夢幻のブラッド・ルーラー 第七話:暗黒よりの支配者②
「おかしくない? これおかしいよね?」
「貴様……何故私のところに来るのだ! いい加減にしろッ!」
ハインドがヘルムの隙間から輝く深紅の双眸を僕に向ける。
重厚な黒い全身鎧のハインドさんは立っているだけでかなりの威圧があった。例えハインドさんがアンデッドじゃなかったとしても、その姿形は不吉を予感させるに十分で、威圧感には些かの陰りもなかっただろう。「貴様……何故私のところに来るのだ! いい加減にしろッ!」
ハインドがヘルムの隙間から輝く深紅の双眸を僕に向ける。
だが、今はそんな事どうでもいい。
僕はばんばんとハインドさんの机を手で叩き、豪奢な椅子に身を預けたハインドさんに抗議した。
僕は基本的に平和主義だが、それは無抵抗を意味しない。言わなければいけない事はしっかり言わせてもらう。
「おかしいって。この世界おかしいって!」
「うるさいッ! 貴様、私が誰だかわかっているのか!」
わかっている。貴方はハインド。フォルトゥナさんの右腕にして上位のアンデッド。『|叫びの鎧《スクリーム・ガード》』のハインドだ。
「僕が……僕が誰だかわかっているのか!?」
そして、僕はフィル・ガーデン。SSS級探求者にして正義の味方のフィル・ガーデンだ。
「……」
ハインドさんの呆れたような沈黙を無視し、呼吸を整える。
「オープン・ブラッドの術式が狂ってるんだ。理屈はわからないけど、絶対におかしいッ!」
「……貴様は何が不満なのだ」
何が不満? そんなの決まってる。
ハインドさんにびしっと人差し指を突きつける。いい加減にしとけよ、この野郎。
「僕の、このフィル・ガーデンの性格が……サイコパスになっていたんだ」
「……そ、そうか」
絶対におかしい。この僕が事もあろうに『サイコパス』だと?
僕の今までの功績を考慮してもおかしいし、何よりもおかしいのが……その情報を伝えたタダが何も言わずに頷いていた事である。
自分達を牢獄から助け出した僕を指してその言いようは納得出来ない。
ハインドさんが腕を組み、唸る。
「……人の生み出した術式もなかなかどうして精度が高いようだ」
「ねぇ。何なの君? 召喚にわざわざ応じてあげた僕に対しての当たりが強すぎない?」
僕は馬鹿にされるためにここに来たわけじゃない。
確かに僕は温厚な人間だがそれだって限界がある。
「……それで、反勇者。貴様は……どうしたいと言うのだ?」
「術式の正当性を確認したい」
「……そんな事をしてどうするというのだ。いくら術式の正当性を確認したところで、貴様がサイコパスである事に疑いはないのだぞ」
ひでぇ。まるでそれが当然であるかのような物言いだ。
「いやいや、もしかしたら術式に綻びがあるかもしれないし……」
「大体、性格なんてどうでもいいではないか。貴様は自分が召喚された目的をわかっているのか?」
初めて聞く、声に滲む呆れの感情。
わかっていない。わかっていないんだよ、アンデッドの君には。
「どうでもよくないッ! これは……僕のプライドの問題だ」
「……で、どうしたいと?」
よく聞いてくれた。既にプランは立ててある。
「人の街に行ってちょっと調べてくる」
「……お前、一体何を言っているのだ。許可出来るわけがないだろう」
馬鹿にしたような目付きで、ハインドさんが僕を睥睨する。
そこを押して頼んでいるんだよ、僕は。
「お前の呼び出された目的は勇者の打倒だ。わかっているのか? 人の街に行って捕縛されたらどうするつもりだ? 大体、次の侵攻まで一月しかないのだぞ?」
「迷惑はかけない。許可と足が欲しいんだ。後は僕が勝手にやる」
「フォルトゥナ様の書架の使用許可は貰ったのだろう? そこで調べろ」
「字が……読めないんだ。大体、フォルトゥナさんの蔵書は魔族関係の書物が多いし、読めたところで無駄だよ」
僕の言葉に、ハインドさんがオーバーリアクションで頭を左右に振った。なんかこの人、けっこう人間っぽいよね。
「……馬鹿な。お前、いくらなんでもそんな下らない理由で……本気、なのか?」
