のように怜悧で現実感のないその雰囲気こそが、その存在の最も異端と呼ぶべき点だったのだろう。

 二束三文で転がっているような才能ではなかった。
 間違いなく子供であるにも関わらず、容姿においても能力においても既に一流の域に達していたそれは、どんなに眼の利かぬ人間の眼でも見開かざるをえない異彩に満ちていた。

 それ故、なのだろう。明らかにおかしかったその存在をルーデル家に招き入れてしまったのは。
 決して触れてはいけないものだと本能でわかっているのに手にとってしまう。強烈な魅力を秘めた呪われた赤き宝石。

 その少女の名をクリアと言った。







第六十話【無色透明の少女の話】





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第五十九話:黒紫色の理想

「くそ、またハズレか!」

 転移門から半分出てきかけた灰色の塊を引っ張り出し、地面に叩きつける。
 それでも怒り収まらず、それを二度三度と踏みつけた。
 かろうじて翼や牙のような物が見て取れるが、それにはもう殆ど生物としての原型がなかった。

 計画は予想外に難航していた。
 不死だったはずの連中だが、時間の流れというのは予想以上に残酷だったらしい。
 完全なら物理耐性やら魔術耐性やら驚異的な蘇生能力やら持っていても、闇の中での三千年の孤独には耐え切れないという事か。

 なかなか勉強になるな。メモ帳にその旨を記載する。
 次厄介な不死の敵が出てきたら異空間にふっとばすことにしよう。

 しかしこれは困ったな。
 魔法陣に次のアドレスを書き込みながら、辺りに転がる灰色やら黒の残骸を見回した。
 その数、三十あまり。大きさは大小それぞれだが、どれもが干からびたような色をしていて、森の景観を脅かすこと甚だしい過去の残骸だ。

 まだまだアドレスは残っているが、もう無駄かもしれないな。

 ため息が出てくる。

 まったく、この俺が必要としているというのに。
 その時、ふと顔にしずくがあたった。

「……ん? 雨か……」

 空を見上げる。
 灰色の雲が俺の心中を表すかのようにもくもくと空を覆っている。
 ポツリ、とまたしずくが顔にあたる。
 屋敷に戻るか。

 対悪魔の戦力についてはまた考えなおそう。







第五十九話【戦力の話】



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第五十八話:黒紫色の理想

「知ってる諸君もいるだろうが、魔族領の悪魔の生息数は人族領の五倍とも十倍とも言われておる」

 巨大な黒曜石でできたテーブルに一面に広げられているのは世界地図だ。

 形としては、単純に言うとじゃがいものような楕円系。前後左右は海で囲まれ、その近辺には小さな島も転々とあるが、それらには物好きな一部の魔族や人族しか住み着いていない。

 じゃがいもはだいたい真ん中を横断する山脈で真っ二つに南の人族領と北の魔族領で分けられている。尤も、およそ三千年前に人と魔で和解が成立してからその境界線はほとんど意味を成していなかった。和解が成立してからの魔族と人族の争いの数は人族と人族の間の争いの数より圧倒的に少ないのだ。

 それなのにれっきとして境界が存在するのは一重にその山脈が難攻不落の境界であったからだ。そのせいで公路は主に空であり、転移魔術による移動など他にもいくつか手段はあるものの、その交通の便は決してよくない。

