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夢幻のソリスト・ウォーカー 第九話:気静剣レビエリ⑥

 木を、幹を蹴りつけ、加速する。
 森の中。木はいくらでもある。立ち並ぶ樹木は今の俺にとって地面に等しい。
 加速する思考、視覚。身体が軽い。どこまでも軽い。このまま空を飛んでしまえそうなほどに。

 頬に感じる風。陽光は枝葉に遮られ、冷たい空気が額に張り付いた汗を飛ばす。

 その先に奴らは居た。

 小人だ。いや、小人であって小人ではない。集団で人を襲い、骨まで残さず食らう化け物。
 人とは異なる発達し肥大化した頭蓋に、赤黒く変質した、矢も通さぬ|鋼の肌《メタル・スキン》。
 全員が全員、その手に多種多様な武装を持つ鬼の一種。

『|邪鬼《イビル》』

 数体から十数体の群れで王都西の森を徘徊する食人鬼だ。
 いや、人だけでなくこの集団は魔族も構わず襲う。その戦闘能力、凶暴性は言わずもがな、ファーストコンタクトで出会ったミノタウロスをも高度な連携で瞬く間に殺戮し、その鎧を剥ぎ肉を食らうという事からもわかるだろう。
 以前のミノタウロスには戦士としての知恵があった。斧を操る武技があった。が、こいつらは違う。
 こいつらは人に匹敵する高度な知性をその凶暴性の発散だけに活用する正真正銘の悪鬼だ。

 だが、そんなこいつらよりも今の俺の方が――よほど化け物じみているのかもしれない。

 |猿《ましら》のように樹々を飛び込える。森の中は足場が悪いが、足場が悪い事など、宙空を飛び回る俺に取って無関係だ。
 枝を掴みあげ、慣性を利用して身体を投げ出す。

 更に加速。目まぐるしく変わる景色を、俺の視神経は明確に捉えていた。

 同時に、腰から下げた剣を抜き放つ。
 白銀に輝く美しい剣。ここ数日で大量の死を飲み込んだにも関わらず、その刃の切れ味は一切、鈍ることがない。

 邪鬼が構える。奴らの感覚は鋭い。俺の存在は既にばれている。

 数は十。身長が隠れる程の巨大なタワーシールドを構える個体が二、三日月状に沿った剣が三、弓が二、魔導師であろう杖を持つものが一に、錫杖を持つものが二。
 前衛と荷物持ちしかいない俺のパーティよりも遥かに充実した戦闘集団に、上空から獣のように襲いかかった。

 弓兵が弓を引き絞り、刹那の瞬間に撃ち放たれる。

 瞬き一つせずに俺はその動作一つ一つを捉えていた。

 飛来する矢は正確無比に俺の移動軌道上を貫いている。鏃に塗られている黒色の液体は、この森に生息する奈落蛙の粘液、掠っただけで狂い死ぬ屈指の猛毒だ。一瞬で放たれた十本近い矢を、だが俺は剣の一振りで全て撃ち落とす。

 弓兵が揺れる。初撃では魔術師の攻撃は警戒しなくていい。奴の術理は強力だが、詠唱と言う名のラグがある。そしてそのラグは――俺の速度の前に致命的だ。
 こちらから身を隠すように、仲間を守るために掲げられた金属の板をそのまま剣で切り裂く。ミノタウロスの甲冑すら容易く引き裂いた剣の切れ味は極上だ。まるでバターでも切るような手応え。そのまま後ろに隠れていた盾兵の首を刈り取る。

 もう一体の盾兵の盾を蹴って着地。周囲を素早く取り囲んだ三体の剣士。鮫のような鋭い牙が生え並ぶ口腔から涎が垂れ落ちる。もう慣れきった悪臭。
 何匹も何十匹も討伐した。知っている。最も厄介なのは魔術師の術だ。こいつの術理は、炎の矢は――人を『追う』

