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夢幻のブラッド・ルーラー 第四話:反勇者の進め方④

「か、回復薬はき、貴重品で……」

「ん? それはもしや、僕の命令が聞けないって言ってる?」

「ッ!? ち、違――」

 慌てて小さな手を振るジーンを睥睨する。
 下らない悪魔だ。分かっていない、やり方ってものを分かっていないよ。

「大体――何を吐かせようとしたのかは知らないけど、尋問のやり方がなってないよね」

「ぎぇ!?」

 恐怖や痛みは尋問のための一つの手段でしかない。
 ましてや、口を聞けなくなるレベルで痛めつける等、愚の骨頂だ。死んだらどう責任取るんだよ。
 右手で持った抜身の剣で石畳を軽く叩く。

 僕は魔族と人族を区別しない。いや、少なくともしないように気をつけている。
 手段を選ばない事には賛成だ。命がかかっているのならば尋問拷問あらゆる手段は許容されるべきだが、それにしたって手段の選択が宜しくない。
 不快だ。この腹の中に感じる気持ち悪い重さは不快感だよ。無様な物を見た時に感じるものだ。

 そんなんでよくもまあ、尋問官を名乗れるものだ。特殊技官? どこに特殊な技術が使われているというのだ。ただ死なないように痛めつけているだけじゃないか。

「いいからさっさと回復薬を持ってこい。詳しい話はこの娘を治した後にゆっくりとしよう」

「りょ、了解、しました!」

 怯えたように出て行くレッドキャップを見送る。

 怯えられる謂れはないのだが……ふむ。
 台の側に入っていた箱を開ける。中に入っていたのは何らかの薬品の瓶に包帯、注射器等の器具の類。針や糸もある。
 恐らく、治療用の器具だ。尋問官という名前からして、彼の目的は痛めつける事そのものじゃないのだろう。
 
 だが、それならば何故、彼は部屋から出て行ったのか。
 僕が元通りにしろ、と命令したからだ。針と糸、包帯程度ではこの娘は元通りにならない。
 やはり、僕の世界とは文化のレベルが違う。僕の世界では傷を完全に治癒する回復薬はランクの差異はあれど、それほど貴重なものではなかった。が、この世界ではそうではないようだ。尤も、完全に存在しないというわけでもないのだろう。尋問する相手に使うようなレベルではないだけで……

 この娘が何者なのかは知らないが、他の牢に入れられていた者とは違って、そのぐったりと横たえられた身体を具に観察するに、彼女がここに捕らえられてそう間は開いていない事がわかる。彼は一体この娘から何を聞き出そうとしたのだろうか。興味は尽きない。

 台から腰を上げ、哀れな少女を観察する。

 僕よりも数歳年下に見える娘だ。髪の隙間から見える特徴的な耳朶。元の世界で妖精種の混じった証とされる特徴であるフェアリー・イアー。
 牢にとらわれていた者達の耳は僕と同じ形をしていた。この娘、純粋な人族ではないな。

 困ったなあ。ハインドさんに好きにしていいって言われたのは、人族だけなんだが……まぁ、そんな事向こうは区別していないか。

 その時、少女の胸が大きく上下した。
 呼吸が変わる。見開かれた瞳に僅かな光が戻る。意識が戻ったか。

「――――――ッ!!!!」

 顔を覗きこむ。少女の表情がぼんやりしたものから恐怖に変わり、身体を動かそうとして声のない悲鳴を上げた。当たり前だが手の平に杭が打たれ、磔にされているので動くことなど出来ない。手の平がちぎれる事くらい覚悟しなくてはいけないだろう。

 頭を撫でてやる。

「余り興奮すると身体に毒だよ。ただでさえ、酷い有様なんだから」

「ッ!? ――ッぁ……ッ……」

 悲鳴にならない悲鳴。言葉にならない言葉。
 淀んだ眼の中の光は今にも消えてしまいそうなくらいに小さい。触れた身体から絶望が伝わってくるかのようだ。
 目尻から垂れ落ちる灰色の涙を拭ってやる。痛みか恐怖か、あるいはその両方か。
 唇の端から漏れた、意味のある言葉を捉える。