 骨ばった指がじゃがいもを縦に横断する。

 その様子を、様々な色形の眼が追っていた。潜め切れない吐息が静かな熱狂となって室内を満たしていた。

「原因は未だ定かではない。魔族領は人族領と違って常に強い瘴気で満たされておる。因果関係は未だ解き明かされてはいない」

「それもまた一つの失態だ。言い訳にもなりゃしないわ」

 誰かがしわがれた声で呟く。

 そんな事はわかってる。

 失態は功績で雪がなくてはならない。過去は変えようがないが、未来はどうとでもできる、はずだ。

「わかっておる。だからこそ、その恥は絶対に雪がねばなるまい。さもなくば……魔王様は二度とこの地を踏むことはないだろう」

 同意を得るかのようにあたりをゆっくり見渡すと、ハロルドはその指で、地図の最上端--黒く染めらた地をなぞった。

 地図に書いてある文言。

 『骨海黒墓』

 アンデッドが治める領内の一区画。

 かつては死んだ魔族を埋める大規模な墓地だった地だ。

 死の概念が薄いアンデッドだからこそ、仲間の死を酷く悼み、それ故に領内の大部分を開放し、魔族の魂を鎮めるための墓地を作った。

 だがそれもかつての話だ。

 今では魔族の死体に取り憑いた悪魔が蔓延る魔族領でも随一の巨大な地表型の悪魔の巣となっている。

「『骨海黒墓』、魔族領でも随一の悪魔の巣だ。まず最初に潰すならこの辺りが良かろう。アンデッド領には住人がほとんどいない故、告知も容易い。また、この地は私が大部分を納める地故融通もつきやく、更にダンジョンと違って、地というそのフィールド自体が死の毒となる故に探索する者もほとんどいない」

 魔族領はそのほとんどが瘴気で囲まれているが、特にこの地はその瘴気がひどい。人族でなくても、適正のない魔族では数時間と耐えられない程に。

 確かにそういう意味だと、規模の大きさ、事前準備、そして事後処理が簡単だという観点からすると適切だろう。

 だがしかし……

「まてまて、ハロルド卿。それは少し早計ではないか?」

 やはりきたか。

 それは当然予想できていたセリフだ。でも、だからこそため息が出る。

 反論してきたのは、三メートル近い巨体を持つ獣人--オークの連中だ。元来生えている剛毛は綺麗にそられ、小奇麗にしてはいるがその獣臭さは抜け切れていない。

「ふむ……言ってみよ」

「確かに『骨海黒墓』は魔族領でも随一の悪魔の巣だ。だがしかし、所詮は辺境の地、魔王様もそうそう足を踏み入れることはなかろう。ここは第一に攻めるのならば『獣王の監獄』あたりはどうだろうか? 魔王様が来訪なさるならまずは辺境などではなく魔族領の中心、魔王城跡となるだろう。そうなると、通り道にある悪魔の巣こそがまず第一の殲滅対象とすべきと考えるが?」

 その指が地図の一点--魔族領の中間地点あたりを指す。

 『獣王の監獄』

 オークなどの獣人が治める領の中心都市に存在する巨大な地下迷宮だ。

 規模こそ平野一帯を覆う『骨海黒墓』と比べるとやや小さいものの、地下に存在するという立地と迷路のように奔る無数の通路、内部を徘徊するやや知能が高い獣人型の悪魔といった条件から『骨海黒墓』にも負けず劣らず魔族の毒となっているダンジョンである。特に繁華街の中心に入り口があるといった立地条件から、ろくに準備もせずにふらっと潜る冒険者もおり、そのダンジョンが飲み込んだ命の総量は間違いなく『骨海黒墓』よりも遥かに上だ。

「しかし、『獣王の監獄』は『骨海黒墓』とは違い、地下型のダンジョンだ。殲滅するのに手間がかかる。大量の兵を送らねばなるまい。ならば先に簡単に制圧できる『骨海黒墓』をターゲットにして士気を上げた後、、その他のダンジョンの悪魔を制圧していったほうが結果的にはより効率的であろう? 兵数は募集すればいくらでも集まってこようが、相手は知性高き獣人型の悪魔、そう簡単に制圧できるレベルではなかろう」

「いやいや、『骨海黒墓』の心臓が潰されぬ限り動き続ける強靭極まりない生命力を持つ悪魔と比べれば所詮『獣王の監獄』なぞただの獣の巣、ハロルド卿、魔王様を除いた中では至高に近い闇の魔力を持つ御身と我らが同胞の力さえあれば瞬く間に殲滅できましょうぞ」

 ちょっとした皮肉が入ったオークの言葉。年甲斐もなく主張するハロルドの言葉。

 その議論を聞いて、今まで黙っていた周りの魔族がそれならばと各々好き勝手な事を言い出した。

 意見も言葉も種族も様々だが、一貫して言うことは一つ。

 『我らの地に巣食う悪魔こそ第一に一丸となって駆除するべきだ。それが魔王様の御心に沿うに違いない』

 だ。

 馬鹿馬鹿しくて見ていられない。

 私は、背から蛮刀を抜き取ると、ハロルドの城を破壊しないように手加減して床に叩きつけた。

 城が揺れる。
 大理石の床に深い罅が入り、破片がぱらぱらと舞った。

「…………」

「みんな、落ち着け」

 期待通り、静かになった。

 誰もが黙ってこちらに視線を向ける中、私はみんなの意に沿う、そして恐らく最も魔王様の意に沿うであろう少し考えれば誰でもわかる至極全うな意見を口にだした。

「最初に崩すのは竜族領にある『精竜山脈』とする」

 ハロルドが思いもよらぬ伏兵に驚いたように反論する。

「『精竜山脈』……だと? あそこは魔族領に多数存在する悪魔の巣の中でも一際攻略が難しい山脈型のダンジョンだぞ? 位置も『骨海黒墓』に劣らぬ辺境の上、比べ物にならぬ過酷な道中、出現する悪魔は物理魔術問わず高い抵抗を持つ竜型……さしもの我らでもそう易易と攻略できるとは思えん。理由を聞いても?」

