夢幻のブラッド・ルーラー 第二話:反勇者の進め方②
あてがわれた自室で休んでいるとハインドさんがしかめっ面で入ってきた。
開口一番、怒鳴るように言う。
「ゼクスとアステアから苦情が出ている」
「……誰?」
「貴様が嫌がらせをした二体のミノタウロスだ!!」
「……ああ、ミノ太とミノ郎の事か……」開口一番、怒鳴るように言う。
「ゼクスとアステアから苦情が出ている」
「……誰?」
「貴様が嫌がらせをした二体のミノタウロスだ!!」
「おま……誰だそれ!?」
ハインドさんが地団駄を踏んだ。随分とコミカルな鎧である。こんな形をしていても、戦闘時は冷酷に敵を殺戮する機械《モンスター》となるのだろう。
名前あったのかよ。人そっくりなのに名前をつけてもらっていなかった可哀想な子もいるというのに……
しかもまあ、なんという格好いい名前。
……しまったなぁ、どうせ言葉が話せないんだから自己紹介いらねーだろと思って紹介をスキップしていた。
僕も初めての異世界で興奮しているという事か。名乗りをあげない判断をするなんて、なんという失態だ。
ちょっと考えて、ハインドさんに尋ねる。今日もハインドさんの鎧の光沢はばっちりだ。良い物を食べているのだろう。
「失敗したな……ハインドさん、ゼクスとアステアの所まで案内してもらっていい?」
「……何をするつもりだ」
「自己紹介」
「……」
そもそも、苦情を入れられるいわれはないのだが……。
僕は正当な権利を持ってしてただ斧を持たせて貰っただけだ。持てなかったけど。
勧誘はしたが結局スレイブにもしていないし。
「……自己紹介などいらん、奴らは雑兵だ。頼むから大人しくしていてくれ」
「ならもっと地位の高い人の所に連れて行って、紹介してもらっていいかな?」
「……何をするつもりだ……」
どれだけ警戒されてるんだよ……この僕が失礼な事をするとでも思っているのか?
いくらフォルトゥナさんに召喚されたと言っても、僕はこの軍の中では新参者だ。信頼を結ぶためには紹介を受けるのが最も手っ取り早い。
「ただの……挨拶だよ」
「……挨拶など不要だ。貴様は貴様のすべき事のみをすればよいのだ」
「ハインドさん、第一にすべき事として挨拶以上の事なんて――ないんだよ」
わかってない。全くわかってない。
ここだけは譲れない。呼び出された身だがはっきりと言わせてもらおう。
後で挨拶に来ていないとか文句を言われたらどうしてくれるのだ。そういった災いの芽はさっさと積んでおくに限る。
ハインドさんがいらいらしたようにヘルムをカタカタと鳴らす。
「まぁ、できれば全員と挨拶をしたいんだけど、全員とは言わないよ。まずは一人でいいかな」
残りはその人に紹介してもらうから。
「……チッ、今回のアウターは一体どうなっているのだ……」
「もしも前回までのアウターがそのように動いていなかったのであれば、それは前回までのアウターがおかしいよ」
敵がなんであれ、滅ぼすのには事前に準備がいる。
召喚で能力に補正が付いているとはいえ、この程度の補正では僕一人ではとても勇者とやらには適わないだろう。聞いた所、相当に強いらしいし、それに相手は……一人じゃない。
となれば、誰かの力を借りるしかない。
「そもそも、僕はもともとスレイブを使って戦う戦士なんだ。だからまずは見識を広げてこの地でスレイブを見つけないと、効率的じゃない」
能力も上がってるんだし、せっかくだから今まで連れたことのなかったタイプのスレイブを連れ歩きたい。
嘗て僕がまだ師匠に師事していた頃は、師匠が連れていた『冥府狼《ウォーハウンド》』が羨ましくて羨ましくて仕方なかったもんだ。懐かしい話だね。
幸いな事にここには異形が多いらしいし、それっぽいのもダース単位でいるだろう。契約出来るかどうか、そして元の世界に持ち帰る事ができるかどうかは不明だがチャレンジするくらいならいいはずだ。いい経験になる。
「奴隷《スレイブ》を使って戦う戦士……? 貴様、まさか奴隷使いか」
「奴隷? いやいやいや、奴隷じゃなくて……スレイブだよ」
また人聞きが悪い事を言う。てか奴隷使いって何? 魔物使いの奴隷版みたいなもの?
僕の元いた世界では一部の国を除いて奴隷制度は禁止されていたから、あまりにも聞き慣れない単語である。
ハインドさんが無表情で続ける。ヘルムに隠れていてもわかる。その表情は僕の言葉を一切合切、信じていない。
「……どうやら翻訳魔法がうまく働いていないようだな。自らは戦わず、奴隷《スレイブ》を戦わせ、目的を達成する者を奴隷使いと言うのだ」
あ、僕、奴隷使いだわ
いやいや、まてまて。そんな馬鹿な。奴隷? 否。
僕は正当な契約を持ってスレイブと契約を交わし、探求を行っていたのだ。
それを奴隷などという言い方をされてしまっては困る。僕がまるでスレイブ達の尊厳を侵し、契約を盾に無理やり働かせている最低な魔物使いみたいじゃないか。
「……僕は少しだけ協力してもらってるだけだよ」
「奴隷使いは皆そういうのだ」
……うーむ。文化の壁、侮りがたし。
まー奴隷使いと思われようが魔物使いと認識されようが、別に構わないか。この世界では奴隷使いというのは一般的な存在なようだし、詳細を教えずとも構わないだろう。
ハインドさんがカタカタと笑う。
「くくく……成る程、なぁ。どうりで腐った眼をしてると思った。……私にはわかるぞ、貴様は……屑だ。同族を物のように扱うなど、我らにはとてもじゃないが出来んわッ!!」
思うんだが、ハインドさんは失礼すぎではないだろうか?
