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夢幻のブラッド・ルーラー 第八話:聖女クルスス①

 不幸中の幸いがあれば幸い中の不幸もある。
 僕にとって幸いだったのはこの未知の世界に召喚された事それ自体であり、不幸だったのが付与されたスキルが僕のスタンスにミスマッチだった点だ。

  |恐慌の邪眼《ルーラー・オブ・ブラッド》 

 タダの知っている所によると、視線に恐怖を付与相手の動きを縛るスキルらしい。
 恐怖。とても有用な道具であり、そしてとても扱いづらい道具でもある。僕は今まで多くの探索を行ってきたが、恐怖を全面利用した事は殆どない。何故ならばそれは、切れすぎる刃であるためだ。

 まぁ簡単に言うと、僕はまだまだ未熟なので、恐怖を扱いきれないのである。

 だから、今回も……いざという時以外は使わないつもりだった。

 鼻歌を歌いながら薄暗い通路を歩く。
 召喚に際し強化された肉体は疲労を殆ど感じず、ハインドさん曰く、それでも今まで召喚した反勇者と比較すれば遥かに脆弱らしいが、今まで自らの肉体強度の弱さに慣れきった僕からすれば十分過ぎるスペックと言えた。
 残念なのは元の世界に戻った時に恐らく肉体も元に戻ってしまう事だろうか。今の内に楽しんでおこう。

 たどり着いたのは、僕に充てがわれた一室、その隣の部屋だ。元々空き部屋だった部屋であり、今は尋問を受けていた少女、クルスス・ガルダーに与えた部屋でもある。

 尋問官のジーンから受けた傷は既にポーションにより治療済みだが、それでもすぐにまともに会話を交わせる訳がない。コミュニケーションを取れるようにするまで一端、軟禁しておく。そういった名目で手に入れ、クルススを閉じ込めた――部屋。

 金属で出来た頑丈な扉の前まで行き、数秒扉を睨みつけると、僕はそれを二度ノックした。

「いるかい?」

 問いかけ、しばらく待つが返事はない。僕は仕方なく、無断で扉を開けた。
 鍵はかかっていなかった。

「ふーん。いないか」

 部屋の構造は僕が借りているそれと同様だ。広さは同様だが、配置されている家具には大きな差がある。
 簡素なベッドにテーブル、椅子、クローゼット。生活に必要最低限の物が並べられた部屋で――隠れる場所などあるわけもない。

 ベッドのシーツは乱れており、先程まで何者かが中にいた痕跡が残っている。

 僕は焦る事なく、周囲をきょろきょろと見回した。

 僕はクルススに部屋から出ないように言いつけた。だが、今部屋の中に彼女はいない。つまりそれは、逃げられたという事だ。
 当たり前である。僕は部屋に鍵を掛けなかったのだから。というか、外から掛けても内側から解除出来るし、そもそもこの部屋は軟禁に使えるような部屋ではないのだ。

 それは彼女から僕への油断を誘うためであり、信頼を得るためであり、同時に策でもあった。
 傷を治療した直後にあった眼と眼。少女の眼は、その瞬間まで尋問――拷問に近い尋問を受けていた者の眼ではなかった。体中を杭で穿たれ、磔にされていた者ではなかった。
 見た目タダの半分くらいの年齢で、タダよりも遥かに激しい尋問を受けていたにも関わらず。
 驚く程に強靭で柔軟な精神力。仮にも自らを救った僕の言葉を反故にしていなくなるとは、ハインドさんの言っていた勇者の共というのは嘘ではないのだろう。

 もちろん、全て周知の上である。僕はあらゆる可能性を考慮し彼女を監視の薄い部屋に閉じ込めたのだ。軟禁とは聞こえはいいが、僕は傍目には彼女の自由を一切奪わなかった。扉の前に監視も付けなかった。部屋に詰め込まれ、自分の置かれた状況を確認したクルススもさぞ驚いた事だろう。自らに逃亡という選択肢が残っていたのだから。

 誰もいないベッドの上に腰を下ろし、口笛を吹く。
 考えねばならなかった。それだけが僕の武器だった。召喚される前も、そして今も。

 逃げ出したのは別に構わない。
 だが、彼女は馬鹿である。ここは敵の本拠地で、彼女は回復と補助を専門とするアコライトであり、そしてこの城の外にはフォルトゥナさんの配下のアンデッドがしこたま徘徊する森が広がっている。

 逃げ切る事が出来たのならばそれはそれで構わない。
 ハインドさんはクルススの事を絶対に逃すなと言ったが、彼ははっきり言って弱い。肉体強度は僕と比較にならない程強いが……彼の役割が武力だったためだろう、ハインドさんは口撃にとても弱いのだ。それでハインドさんを殺す事はできないが、その判断を変える事は出来る。
 だが、常識的に考えたら一人で逃げられる訳がない。僕が彼女の立場だったとしても無理だろう。何某かの奇跡が起こらない限りは。そして、そんな奇跡があったら拷問を受ける前に逃げているに違いなかった。

 脚を組み、とんとんと指先でベッドを叩く。叩いて、待つ。

 逃げたという事は、逃げなければならない理由があったという事。ハインドさんが絶対に逃すなと言っていた理由。尋問を受けていた理由。

 わからない事がいっぱいだ。
 だが、同時に分かる事もある。

 常識もわからなければ勝手もわからない。文字も読めないし時間もない。
 だが、出来る事はある。

 時計を眺めながら腕を組み待つこと数十分、外の通路から大きな足音が聞こえてきた。
 それは部屋の前で止まり、数瞬の間を開けて扉を開きのっそりと室内に入ってくる。

 恐らく、臭いか何かで僕がいるのを感知したのだろう。
 入ってきたのは身の丈二メートルを越える牛頭の巨人、僕がミノ太と名付けた個体である。本名はゼクスと言うらしいが、僕は親しみを込めて彼の事をミノ太と呼ぶ事にしていた。