 そんな当然の事もわからないとは……ハロルドとも長い付き合いだが、なかなか融通が効かない。それでもブラインド・ダークに比べれば遥かにマシだけど。

 周囲を見渡す。同胞の竜族も、その他の魔族も皆私の事を不可思議なものでも見るような眼で見ている。

 私は、全員の視線が私に集まっている事に満足して、道理を説明した。

「しれたこと。悪魔を殲滅するブレスは私の力、竜族の力だ。竜族領のダンジョンを真っ先に攻略するのは当然の事」

 私の言葉に、他の魔族は皆黙る。

 ハロルドの魔術は確かに凄い。三千年の月日はただのスケルトンに魔術の深淵を与えた。ハロルド程の魔術師は人界魔界を問わずそうそういないだろう。

 ブラインド・ダークの能力は、性格はともかく魔王様から生まれただけあって竜の高い耐性があっても脅威だ。

 しかし、だがしかし、広範囲を焼き払うのに|竜の息吹き《ドラゴン・ブレス》ほど強力な、広範囲の殲滅に適した力は存在しない。

「だがしかし、ハイライト・ドラゴンよ。我らは魔王様の僕、共通の目的を持った同胞だ。利己ではなく魔王様の御心に沿うべく力をあわせるのが道理ではないか?」

「ハロルド。貴様も、皆の者も本当はわかっているはずだ。魔王様は、どこを潰したから来訪していただけるというわけではない。潰した地にいらっしゃるのだ。そのためには手段など選ばん。もちろん悪魔の殲滅には協力しよう。だが、魔王様には第一に、竜族領に来てもらう」

 竜族は魔族の中でも五指に入る。

 悪魔は数だけは多い。

 竜族の力なくしてそれらを殲滅するのは困難だ。

 ハロルドはしばらく黙って考えていたが、やがて重々しく口を開いた。

「……まぁよかろう」

「ハロルド卿、本気か?」

 オークが、私の言葉を肯定したハロルドを信じられないものでも見るかのような眼で見る。

 ハロルドは、わがままな娘でも見るかのような目つきで私を見て、呟いた。

「仕方あるまい。こうしている時間がもったいない。どちらにせよ、考えることは皆同じよ。さっさと害虫を駆除し、魔王様に謁見を賜ろうぞ!」

「おおおおおおおおおおおおおおお!」


 魔王様どうして転生したのに魔族領にこないんだろう。

 こないのには理由があるはずだ。

 それじゃあ理由はなんだ? 三千年前から変わったのはなんだ? 住み着いた大量の悪魔だ!

 きっとこんな害虫が蔓延っているこないんだ。割りとどうでもいいからって悪魔の侵攻を放っておいた不甲斐ない私達のせいだ!

 じゃー大掃除しよう。きっと悪魔がいなくなったら来てくれるさ!

 倒したよ? 全部倒したよ? 魔王様きてきて、きたー!

 こんな感じの計画原案から始まった壮大なる魔族と悪魔との戦いの歴史が今幕を切って落とされた瞬間だった。











第五十八話【八つ当たりの話】



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第五十七話:黒紫色の理想

「シーン様、悪魔の軍勢がルートクレイシアに向かって進撃を始めているという報告があがりました」

「ん……あー……ん? ん、ああ……え?」

 唐突な報告だった。
 あまりに焦りのない口調に初めに耳を疑った。

 自慢だが、俺の耳はいい。すごくいい。その事に絶対の自信を持っている。
 にも関わらず、俺は一瞬その言葉が何かの間違いであるかのように感じてしまう程に、あまりにその口調に緊張感がなかった。
 まるで今日の天気について話しているかのように。