 振り下ろされる曲刀。足運びも身のこなしも熟達したそれだが、しかし速度だけなら俺の方が倍は速い。
 一撃ちで正面の剣士の剣を断ち切る。そのまま膝でその身体を蹴り飛ばし、踏み込みで左右二人の剣撃を躱す。
 殺意。四方八方から向けられる殺意に、俺は咆哮に殺意を込めて返した。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 杖を握った邪鬼が一瞬怯む。それだけで十分だ。
 身を低くして飛び込むと、一撃でその首を飛ばした。生首が宙を舞う。
 それに一瞬他の邪鬼が視線を取られる。その一瞬の隙に剣を振り回す。弓兵をその弓ごと分断する。

 息を止める。筋肉を引き絞る。
 錫杖――僧兵は後回しだ。奴は回復のスキルを使うが、それは死者を復活させるレベルではない。
 身体を無理やり反転させる。振り向きざまに隣に居た剣士の刃を切り落とす。

 どこに何がいるのか、戦っているうちに、いつの間にか感覚で分かるようになってきた。
 何度も何度も魔物を殺すうちに、殺害に対する倫理観も薄れている。血の匂いにもとっくに慣れていた。

 ――まだ夢は覚める気配はない。

 邪鬼の爛々と光る金の眼が恐怖に歪む。こうして怪物に恐怖の眼で見られる事にも慣れてきている。
 眼が灰色に反転する。上半身を切り飛ばしたからだ。口角から泡が吹き出す。その牙が人肉を喰らうことはもうない。

 後三か、あるいは二か?

 |盾士《ガードナー》が盾を放り出し、背中を見せて逃げ出す。重い盾を捨てたせいか、その速度は意外に速い。
 僅か三歩でその背に追いつき、背後から切り捨てた。

 風を切る音。背後から迫る矢を見もせずに剣で切り落とす。

 まるで機械のようだな。

 絶え間なく身体を動かしながら、それでも廻る思考――心中で下らない冗談を笑い飛ばした。
 こんなに凶悪な機械が、あってたまるか。

 動きを止め、両の足で立ち上がり、周囲を見渡す。
 数の上ではまだ邪鬼の方が多い。だが、既に気力でこちらが圧倒していた。
 尽きぬことのない憎悪を持っているはずの鬼は、武器を構えたまま怯えたように後退る。無論、逃すつもりはない。

 十体居て俺に傷一つつけられない怪物が、半分以下となり何の抵抗ができようか。
 弓兵がきりきりとその短い腕で小弓を引き絞る。だが、その眼は既に敗北を理解したように暗く、その鏃には殺意がない。

 剣をホームラン宣言するかのように邪鬼の群れに向ける。
 当然油断はしないが、緊張もまたしていない。

「来いよ」

 これは――経験値稼ぎなのだ。

 放たれた矢は弾丸の如く、だがしかし俺の動体視力を超える速度でもない。まるで止まった的を打つかのように無造作にそれを切り捨てる。
 二本。三本。四本。狂ったような速射を全て、尽く剣で切り捨て、左から襲いかかってきた剣士の首をついでとばかりに跳ね飛ばす。
 僧兵は既に逃げ腰だ。錫杖は撲ることにも使えるが、しかし本来の用途は魔法を使うための道具である。

 怯えたように錫杖を掲げる僧兵などただの的に過ぎない。一秒が数秒のように引き伸ばされる俺の感覚の前に、魔法使いは遅すぎた。

「ぐぎ……剣……鬼……ぐっ」

 血潮が飛び散る。その中には恐怖に歪んだ一抱えもある頭部が落ちていた。それを足で踏み砕く。

 他言語化対応。意志を持ちコミュニケーションを持ちかけてきた相手の言葉は例え魔物でも理解出来る。
 それに気付いた時にはショックを受けたが、今ではなんとも思わない。

 例え言葉を操れたとしても――奴らはただの『魔物』なのだ。

 弓兵の指が空を切る。矢筒には既に矢は残っていない。
 それに気づく間もなく、その頭蓋の中心点を唐竹割りに切り裂いた。

 全滅。既に立っているものはいない。
 先ほどまでは脅威だった邪鬼の死骸がばらばらに地面に転がっているだけだ。濃い血の匂いに顔をしかめる。

 果たして、嘔吐せずに済むようになったこれを、成長と呼んでいいのか俺にはわからなかった。少なくとも人としての健全な成長ではないんだろうな。

 外套の裾で額の汗を拭う。浅く息を吐き、呼吸を整える。
 剣を軽く布で拭うと、鞘に収めた。周囲に魔物の気配はないが、ここにいると邪鬼の屍肉を目当てに魔物が現れる可能性がある。