「だ……レ……」

 今にも絶えてしまいそうな息の中に混じる死にたくないという生への渇望。
 腰を屈め、その灰色の眼の中を覗きこむ。虚空をさまよっていた視線が大きくぶれながら僕の顔に焦点を合わせる。

「僕の名前はフィル・ガーデン。『反勇者《アウター・ブレイブ》』のフィル・ガーデンだ」

「ふぃ、る? ……勇……者……様?」

 か細い声。
 勇者《ブレイブ》じゃない。僕はブレイブの敵として召喚された存在だ。
 だが、今の状態で言うべき言葉はそんな言葉じゃない。今、絶望の中で希望を見つけた彼女に言うべき言葉はただひとつ。

 ああ、君は本当に運がいい。正義である僕に見つかるなんて。
 ああ、僕は本当に運がいい。絶望の縁にいる少女を助ける事ができるなんて。

 声色を穏やかに落とす。その衰えた聴覚に、しかしその、感覚が鋭敏に研ぎ澄まされた魂に染み入るように。

「ああ、君を……助けにきた」

「た……す……け……?」

「ああ」

 手の平に穿たれた杭を見る。

 僕は彼女の味方だが、恐らく彼女は僕の味方の陣営ではない。意識が混濁している今の内に恩を刷り込んでおいた方が後々良い方向に動くはずだ。

 しかし困ったな。彼女は人に酷似しているが人ではない。というか種族すら定かではない。
 少女の腕を指でなぞる。血に汚れた肌を、肉質を手で検分する。
 精霊種が混じっているのならば人とは異なる処置の方が効果的だ。僕の知識の範囲内だと、あえてしない限り特に毒になるような行為はないはずだがそれは所詮、元の世界での話。元の世界とこの世界でどの程度共通点があるのか、調べきれていない。
 いや、この城にいる限りそれを調査するのは難しいだろう。

 ダメだな。薬なら元の世界のものでひと通り持ち合わせがあるが、生半可な処置はまずい。彼女自身の事は彼女自身に聞いたほうがいいだろう。

「さぁ、教えて。君の名前は何?」

「……く……る……すす……」

「クルスス、クルススか。うん、わかった、クルスス。この杭、抜いた方がいい?」

 クルススと名乗った少女が虚ろな眼を横に向ける。
 視線が突き立った漆黒の杭と、その上に乗せられた僕の手をさまよい、震える頭を僅かに揺らした。
 僕はそれを肯定と受け取った。彼女が大丈夫というのならば大丈夫なのだろう。

 手の杭をゆっくりと引抜く。喉の奥から聞こえた僅かな嗚咽。

 血は予想したよりも出ない。だが、手の平のど真ん中を貫かれていたのだ。しばらく手は使えないだろう。ジーンが回復薬をちゃんと持ってこない限り。

「これなら大丈夫か……身体の釘も抜いてあげよう。まるで模様みたいになってるし、このままじゃ――再生した時に危険だ」

 スキルを利用して作成した回復薬《ポーション》の効能は絶大だ。
 あらゆる傷はその効果により完全に再生する。だが、体内に物が残っている場合は逆にその再生力が仇になる事がある。
 体内にものを残したまま傷を塞いでしまうからだ。ポーションのランクによっては体内の物体を体外に排出するように再生してくれるよう、指向が調整されたものもあるが、かなり貴重なので今回ジーンが持ってくる物には期待出来ないだろう。
 だから、基本的にはポーションを飲ませる前に全ての異物を抜かなくてはならない。これはセオリーだ。

「じゃーいくよ? 大丈夫だよね、クルススは……戦士だろ?」

 身体中についた折檻による傷ではない細かい古傷。
 近接戦闘職程ではないが、身体自体も実戦向きに鍛えられており、見る人がよく観察すれば戦人である事が一目でわかる。日常で重い武器を振るっているようには見えないので恐らく魔術師系の職なんだろうが、痛み耐性は常人よりもある程度は高いだろう。心配はないはずだ。