「数はおよそ五千から六千。高い飛行能力を持つ翼竜型、地上での移動能力に優れた獅子型の混成軍です。移動速度は極めて高く、三十分もあれば最も近い村まで到達するでしょう」

「へー」

 仏頂面でシルクが報告する。
 ならば、と棒読みで応える。やる気ねえなこいつ。

 しかし……三十分か。そりゃ早い。電撃作戦だな。

 報告が間に合ったこと自体が奇跡に近いだろう。
 悪魔はベースの形によって大体の戦闘能力が決まる。竜と獅子ならその戦闘能力も相当なはずだ。少なくとも碌な防衛能力を持たない村など数瞬で消し飛ばされる程度には。

 本当に久しぶりだ。向こうから攻めてきたのは二年ぶり二回目か。
 久しぶりでも全然嬉しくないのだが。

 膝の上でぐでーっとだらしなくたれているアンジェロの黒髪を撫でる。
 手を動かすとその度にアンジェロが艶めかしいうめき声を上げる。
 誤解のないように言っておくが、俺はまだ何もしていない。
 最近は何もしてないのにこんなのばっかりだ。

「ん……あぁ、しーん様ぁ、もっと、もっとおねがいします」

 物欲しそうな声は完全に溶けていた。

「悪魔……悪魔ねぇ。おいアンジェロ、お前武官なんだから、ちょっと行ってぶっ殺してこい」

 アンジェロの動きが一瞬止まるが、何事もなかったかのように無言で頭をぐりぐりと胸に押し付けてくる。
 宥めるように頭を撫でた。

 ここしばらく放っておいたせいか、言う事を聞かない。

 その挙動からは珍しい事にやる気が一片足りとも感じ取れず、シルクがじどっと湿度の高い視線で垂れアンジェロを見下している。

 無理ない事だ。
 元々国防は武官の重要な役割であり、報告も本来ならシルクではなくアンジェロがやるべき責務だ。
 公私はきっちりつけようや。社会人だろ。

「……シーン様、遊んでないでさっさと片付けていただけませんか?」

 シルクが非難するような目つきで俺を見る。
 おいおい、まるで俺がサボっているかのようじゃないか。

「んー……そうだな。翼竜型と獅子型じゃ別に生かしておくメリットもないないだろうし……それに……アンジェロ? そろそろ報告してくれないか? 何かあるんだろ?」

「……もうちょっと、もうちょっとだけ、いいですか?」

 あ、ちょっと正気に戻った。

「ああ」

 思わず許可してしまう。

「ありがとうございます」

「ああ、じゃないですよ! ああ、じゃ! アンジェロもいい加減にしなさい!」

 シルクが切れた。

 無理やりアンジェロの腕を引っ張って引き離そうとする。
 アンジェロが剥がされまいと俺の胴に腕を回す。
 力自体はアンジェロの方が強いわけで、シルクが全力で腕を引っ張っているが、全く歯が立っていない。
 
 やれやれ。
 遊んでる場合じゃないってのに。
 もうちょっと真面目に考えて欲しいところだ。

 アンジェロの髪を手櫛で梳きながら、遠視の術を唱えた。
 視界が分割され、上空に飛ぶ。
 遥か地平線の彼方に黒い霧のようなものが見えた。
 視界をその方向に飛ばす。あっという間に形がはっきり見れる距離まで来た。

 あー、めんどくせー。

 アンジェロの頭をぐりぐりと撫でる。アンジェロが嬉しそうに顔を押し付ける。
 俺はこんなにも平和を愛しているというのに……

 視界を少し絞る。怒涛の速度で進撃を進める悪魔の醜悪極まりない顔かたち表情がはっきりと見れた。
 悪魔は大体黒い。とにかく黒い。低レベルの悪魔程黒い傾向にある。
 強ければ強いほど別の色が入る。一番色に富んでたのは魔王時代に遭遇したおっさん型の悪魔だった。名前はなんて言ったかな……ペ……ペ……ペリアル……だったっけ? 
 ペリアル。ああ、そうだ。ペリアルだったような気がする。いい線いってるような気がする。
 天使の方は覚えているんだが……悪魔はおっさんだったからなあ。

 翼竜型と獅子型は悪魔の中ではそこそこの位にいる。
 だが所詮は数で攻めてくる程度の悪魔。有象無象に過ぎん。
 小さな村ならともかく俺と戦うには『闇耐性』が足りていない。
 襲ってくるなら消すだけだ。