 レビエリが森の向こうから小走りでやってきた。倒木や石や生い茂る草。足場の悪い獣道を器用に駆け抜ける。

「はぁはぁ……た、倒しました、か」

「ああ。まぁ、余裕だな……」

 そう。余裕だ。
 最初は苦労した魔法を使う魔物も、疾風の速度と緻密な精度で放たれる弓矢も、もはや対応出来ぬ代物ではない。
 ましてや、近距離の戦闘に置いて、剣まで容易く断ずる魔法剣を持っていれば尚更の事。

 最近すっかり俺に慣れてきたレビエリが異空間からタオルを取り出し、渡してくれた。

 あの指輪、便利だよな。俺にも使わせてくれないかと聞いたのだが、首をふるふると左右に振られてしまった。彼女にも断固譲れない拘りがあるらしい。

 惰性でレビエリに聞く。

「レベルは上がったか?」

「……十八レベル……です」

 まだ上がっていないか。 
 既に十八レベルに上がって早七日、これまでの間に相当数の魔物を倒したはずなのに、レビエリのレベルはそこから上がる気配がない。

「……上がってないな」

「す……すいません」

「いや、謝る必要はない。レビのせいじゃないもんな」

「すいま……せん。あとちょっと……あとちょっとだけ、です」

 申し訳無さそうにしているレビエリの頭を撫でる。
 少なくともレベルは上がっていないが、触れても逃げられないレベルにまで仲良くなったというのはここ数日の数少ない成果といえるだろうか。

 ちなみに、レビはアダ名だ。私的な時間には仲間の聖剣からそう呼ばれているらしい。
 レビの名で呼ぶ度にほんの少し嬉しそうに微笑むその様子が可愛らしくて、いつの間にか俺もその名で呼ぶようになっていた。

 レビエリを連れ立って、戦場から場所を変える。
 既に森に入ること三度目、三日周期で王都と森を交互に行き来しているので、日数だけで言うのならばもう二十日近くになる。物資を買い込み、屋敷で身を休め、まるでとんぼ返りのように森に潜入する日々。そう言えば、フレデーラ達ともずいぶんと会っていないな。

 キャンプを作っているのは初日に血を洗い流した泉の近くだ。勇者たる俺がいるせいか、キャンプを張った直後は訪れていた魔物たちは既に姿を現さなくなっている。

 いつもの流れでレビエリがパーカーを脱ぎ、可愛らしいフリルのエプロンに着替えた。
 俺が魔物を倒し、レビエリが生活基盤を支える。天幕の設立から調理、洗濯まで、もちろん俺も手伝ってはいるが、それらはレビエリの仕事になっている。
 もともと、家でも殆ど家事などしていなかった。洗い物くらいならできるが、生活力には自信がない。

 何が楽しいのか、相好を綻ばせながらちょこちょこと動くレビエリをぼーっと眺めながら、思考の海に埋没する。

 一日目でレビエリのレベルは十五まで上がった。
 それから今日に至るまでもう何十何百もの魔物を倒しているのに、上がったレベルはたったの三だ。
 ミノタウロスの経験値が高かったのか、と初めは思ったが、あれからミノタウロスも数体倒しているからその可能性も薄い。
 後から倒した個体についても、特に最初のミノタウロスよりも弱いといった感じではなかった。レアリティも一緒だった。
 
 初めて倒した魔物だからあんなにレベルが上がったのか、とも考えたが、あれから新しい種類の魔物を何体も倒しているからその可能性も薄いだろう。

 自動車程の大きさのある巨大な蜘蛛。アラクネ。
 人頭馬身の怪物。ケンタウロス。
 集団で襲い骨も残さぬ食欲を持つ、邪鬼。
 ミノタウロスよりも更に巨大な鋼鉄の身体を持つ、アイアン・ゴーレム。

 それらは決して楽な相手ではなかった。魔剣で切り裂けない対象こそいなかったが、一体一体が頑強で凶悪な意志を持って襲いかかってきた。命の危機にひやりとした事も一度や二度ではない。
 何度も戦ううちに攻略法を覚えてしまったが、そこに至るまでに繰り返した戦闘は二度や三度ではない。