 一本一本、指で摘んでゆっくりと引き抜いていく。ある程度痛みは麻痺しているのか、思ったよりも反応がない。
 反応のない肉人形のような身体をいじるのはいつだっていい気分ではない。手に残るのは死体をいじっているかのような生暖かい感触だ。
 十分以上かけて全て抜き終え、身体をゆっくりひっくり返し、他に損傷がないか確認する。
 爪は回復薬で生えてくるだろうが、半分以上焼かれた髪は再生しないだろう。

 起き上がろうとするクルススの肩を押し、寝かせる。

「とりあえず命に別状はないとはいえ、まだ横になっていた方がいい。今、薬が来るからね」

「かはっ……ぁあ……何、故……」

 掠れた嗄れた声。碌に水分も取っていないのだろう。
 見開いた眼にちゃんと僕が見えるように少し屈む。

「何故? ……やれやれ、クルススは知らないのか」

 それは大原則だ。僕が探求者をやっていく上で至上としている事。至上としなければいけない事。

「人を助けるのに、理由なんていらないんだよ」

 だから恐らく、クルススが僕にとって何のメリットのない存在だったとしても、僕にそれを成すだけの手段があったのならば僕は彼女を助けていただろう。
 利害を考えすぎてはいけない。それは人の心を機械にする。

 背後の扉がぶち破られるように開けられる。
 身体を引き締めるような殺意が足元から全身を通り抜ける。

「アウター、貴様、これはどういう事だ!」

「やぁ、ハインドさん。わざわざこんな所まで来るなんて……」

 まさか暇なのかな?
 扉をまるでぶち壊すようにして入ってきたのはハインドさんだった。ジーンはその脇で縮こまるようにしてこちらを覗っている。
 僕はこの軍の規律についてまだ余り知らないが、こんな陰気臭い所にハインドさんのような高官クラスが来るなんてなかなかあることじゃないんじゃないか?

 ヘルムの隙間から覗く深紅の眼光は今までで最も禍々しい輝きを湛えている。
 読むまでもない怒気に、クルススが身体を逃がそうとして台から転がり落ちてうめき声をあげた。よくもまああれだけ穴だらけにされて動けるものだ。火事場の馬鹿力という奴か。

「どうかした?」

「どうかしたじゃない、アウター。これはどういう事だ!」

「どういう事? 僕はただハインドさんに言ったように――スレイブを決めに来ただけだよ。ハインドさんから紹介された地下牢に、ね」

 どういう事だ、か。短気な事だ。

 負い目が全くないので恐れる必要はない。もちろん、能力が上がっているとはいえ、ハインドさんからすれば僕は木っ端みたいな存在だろう。だがしかし、それでも僕はハインドさんの上司であるフォルトゥナさんから呼び出された反勇者なのだ。

 位こそ、第四階位の僕よりも第三階位で幹部の副官でもあるハインドさんの方が上だが、実態はそうではない。

「僕は彼女をスレイブにすることにした。そこのジーンが少しばかり痛めつけていたようだったからね。治療しないと使い物にならない、だから治療する。何か疑問点があるかい?」

「だが、それは――」

「だが、それは?」

「ッ……」

 ハインドさんが詰まる。ヘルムが軋む。

 表情とも呼べないその仕草に、確信した。
 やはりこの娘、何かあるな。ハインドさんが新入りであるこの僕に言えないような何かが。

 全身で威圧する鎧に近づく。黒の金属の光沢はしかし、決して鋼鉄だとかそういう一般的な材質のものではない。

「ともかく、僕は反勇者として、フォルトゥナさんから呼び出された目的を達成するためにこの娘をスレイブにすると決めた。文句があったらフォルトゥナさんに直訴しなよ」

「ッ……貴……様」

「大体、何を尋問しようとしたのかわからないが、そこのジーンのやり方は――無様に過ぎる」

「……何ッ?」

 縮こまっているジーンを見下ろす。
 今の状況は予想外の状況なのだろう。ジーンの眼には確かな慄きが見て取れた。
 その老人のような表情を見下ろす。

「君はこの娘を何時間か拷問して――何か聞き出せたのか?」

「う、うぎ……」

「手段が目的にマッチしていない。殺さずに痛めつける手法はなかなかのものだが、それが君のミスだ。僕なら……もっと上手くやれる」

「!?」

 ある程度は抑えられていたようだが、ここまで傷めつけたのは血に飢えた鬼であるが故だろう。鬼種だからといってその残虐性に身を任せてはいけない。残虐性というのは冷徹に発揮した時にこそ真価を出せる。
 ジーンから視線を上げ、見上げるような大鎧、その隙間の眼光に向かって、僕は意志を叩きつけた。
 