 そして俺は、特に何の感慨もなく、久しぶりに力を行使した。

 多重詠唱『EndOfTheWorld』

 口内に小さな熱が奔り、つつーっと一滴の血が唇の端から流れる。

 対象は数千の悪魔。高速で移動中だが、動いているなら進行方向全てを対象に殲滅するだけだ。
 地面に光の点が無数に発生し、点滅する。地を疾走する獅子型がそれに気がつくが、気がついてももう遅い。密集して疾駆するその陣形は俺に殺してくださいと頼んでいるようなものだ。

 そして、数秒持たず、破壊が発生した。

 悪魔の数がまるで消しゴムで落書きを消しているかのように減っていく。
 その絶命の音は数百キロ離れたこの地までは決して届かない。
 もともと音なんてしないけど。

 点を置く。点を置く。点を置く。
 直線上の敵が消える。消える。消える。
 それの繰り返しだ。黒いクレヨンで絵画を塗りつぶすかのように造作もない事だ。
 痛みすら感じていなかったに違いない。
 数分もせずに悪魔の軍が綺麗サッパリ消え去った。
 黒い軍勢はもはや一匹たりとも残ってない。
 先ほどまで砂埃を上げて走っていた平野には、もはや静寂しか残っていなかった。

 飛ばしていた視界を閉じる。
 ゴミみたいな経験値が入ったのを感じた。
 一息つく。減った魔力はすぐに全快するが、心臓がやや鼓動を早くしている。

「おい、アンジェロ」

 俺の言葉でアンジェロとシルクの動きが止まった。
 アンジェロは両腕で俺を捕まえままで。
 シルクはアンジェロを引っ張ったままで。

 アンジェロが顔をあげ、その視線が俺の顔をなぞる。そして、唇の端で止まった。
 シルクが先ほどまでとは打って変わった険しい表情で俺の顔を見つめる。

「……シーン様、それは……」

「舐めろ」

 血がゆっくりと顎を伝わり垂れる。
 アンジェロは、ぼうっと魅せられているかのようにそれを見ていたが、やがてゆっくりと顔を近づけた。





第五十七話【死神とターゲットの話】




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第五十六話:黒紫色の理想

「はぁはぁはぁ……一体どういう事だ! 何で君がここにいる!」

 黒髪の十代中頃くらいの少年が、肩で息をしながら鋭い視線をこちらに向けてくる。
 魔術師が好んで身に付ける漆黒のローブに、右手に握った精霊魔術の威力を上げる精霊樹で作成された身の丈程の杖は、駆け出しの冒険者ではとても手の出ない高価なものだ。
 その佇まいは魔術師にして、まるで一流の騎士のように隙がなく、また腰に差された一振りの剣からはその少年が魔術師にして肉弾戦も行える事を示している。

「……」

 私は無言で、『制裁の鎌』を掲げた。
 少年が息を飲む。
 さすがギルドのランカーだけあって佇まいは間違いなく一流だ。だがレベルは私程に高くない。
 スキル・レイはジャミングされていて効かないが、世界がその事実を私に教えてくれる。
 レベル差で押しきれるはずだ。もちろん油断はしない。

 私は、特に何も考えず、制裁の鎌の力を発動させた。

 『縛る光』

 鎌の能力が発動する。
 漆黒のブレードが黒紫色に発光する。冥界の光は太陽の光程に眩しくはない。が、その光は太陽の光と違って人間にとって身体を縛る毒だ。

 生命ある者全ての動きを束縛する死神の毒。
 浴びたものをステータス異常『行動不能』に至らしめるそれは私が使用する事を許された数少ない力だった。
 光の発生は主に、能力の顕現時の効果|《エフェクト》であるこの世界の法則からしてみれば、光それ自体に縛る力があるこの能力は初見殺しに近い。

「……」

 だが、並の人間なら間違いなく対応出来ないはずのそれに対して、少年がとった行動は迅速だった。
 いや、私が鎌を掲げた瞬間から、まるで私が何をするのかわかっていたかのように――
 少年は懐から白い珠を取り出し、力の発動と同時に地面に叩きつけた。

 鎌の光とは比較にならないくらい強烈な白い光が発生する。
 『縛る光』の効力はその光に付随する。浴びれば抵抗できないがわかっていれば対処は簡単で、光を遮りさえすればその能力を身に受ける事もない。
 私は慌てない。レベル差は歴然だ。殺れると思ったから襲ったのだから。

