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夢幻のブラッド・ルーラー 第六話:暗黒よりの支配者

 闇があった。

 ミスティック・アークは四方を切り立った崖に阻まれた難攻不落の居城だ。周囲数百キロのアンデッドが征服する黒の森で囲まれており、迷い込んだ獣や人族の魂をその怨念の中、飲み込んでいる。
 正式に入城するためのただ一本の道もまた、その森の中に続いており、アンデッドの他にフォルトゥナがその叡智と趣味の限りを尽くして創造した身の毛もよだつ怪物たちが守護している。

 死を恐れぬ不死者の軍団、情報のない未知の怪物、そして何よりも圧倒的な数の魔物。
 それこそが、召喚によって強大な力を得た勇者を含む、いかなる英雄も未だ誰一人ミスティック・アークに踏み入れた事がない理由。
 黒の森はその樹々さえ死せる者であり、大地を汚染しながら徐々にその範囲を拡張している。
 その数は例え天敵である退魔師《エクソシスト》を大量に保有するガルダー教国といえど、押し返せる量ではない。
 本来ならば人は魔物よりも繁殖力が高い。人の力は数の力。それを覆すフォルトゥナの戦略は人族にとって絶望そのものだった。

 城の最奥部。
 僅かな蝋燭の光の下、金色の骸骨があった。
 闇の中に光り輝く黄金の頭蓋は禍々しく、その眼窩には紅の光が薄ぼんやりと灯っている。
 フォルトゥナ。不死者の中の不死者。暗黒の神に使える偉大なる不死なる者。虚無王の軍に三人しか存在しない大幹部の一人であり、この世に仇なす最も忌まわしき怪物の一つ。

 節くれだった人差し指がゆっくりと空中にルーンを描く。既に黒の石材で創られた石畳の床には秘術の材料――人間の血によって、巨大な魔法陣が描かれていた。隙間なしに書き込まれた術式は既に数千年の昔に失われた神々の言葉であり、人の知では決して理解することは適わない。
 世界を歪め、超常の能力を持った英雄を呼び出す術式。嘗て人族のみのものであった秘中の秘は、既にフォルトゥナの掌中にある。幾人もの最上級の魔術師の魔力を借りてようやく発動出来る術式も、魔族切っての魔術の使い手であり、人族はおろか、竜族すら超越する魔力を持つフォルトゥナからすればたった一人で発動出来るものでしかない。

 その側で微動だにせずその様子を見守るのは艶のない黒の鎧を纏う不死者だ。
 フォルトゥナの創造した怪物の最高傑作であり、高度な知性と絶対の忠誠、竜すら真っ向から討ち滅ぼす膂力を併せ持つ軍で十指に入る戦士。
 フォルトゥナの右腕。『叫びの鎧《スクリーム・ガード》』のハウンド。魔鎧に宿る破滅の悪魔。

 フォルトゥナの口蓋がかたかたと言葉を放つ。

「アウターの調子はどうだ?」

「はっ、独自に動いているようです。次回のラーナ襲撃に参加するよう命じました」

「ふむ……変わった男だが……使えそうか?」

 フォルトゥナが反勇者を召喚した数は既に十を超えていた。
 だが、人族に酷似した身体を持つ者は初めてだった。

 フィル・ガーデン。
 人の身にしてフォルトゥナをして恐怖を抱かせる奈落の邪悪と世界を塗りつぶすかのような悪意を持つ反勇者。

 その身は今まで召喚した竜種のアウターや鬼種のアウターと比較し、脆弱ではあったが、最上級の不死者をして僅かの萎縮もしないその意志は、未だかつてフォルトゥナが体験した事のないものだ。

 ハインドが今まで接し、感じた印象を報告する。

「力のみで言うのならば話になりません。今まで召喚したアウターと比較すれば赤ん坊のようなものでしょう」

「然り」

「しかし、奴の邪悪は――本物です。フォルトゥナ様の術式は間違いなく成功しておりましょう。奴は牢獄を見てさえ、磔になった同族を見てさえ――微笑を浮かべておりました」

 その光景、その精神はまさしく異質。人の身で抱いていい感情ではない。
 侮りの視線ではない、侮蔑の視線ではない、対象の意志の一切を考慮せず、人格を容認せず、ただ利用価値の有無のみを冷徹に測る視線は一朝一夕では身につかぬ類のものだ。
 そう、既にそれはアウターの日常と化していた。召喚術式に記憶をいじる効果はない。それ即ち、あれはもともとそういう性格で元の世界を生きていたという事を意味している。

「邪悪、か……」

「これまでのアウターの邪悪など、その意志に比べれば砂上の楼閣のようなものです」

 人に強い恨みを抱き、数千の人族を果物でももぐかのように摘みとった鬼がいた。
 国を蹂躙し、文化を、命を、その全てをこの世から消し去った竜がいた。
 世にひっそりその身を沈め、英雄の側で傅き、裏で人心を操作し、英雄を民衆の手で処刑させた悪魔がいた。