腐った眼? あれ? 一応僕、反勇者として召喚されたんだよね? 何でそこまで言われなきゃいけないんだよ。
それに一応言っておくけど……
「いや、僕がスレイブにしていたのは同族じゃなくて他の種族だよ。あははははは、同族は基礎能力が弱すぎて使い物にならなくて」
種族ランクG級のプライマリーヒューマン。能力値は最低編である。
もちろん才能の有無はあるが、いくらなんでもそれをスレイブにするくらいなら他種のG級をスレイブにするよ。
いや、そうでなくとも……そもそも、それをやったら本当に――奴隷みたいじゃないか。
だが、僕の理詰めにハインドさんは冷たい視線で返してきた。
「……貴様、本当に屑だな。……なるほど、フォルトゥナ様の見た『邪悪』が私にも見えたぞ」
「……どうも噛み合わないみたいだね。まぁ僕の評価は実績を見てから出してもらおうかな」
「大言を吐くな、アウター! ならば、貴様の力をみせてもらおうか!」
殺意に似た重い気が全身に叩きつけられる。僕はそれを身動ぎ一つせずに受け流した。精神的な心構えで回避できる威圧系のスキルは、よほどの隙を突かれない限り僕には効かない。
表情を崩す事すらなく平然としている僕を見て、ハインドさんが身体を震わせた。
甘い。甘いよ。指一本触れずに僕を恫喝しようなど、いくらなんでも舐めてる。
「……チッ、一月後に人族の街を襲う。そこに付いて来るがいい。貴様の力、そこで見せてもらおう」
「へー、何のために襲うの?」
「貴様の知る必要のない事だ。戦力差は圧倒的だが、英雄を相手にする前の準備運動くらいにはなるだろう。くくく、あるいは、英雄《ヒーロー》が現れるやも知れぬぞ?」
なるほど。興味深い情報だ。
人族の街、人族の街……ねぇ。僕の元いた世界の人間とここの世界の人間で差異はどれほどあるのだろうか?
ハインドさんが初見で僕を見て人族と言っていたから、姿形はそれほど変わらないのだろうが……
例えば、僕が人族の街を襲うのに参加したとして、果たして僕はまだ正義といえるだろうか?
……まぁまだ判断を下すには早計だ。
見た目で人を判断しちゃいけません。魔族側に義が有る可能性だってあるのだから。
「心当たりでもあるの?」
「……最近、この辺りのエリアでは一人の勇者を中心としたパーティが存在している。レベル的にはそれほど強くはない、が……くくく、貴様の一番の相手としては手頃かも知れぬな。……まぁ、残念だがそのパーティには既に手を打っている、既に瓦解寸前だ。貴様とぶつかるまでもなく滅ぼされるだろうがな」
……面白い情報だ。
勇者、か。闇を切り開き万物を救済するとされる世界最強の戦略兵器。
僕の世界にもいたが、勇者のクラスとは世界最強のクラスの一つである。
選ばれし者のみ得ることを許される攻防隙のないオールラウンダーなクラスだ。
圧倒的な身体能力に底の見えない超越した魔力。そして勇者独自のクラススキルは強力無比で、例え一軍を相手にしても毛ほどの傷すら付けられないであろう、その力はもはや人の域ではない。
もし戦ったとしたら、能力値が上がっている今でさえ、僕では万に一つも勝ち目はあるまい。
……異世界だし別物だと思うけどね。
「詳しい情報は?」
「……自分で調べるがよい。襲撃はちょうど一月後だ。そこで貴様の力を見せてもらう。もし万が一何一つなせぬようなら私が――」
ヘルムの隙間から見える血のような紅い眼光が強く瞬く。
威圧こそ感じなかったが、これは間違いなく殺意の類。ぞくぞくするような気配は悪霊のそれに違いない。
手甲に包まれた手が僕の襟を掴み上げる。覗き込まれる眼は、感情は、深淵のように昏い。
「――責任を持って処分してくれる」
言われるまでもない。僕は自身のすべき事をするだけの話だ。
僕は唇を歪め、威圧するように笑って答えた。
「ああ。わかったよ」
やれやれ、一番フォルトゥナさんの威光が通じてないのは――ハインドさんじゃないか。
ミノタウロスでもわかるっていうのに、厄介な事だ。それともハインドさんの立ち位置はそういう対応が許される程の立ち位置なのだろうか? フォルトゥナさんの副官との事だが……
『叫びの鎧《スクリーム・ガード》』、か。調べて見る価値はあるだろうか。
いや、まずは一月後の人族の街を襲う件について考えるべきだ。時間は有限だからね。
退出しかけているハインドさんに最後に聞いた。
「誰かいいスレイブになりそうな人いないかな?」
「……チッ、地下牢にとらえた人族がいる。それで貴様がアウターをこなせるのならば、奴隷にでも何でも好きにするがいい」
「……へぇ……了解」
とらえた人族……スレイブになりそうな人ってそういう意図で聞いたんじゃないんだが……
部屋から出ていき、いなくなったハインドさんを僕は睨みつけた。
地下牢……ねぇ。
好きにするといい、か……ハインドさんがそういうのならば遠慮なく好きにさせてもらおうか。
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多分もうちょっとで影は出てくる……はず