「だからハインドさん、僕の邪魔を……しないで欲しいな。それとも何か? 僕がフォルトゥナさんの、オルハザード陛下の御心に沿うためにやっている反勇者《アウター》が……ハインドさんに取って不都合なのかい?」

「……ッ!!」

 ヘルムがぎしりと音を立てて歪む。
 そんなわけがない。彼は忠実だ。少なくとも、フォルトゥナさんに対しては。

 彼のそれは裏切りではなく直情。
 知恵ある鎧はその知恵と忠誠があるが故に僕を無意味に叩き潰すことはできない。
 だから彼は――例え僕に恨みを抱いていても、激情を抱いていても、僕にとっての味方ユニットなのだ。

 視線と視線がぶつかり合う。彼の感情は知らないが、僕はそれに穏やかな笑みを返した。
 数十秒の沈黙の末、目の前で音が爆発した。

「……チッ、糞が! いいだろう! いいだろう、フィル・ガーデン! 我らが陛下のためというのならば、貴様の好きにするがよかろうッ! フォルトゥナ様が貴様の蛮行を認める限り、私もそれを甘んじて受け入れようではないかッ!」

「あ……ああ、それでいいよ」
 
 いきなりの眼前での叫びでくらくらする思考の中、答える。

「だが、しかし、もしフォルトゥナ様が貴様の裏切りを見つけたその時は――私が貴様を処分してやる!」

 ハインドさんはどうも、どうしても僕を処分したくて仕方ないらしい。
 だが、気にしなかった。今の所、裏切る予定はないし、裏切るのだとしてもその時はきっと既にハインドさんでは僕を仕留められない状態になってる。考慮するまでもない。

「あはは、まぁ、その時はよろしく頼むよ」

「……ッ……ジーン、アウターの命令の通りにせよ」

「で、ですが……」

 ジーンがその言葉にすがりつくような視線でハインドさんを見上げる。
 だが、もう無理だ。君は負けたのだ。
 
「僕の命令は回復薬を持ってこいだったんだが……君は手ぶらみたいだが、薬は持ってるのかい?」

「きき……い、や……」

 僕は初めてレッドキャップの恐怖に歪む表情を見た。
 彼らは残虐性に特化している。恐怖を抱くより嗜虐に身を任せる事が多いので、こうして表情をまじまじと見る機会は実はそんなに多くない。

 ジーンの判断は正しい。僕は初対面の怪しい新参者だ。
 如何に階級が上とはいえ、そのようなものに下された指示、上官に確認するのは当然だ。事実、ハインドさんは僕を折檻するためにここに来ている。結果はどうあれ。

 そうだ。彼の動きはすこぶる正しい。
 だから命令には従わなかったみたいだが、許してあげよう。
 枯れ草のような前髪を掻き分け、その釣り上がった眼に笑いかける。
 わかりやすいようにゆっくりとした声で。

「今回は……許してあげよう。さぁ、ジーン。回復薬を出来るだけ早く用意するんだ。後は水と食糧、それとこの娘の荷物があればそれも。わかったね? 君の玩具を取り上げてしまって申し訳ないが……これは命令だよ」

「き……了解しました!!」

 ジーンが慌てて反転し、扉の端に盛大に脚をぶつけて悲鳴をあげた。
 何やってんだか。

「ジーン、大丈夫かい?」

「ぎ……ぁが……だだだだ大丈夫で。い、行ってきます!」

 唾をまき散らし泡を食ったように出て行く子鬼を見送り、すぐ側で未だ無言で佇むハインドさんに向き直る。
 情報くらいはもらわないと。

「この娘は何者だ?」

「……貴様、それすら知らずにその女を奴隷にすると言ったのか」

「奴隷じゃなくてスレイブね」

 しかも永久じゃない。あくまで一時的な『使い魔《スレイブ》』だ。
 だが、やはりハインドさんにはその差異が分かっていないのだろう。もはや知ろうとする気もないのか、僕の言葉を完全に無視して言葉を続ける。