「これは……僕のプライドの問題なんだ。僕は絶対サイコパスじゃない……」
「まさかフォルトゥナ様の術式は……失敗していたのか……? いや、そんなはずが――」
ぶつぶつ呟くハインドさん。中間管理職って大変だよね。
「ハインドさんが許可出してくれないならフォルトゥナさんに直接許可貰いに行くけど?」
僕の言葉に、ハインドさんが慌てて立ち上がった。
「待て待て待て、そんな下らない事をフォルトゥナ様に頼むんじゃない!」
鎧同士の擦れ合うがしゃがしゃという音。
これは脅しじゃない。僕は……本気だ。それくらいに、このオープン・ブラッドは僕を傷つけた。
僕の眼をじっと見て、ハインドさんがその苛立たしさを少しでも解消しようとしているかのように、大きくテーブルを叩いた。
§ § §
タダが目をこすり、僕の事をその灰色の眼でまじまじと見た。
「え……マジっすか」
「マジだよ」
「……どうやって?」
「泣き落とし」
くるくる黒の宝石のついたネックレスを回してみせる。
それは、ハインドさん配下の一部の魔物の指揮権を預かったという、その証らしい。
一時的に借り受けたそれをくるくると回し、タダの方にぶん投げる。
タダがあたふたとそれを受け取った。
「……俺達が、人の街に、戻れると?」
「まー一時的に、だけどね」
この城――ミスティック・アークは人里離れた辺境にある。
距離自体もかなりあるがそれ以上に、城の周囲にはフォルトゥナさん配下の強力なアンデッドが徘徊しており、人間だけで抜け出したところで並の人間では瞬く間にアンデッドの餌となるだろう。
その距離を踏破するためには魔物の力を借りねばならない。
そのネックレスがあれば、ハインドさん配下の強力な魔物の力を借りる事ができる。
「……何故、『絶鎧』のハインドがそんな許可を……人間の殿が裏切る可能性を考えなかった……?」
「知らないよ。知らないけど、他の事に眼がいってたんじゃないかな?」
それかあるいは、僕がとても信頼されていたか、だ。
まぁ、僕はここに召喚されてからずっと、信頼に足る行動を取ってきたのでその可能性も低くはないだろう。
何より、僕は今のところハインドさんを裏切るつもりはないので、彼の目利きはかなり正しいと言える。今のところは。
「大体、わかってるだろうけど遊びに行くわけじゃないからね」
「……はい。解ってます」
「街に戻ったら、逃げても構わないけど?」
タダたち、元捕虜が僕に従っている理由の一つは、状態が極限の状態だったからでもある。彼らは自分自身の意志で僕に従っていると思っているが、それは違う。
人間の街に戻れば考えが変わる事もあるだろう。離反されたところで文句は言えない。
タダが僕の言葉にごくりと喉を鳴らす。
僕の方を窺うような目付きで見上げる。
「逃げませんよ……そんな恐ろしい事、出来るわけがない」
その恐怖は果たしてタダのものなのか。
人を縛るに恐怖は有効だがそれは信頼と相反するものでもある。僕が扱うには少し荷が重い。
大体、僕は褒賞を与え、喜びによってスレイブに自発的に動いてもらう、そんなタイプなのだ。
「その恐怖は僕に付与されたスキル――『|恐慌の邪眼《ルーラー・オブ・ブラッド》』によるものじゃないかな?」
名前からして、そのスキルは恐らく他者に恐怖を与えるスキルなのだろう。
どれくらいの深度で与えるのかは知らないが、この地に召喚されて周囲から畏怖の眼で見られる事が多いのはそのスキルが原因である可能性が高い。
反勇者として召喚されたのだから付与されても仕方のないスキルなのかもしれないが、僕のやり方に全くマッチしていないスキルであった。
タダが恐る恐る進言してくる。
「……殿、それは|常時発動《パッシブ》型のスキルではありません。殿が自発的に起動しなければ使用されていないはずです」
「……タダ、僕は情報が欲しい」
話を切って次の話に移る。タダはその件について何も言わなかった。
僕は反勇者だ。フォルトゥナ軍の中でも地位が高いが、逆に所詮人族である。
魔物達からは侮られているだろうし、何より魔族側が持つ情報は魔族側の立場から見たものだ。