 だが、此度のアウターはそのどの悪意をも上回る。

「何より悍ましいのは、あのアウターが……自らの『悪意』に無自覚である点です。奴の悪意は、私が怖気を覚える程の鮮烈な感情の泥は、奴にとっては――悪意ですらない」

「くかかかかかか、悪意、悪意……か……」

「間違いなく邪神の類でございましょう。邪神が閣下のために送り出した現身かと。あのような存在が許される異世界など……存在するわけがない。あのような存在が人族の中で混じって……生きていけるわけがない」

 ハインドの言葉には確信があった。
 この世の法則に背信する不死者から見ても桁外れた『奈落』
 その漆黒の虹彩に静かに燃える昏き感情は全ての正しきを塗り潰す類のそれだ。
 目を見れば全てが分かる。此度のアウターは異常でありそれ故に、目的である勇者の打倒を確実に成す、と。

 何度も呼び出したアウターを、フォルトゥナは常にハインドに管理させてきた。が、高い忠誠と経験、能力を併せ持つ己の忠臣がそこまで言い切ったのは初めてである。
 ハインドの言葉に、フォルトゥナがかたかたと歯を鳴らして愉快そうに笑う。
 此度のアウターは確実に、魔王閣下の大きな力となるだろう事を確信して。

 しばらく奇怪な笑い声が暗闇に反響し、そして止まる。フォルトゥナがハインドの方を振り向くことなく尋ねた。

「地下牢を解放させたようだな……」

「はっ。あのアウターめが『武器』を要求したためです」

「問題ないな?」

 フォルトゥナがまるで今夜の夕食でも聞くかのような口調で尋ねる。
 尤も、フォルトゥナ本人にも答えは解っていた。だからこれはただの体面的なものだ。

 ハインドが予想通りの答えを述べる。

「はっ。所詮は死にかけの人族。一度、フォルトゥナ様の軍に敗れた者達に他なりません」

 沈黙を守るフォルトゥナ。その身にまとわり付く強力な魔力と邪気、創造主の佇まいにハインドは自らの存在を再確信する。

 虚無王オルハザードに仕えるたった三人の将。『叡智ある死者《ミスティック・ボーン》』フォルトゥナの生み出した己に隙はない、と。
 例えそのアウターが仮に――使用者を滅ぼしかねない極めて強力な毒物だったとしても対応できる、と。

「そもそもの練度が我が軍とは異なる。例え、あの人間どもが完全に傷を回復したとしても、一瞬で押しつぶせる程度のレベルに過ぎないでしょう」

「くく……かかかかか」

 その言葉は事実だ。たかが人族にフォルトゥナの生み出したアンデッドは倒せない。
 そもそも、複数の街を滅ぼしたその力に数人の人族がどうして立ち向かえようか。ましてや、街が壊滅したことによりフォルトゥナのアンデッドはその数を増している。

 だが、同時にフォルトゥナは万全を求めていた。魔王閣下から与えられた使命、万が一にも失敗は許されない。
 例え相手が脆弱な人族だったとしても。
 例え相手が己のアンデッドに敵わぬスペックしか持っていなかったとしても。
 例え己の作戦がうまくいっていたとしても。

 そして、フォルトゥナが命令する。

「……ハインド、フィルの動向に注意せよ」

「……はっ」

 その声は冷徹であり、微塵の油断も存在しない。
 例え己の術式に絶対の自信があったとしても、有利である現状では油断こそが足元を掬う最も大きな要因だと理解しているが故に。

「仮にあの男が我らに反抗する事があれば……殺害を許可する」

「しかと、畏まりました」



§ § §



「オープン・ブラッド」

 教えられた文句を唱える。僕の眼の前に、不可思議な文字列が現れた。
 初めて見る術式におのずと心も弾む。まさか僕が魔法を使える日がくるとは、ね。

 それは、自分の性能を確認できる魔法であり、この世界では子供でも使えるものらしいが、それでも僕にとっては新鮮だった。
 僕に、その情報を教えてくれたタダが、ごくりと唾を飲み込み尋ねてくる。

「……なんと?」

「この魔法、欠陥ない?」

 僕の眼の前では、とても信じられないような情報が煌々と輝いていた。

 名前:フィル・ガーデン
 性格:サイコパス
 スキル:
 他言語化対応(大)
 オープン・ブラッド
 |恐慌の邪眼《ルーラー・オブ・ブラッド》 

 なんかこの世界……僕の事を全然わかってないな。


< 第五話 第七話 >
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156:
更新待ってました。とても面白いです。
157:Re: タイトルなし
> 更新待ってました。とても面白いです。

ありがとうございます!
長い間お待たせしてしまい申し訳ないです。
それほど長い話にはならない予定なので、何とか早めに持っていけるよう頑張ります!
158:
久しぶりの更新ありがとうございます!

恐慌の邪眼《ルーラー・オブ・ブラッド》……ブラットルーラーの異世界版かな?そして性格サイコパスwwさすがフィルですね〜自覚?がある分マシかなぁ……
なんか本編のフィルと比べるとこっちの方がストッパーがいない分色々イってますね!
普段のアリス達の苦労が偲ばれます笑

次の更新も待ってます!

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