「その女は――」

 一瞬ためらったが、そこまで言って止めるのもどうかと思ったのか、あるいは僕の好きにやらせると言ってしまったが故か、吐き捨てるように、食いしばるような重い声を出す。
 その紅蓮の眼光に浮かんだのは殺意とも戦意とも憎悪とも呼べる炎だ。小さいながらも荒々しく燃えるそれは恐ろしく禍々しい。僕に向けられていたものよりもほんの少しだけ強い負の感情。

「――勇者の共だ」

 勇者の共。なるほど……なるほど、ね。

 理解する。
 これが、さっき言っていたハインドさんの言葉、『勇者のパーティに打った手』という奴の結果。
 心中で小さく舌打ちする。その勇者というのも存外に隙があるらしい。

「ガルダー教国に認定された英雄、『輝く星《フルゴル・ステーラ》』の異名を持つダムド・セレオンのパーティのアコライト、『クルスス・ガルダー』」

「勇者のパーティのアコライト、か……」

 アコライト。翻訳魔法が正しければ……僧侶系のクラスの一種だ。

 戦場において回復役は重要だ。
 少なくとも僕の世界で回復系の魔法を使える僧侶《プリースト》系のクラス保持者はどこのパーティでも引っ張りだこだったし、優秀な回復魔法の使い手がパーティとしての力を決めていると言っても過言ではない。誰だって死にたくはないのだ。

 勇者のパーティの回復役を捕縛出来たのならばハインドさんの言った瓦解寸前の言葉もある意味では正しいだろう。
 スレイブとするとしても回復役はかなり貴重だ。ここで手に入るのならば手に入れておきたい。
 しかし、アコライト……アコライト、か。

「勇者のパーティには回復役はアコライトしかいないの? アコライトって下級の僧侶の事だよね?」

 元の意味は『従者』を指す。ここではどうだかは知らないが、僕の世界ではそれほど強力ではないクラスだ。
 いないよりはもちろん全然マシだが、それでも勇者のパーティとしては相応しくないように思える。

 果たして翻訳魔法がその職の訳として『クレリック』ではなく『アコライト』を選んだ理由があるのか、ないのか……
 やはり、知識が足りない。判断材料が足りない。魔の理ではなく、人の理を知る者が僕には必要だ。

「……ダムドの仲間として確認されている僧侶はソレだけだ。ダムド本人も強力な回復魔法が使えるからな」

「勇者も回復魔法を使えるのか……」

 どうやら強力な職である事は前の世界もこの世界も変わらない様子。
 僕と同じく召喚されてきたのだろうか? どこから来たのかは知らんが、多芸な事で誠に結構。

 だが隙がある。仲間をさらわれるなんて勇者としてはもっての他だ。
 あるいは何らかの意図があるのか、わざと攫わせたのかもしれないが、ここに拷問を受けた少女がいる。

 背後を振り返る。
 床に転げ落ちたままクルススの昏い瞳。この華奢な少女が歴戦の勇者の仲間だなんて信じられないが、見た目と実力が必ずしも一致していない事は経験上良く知っていた。

 面白い。本当に面白いな。

「貴様が何をするつもりかは知らぬが、その女はダムドへの切り札だ。奴隷にでも何でもするといいが……決して逃がすなよ」

「あはははは、スレイブを逃がす『魔物使い』がどこにいるっていうのさ」

 スレイブを逃がす魔物使いなんていない。
 スレイブに逃げられる魔物使いがいるだけだ、なんてね。

「魔物使い、か……ふん」

 ハインドさんの力のある視線が床に無様に這いつくばるクルススに向き、そしてもう一度こちらを向いた。

「貴様の健闘を期待する」

 言い捨てるように言うと、ハインドさんは出て行った。
 部屋に一人きりになる。いや、クルススを入れると二人だが、クルススは未だまともな思考ができる状態ではない。

 健闘、健闘……ねぇ。らしくない事を言ったもんだ。
 ならば僕はその期待に添えるように勇者をやらせてもらおうか。


< 第三話 第五話 >
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