「……逃がさない」

 『縛る光』を解除する。
 光に眼が眩んだのは一瞬。
 標的の背は壁、唯一の抜け道は私の後ろしかない。
 逃げられる場所などどこにも存在しない。
 身体が世界にアシストされ勝手に動く。脚が勝手に床を蹴り、視界がコマ送りのようにゆっくりと流れる。
 標的は当然構えていた。だが、私の速度に対応出来ていない。光は自身の眼も同時に眩ませており、そして私と標的に速度の差は大きかった。
 私は、大振りに鎌を振り上げ、全速で鎌を少年の頭の上から叩きつけた。
 その速度は到底少年に対応できるレベルのものではない。

「くっ……」

 その時、少年が急に力を抜いて体勢を崩した。
 それによって、身体が右に大きくずれる。

「っ!?」

 一瞬脳内に空白ができる。
 手は止まらない。
 目測がずれ、身体を幹竹割りするはずだった刃の軌道がずれる。命を刈り取る威力だったはずのそれは、軌道がずれ、左手を切り飛ばすにとどまった。
 と同時に、横から見えない何かがぶつかってきた。

「ぐっ……」

 中空に飛んでいた故、そして攻撃の瞬間故に、回避行動を満足に取れずに、壁にたたきつけられた。
 轟音。
 かなりの衝撃だったらしく、壁に罅が入り身体が半ばめり込む。
 が、私にダメージを与えられる程ではない。

 だが、発生した隙は大きかった。
 物理法則に身体を束縛され、反応が一瞬遅れる。
 その隙に、少年は満身創痍ながらも驚異的な精神力で術を完成させていた。

「はぁはぁ……ぐぅ……くっ、空の空、蒼天の鎖よ、高き天より招来して汝を縛る楔となれ、『空の監獄』」

 魔術起動時に発生する独特の違和感が周囲を満たす。
 身構えた瞬間、脳裏に閃光のように光景が奔った。

「ヒッ!?」

 反射的に出た短い悲鳴。
 その時私の頭によぎったのは、目の前の魔術師が使用した魔術に対するいかなる感情でもなかった。
 私の頭によぎったのは、数カ月前に受けた闇の部屋での一幕だ。そのせいで反応がさらに遅れる。

 空気が色を持ち、質量を持った。
 身体全体に重圧がかかる。ステータスに行動不能が付与された事を感じる。
 束縛系の術だ。しかも束縛系の術は数あれど、全てのステータス異常に抵抗を持つ私を縛れるという事は相当上位の術だろう。

 背を圧迫する壁の感触。縫いとめられているかのように、身体は重力に逆らってその場にとどまり続けている。
 右腕を動かそうとする。動く。動くが、それだけだ。身体は宙に浮いたまま。まるで空中に縫い止められているかのように。

「はぁはぁ、はぁはぁ、ぐ……ぼ、僕の腕……腕が……ああ、くそっ、一体何がどうなっているんだっ!! 何故君が、僕を狙う!」

 切断された腕をまるで大事な物でもあるかのように残った腕で抱きかかえるその姿は滑稽だ。
 いや、これが本来あるべき姿なのか。

 腕を抱える少年の姿。
 また不意に風景がフラッシュバックする。

「う……あああ……」

 頭を抑える。身体が理由もなくがたがたと震えた。
 恐怖と同時に湧き上がる殺意が頭の中をコトコトと煮込む。
 ありえない。ありえない。ありえない。もう恐怖は克服したはずだ。

「何故だ、何故君が僕を狙う!! まだ、君はやるべき事をまだやってないはずだ! こんな時期に君がここにいるはずがない! Killing Field!」

 少年が青ざめた顔でこちらを睨みつける。
 これ以上言わせちゃいけない。何故かそう思った。

 だが、身体は思った通りに動かない。硬い空気が私の動作の邪魔をする。
 踏み込みがうまくできない故に攻撃は全て見当違いの方に飛んでいき、当然少年には当たらなかった。

 そして、その黒髪の少年は、言ってはならない言葉を――

「だって君は、まだ、シーン・ルートクレイシアを、殺せていないだろ!」






第五十六話【最悪のゲームの話】
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槻影

Author:槻影
ファンタジーやらその他もろもろの雑文サイトです。エタを恐れずに好き勝手書いていくのがモットー
ずっとWeb上で活動していましたが、『堕落の王』が出版されました。
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