そもそも、僕への情報が制限されている可能性もある。
召喚したばかりの人族の男に対して警戒するのは当然と言えば当然だが、僕にとってそれは、少しばかり都合が悪かった。
情報収集するなとは言われていないし、好き勝手にやらせてもらう。
真剣な表情で僕の言葉に耳を傾けるタダに、居丈高に見えないように気を使って命令を告げる。
「やり方は君たちに任せる。僕は……慣れていないからね」
まず最低でも字を読めるようにならないと……。
「……何の情報を?」
「ガルダー教国の聖勇者――ダムド・セレオンについての情報が第一かな。その能力と何を目的として行動しているのか、現在の様子を確認して欲しい」
「教国の聖勇者は有名人です。それほど苦労はしないかと……」
こちらには八人のスレイブがいるのだ。
情報収集に関しては素人でも、それだけ人数があればある程度正しい情報が得られるだろう。別に、機密の情報が欲しいわけではない。
ここに召喚されてきて、僕は殆ど何も出来ていないが、それでも重要な一点だけは理解していた。
それは、今の戦況。
人族と魔族の戦争は圧倒的に後者が有利な状況だという事だ。それだけでいい。僕が理解しておくのはそれだけでいい。
戦力差は絶望的で、普通に考えればその戦況は覆らない。人族がその戦況を覆すには圧倒的な何が必要だった。
――そして、その何かはきっと存在する。
故に、フォルトゥナ軍は圧倒的な戦力を持って尚、未だこの大陸を平らげる事が出来ていない。
ハインドさんは、勇者に対しては既に手を打っていると言った。だから、その何かは勇者ではないはずだ。
その何かを突き止める事が出来たらきっと、僕にとって都合のいい状況になるだろう。
続けて指示を出し続ける。
「後もう一つ。一月後に魔王軍が一つの街を襲うらしい」
「それは――」
タダが口ごもる。その額に冷や汗が浮かんでいる。
いい。魔王軍が人の街を襲うのはいい。何しろ、魔王軍なのだから。
考えるべきなのは何故、だ。
フォルトゥナさんは頭がいい。フォルトゥナ配下の軍の動きはその殺戮本能に身を任せる、そういった類のものではない。
「何故、その街を襲うのか、情報を収集してその理由を予想して欲しい」
「何故、ですか……」
魔族有利の状況とはいえ、まだ生きている人族の街は一つじゃない。
地図で場所を確認したが、ハインドさんが次襲撃をかけると言っていたのは、何の変哲もない街だ。
規模も小さく、立地がいいわけでもない。戦略的な価値があるとも思えない。
情報が足らずまともな推理もできないが、部外者から無責任な意見を言わせてもらうと、あえて襲う『価値』もなさそう街である。何よりも、人族に大打撃を与えるならばもっと大きな街がいくらでもあるし、戦力が足りていないわけでもない。
何かその街を狙う理由があるはずなのだ。あるいは、その街以外を狙えない理由の可能性もあるが……。
「……わかりました。殿は?」
「僕にしか出来ない事をやるよ。とりあえず、数日中に街に向かうから準備だけはさせておいてくれ」
「……わかりました。皆に伝えます」
タダが踵を返し、部屋から出ていく。その直前に、ふと一つだけ伝え忘れていた事を思い出した。
「あ、もう一つ調べて欲しい事があった」
「……なんですかい?」
むしろこっちがメインと言ってもいいのではないだろうか。
足を組み直し、灰色の線で装飾された天井を見つめる。
目を瞑り、考える。何度も考える。何度も考えたが、やはりわからなかった。
「一人だけ、人員をそっちに割いて調べて欲しいんだけどさ……『オープン・ブラッド』の魔法、おかしくない?」
「……」
断じて僕はサイコパスなんかじゃない。
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>>犯罪心理学者のロバート・D・ヘアは以下のように定義している。
良心が異常に欠如している
他者に冷淡で共感しない
慢性的に平然と嘘をつく
行動に対する責任が全く取れない
罪悪感が皆無
自尊心が過大で自己中心的
口が達者で表面は魅力的
うん!これは間違いなく黒ですね笑