 恐らくここが現実だったら、とてもじゃないがやり遂げられなかっただろう、気が狂いそうになる――それはまさしく戦争だった。

 だが、それでも上がったレベルはたったの三。たったの三である。恐らくその数字が高いということはないだろう。なんたって――一匹目のミノで十レベルもあがっているのだ。

 初めは倒す度に期待して聞いてたレベルの状況も、今では半ば惰性になっている。

 経験値が減っているのか?
 いや、そもそも経験値という概念が正しいのか?

 腕を組み、いまさらながら首を傾げる。何で自分の夢にこんなに悩まないといけないんだよ。

 この世界は概ね俺の知るRPGのシステムに則っているように見える。王国。魔法。勇者。魔王。世界観もそれに近い。レビエリの言う、レベルが条件というのもいかにもそれっぽいし、魔物を倒せばレベルが上がるというのも冗談ではないだろう。現にミノを倒した際に十もレベルが上がったのだから。
 しかし、だ。そこから大幅にレベルの上昇率が下がっている。
 これをどう受け止めるべきか。このままここで戦っていて、上がっていくのならばまだいい。一月でも二月でも付きあおう。

 だが、もし上がらなかったら――

 そう、俺はいくら戦っても上がらない可能性があるのが怖い。
 いつこの夢が覚めるのかもわからないのだ。ここまで来た以上、せっかくなんだし魔王を倒すところまで行きたいじゃないか。

 経験値。この際、経験値など存在しないという可能性は捨て置く。考えても仕方のない事だ。

 さて、俺は今まで魔物を倒した時の経験値が不変のものだと思っていた。が、このレベルの上昇の仕方――次のレベルまでの要求経験値が上がっているのではなく、得られる経験値が下がっている可能性を考えてみよう。

 レベル差によって同じレベルの魔物を倒してももらえる経験値が変わる可能性だ。

 俺の今までやってきたRPGでは経験値は絶対値だったが、自身のレベルにより同じ魔物を倒しても取得できる経験値が増減するゲームがあるという話も聞いたことがある。
 もし仮に、この世界の仕組みがそれに則っていた場合――このままこの森で魔物を倒し続けても上がらないのではないだろうか。
 そもそも、同じレベルの事をこなしていてレベルがぐんぐん上がっていく方がおかしいのではないか。ほら、リアリティ的にさ。

 まぁ、それを言っちゃうと、俺が戦っているのに見ているレビエリのレベルが上がるというのが意味わからないんだが。

 森を抜けると草原があるらしい。
 四方数百キロに渡り続く大草原だ。生息する魔物の種類もきっと異なるだろう。
 慣れきった戦場を捨てるのは惜しいし、果たして今の俺の力が通じるかも怪しいが、ここで延々と魔物を狩り続けるよりはよほどマシだ。新鮮味もないし。

「勇者様……ご飯が、できました……」

「ああ……」

 ちょうど調理が終わったらしい。思索から戻り、レビエリが敷いた布のシートの上に腰を下ろす。
 レビエリの魔導具は便利だ。定期的に物資を買い込んでいるので、魔物はびこる森のどまんなかでも食糧にだけは不自由したことがない。
 メニューはパンとシチューだった。素材は保存食が殆どだが、彼女は俺が飽きないように工夫を凝らしてくれている。正直、パンという主食に飽きつつあるのだがそこを指摘するほど不遜ではない。

 そもそも、レビエリは料理が上手だった。美人で甲斐甲斐しくて料理まで上手いとなっては俺としては言うことがない。これで|夢幻《ゆめまぼろし》でなかったら完璧なんだが……できれば現実世界に持ち帰りたいものだ。

「美味しい……ですか?」

「ああ」

 シチューにパンを浸して口に放り込みながら答える。
 言葉少なな回答にも満足したらしく、レビエリはヒマワリのように陰りのない笑みで返してくれた。

 その笑みに思わずでれっと相好を崩しそうになり、慌ててしかめっ面を作った。
 このままここで暮らすのも悪くないかな、なんて一瞬考えてしまったのはさすがに秘密である。


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