 身を屈めるようにして室内に侵入すると、ミノ太は僕を見て一度唸り声をあげた。
 ミノタウロスの声帯は人のそれとは異なるらしく、その唸り声もまた人の言語とは異なる。そこら辺の生物としての差異も魔族と人族の対立につながっているのだろう。

 僕は仕切りに何かを伝えようとするミノ太の唸り声にうんうんと頷き、

「あはははははははははは……わかんないや」

「ぐもぉ!?」

 もうちょっと時間があればなんとなく分かるようになるかもしれないが、少なくとも今は無理。だが、彼に人に近い知性と判断能力がある事は分かっている。そして、僕に彼の言語が通じなくとも、彼に僕の言語が通じている事も。
 人の言葉を話せる声帯さえ持てば彼は僕と同じ言語を操る事ができる事だろう。

 ベッドから飛び下り、ミノ太の前まで行くと、威圧感のある顔を見上げて尋ねる。

「捕まえた?」

「……ッ」

 ミノ太が何度も首肯するのを確認し、僕はミノ太の腹を軽く叩いた。

「案内して」

 ミノ太が頷くと、先導するように部屋を出る。
 僕はその頭から飛び出ている角を後ろから眺めながら、その後をついていった。


§



 この城、ミスティック・アークに生息する魔王軍のメンバーは大きく分けると二つに分類される。
 一つがフォルトゥナさんやハインドさんなど、ネクロマンサーとその配下が生み出したアンデッド。
 もう一つが、ジーンやミノ太、ミノ郎などのそれ以外の種族の魔物である。

 ざっくり分けすぎているが、その割合は前者が圧倒的に多い。これは何人かの魔王軍の下位メンバーから収集した情報である。つまり、組織の運営に関わっていない下位メンバーすら分かるくらいにその分布は明らかだということだ。
 それはフォルトゥナさん自身がアンデッドだという事もあるし、滅ぼした人族をネクロマンサーがアンデッドと化して組織に組み込んでいるという事もあるだろう。

 人数比も多いが、その戦力も圧倒的に前者が高い。フォルトゥナさんの施した魔族の強化はアンデッドを対象としており、例えば両者が真正面からぶつかり合うとして、その両者の人数が同数だったとしても前者が勝利していただろう。

 フォルトゥナ軍にとって、アンデッド以外の魔物はおまけみたいなものだ。フォルトゥナさんがどう考えているのかわからないが、少なくともハインドさんはそう考えているようで、僕は、アンデッドやネクロマンサーとそれらの指揮下に入っている魔物、それ以外の魔物の命令権を貰っていた。
 つまり、雑兵の命令権である。召喚されたばかりの、あまり信頼のおけない僕に任せても問題ない程度の雑兵の命令権だ。例えその兵を率いてハインドさんに挑んだ所で鎧袖一触される程度の魔物である。

 だが、数は決して少なくない。多くもないが少なくもない。

 僕はそれをありがたく受け取り、それら全員に二つの命令を徹底的に刻み込んだ。
 刻み込んだ命令は、クルススが部屋の外に出ているのを見つけたらそれを捕縛し、地下牢にぶち込む事。
 そして、捕縛したらそれを僕に真っ先に伝えに来る事。

 ミノ太がやってきたのはつまり、そういう事だった。

 地下牢に降りる前にミノ太と別れる。魔物と仲良くしている事を見られるのはまだあまりいい影響を及ぼさないと予想されるためだ。信頼を得るには順序がいる。
 地下牢への入り口を守っている、すっかり顔見知りになってしまったコボルトのスプトルに挨拶をし、人のいなくなった地下牢への扉を開けた。

 相変わらずの辛気臭い空気。地下牢に足を踏み入れると、足音を聞きつけ、僕の元に一体のゴブリンがやってくる。僕の配下の中でも最弱で、しかし人の言葉を話せる得難き人材だ。

 僕よりも背丈の低いゴブリンが、畏怖の滲んだ目付きで僕を見上げてくる。
 その小さな角の生えた頭に手の平で触れ、尋ねた。

「捕まえたのは?」

「あお……俺達の、仲間、です」

「抵抗は?」

 僕の問いに、ゴブリンがその深紅の瞳孔を歪め、牙の生えそろった口を僅かに開く。
 ゴブリンの特徴は数である。多産で群れを作り、質はあまり良くない。もちろんそれは僕の元々いた世界の特性だが、こちらの世界でもあまり変わらない事がすでに分かっている。
 ゴブリンは僕に与えられた魔物の中でも最も多い魔物であった。

「ぐぎっ……負傷者が……」

「回復薬を貰ってきて治療するといい。文句を言われたら僕の命令だと言うんだ」

「ぎっ……」

 ゴブリンが目を丸くして、戸惑ったように小さく頷く。地下牢の出口に向かって申し訳程度のボロ布を纏ったその背を押す。

「褒美は後で与える。行け」

 僕の言葉に、ゴブリンは弾かれるように地下牢から出て、階段を駆け上がっていった。
 しっかりいなくなった事を確認し、地下牢の中をたった一人進む。多数ある格子の中には誰もいない。地下牢の掃除もさせたので、元々漂っていたきつい臭いも概ね緩和されている。
 そして、僕は脇目も振らずに一番奥にある尋問室の前まで向かうと、その扉を開けた。

 尋問室では、今まさに鎖で拘束されたクルススの身体に杭が打ち付けられるその寸前だった。
 口蓋を大きく愉悦に歪め、杭を打ち付けるべく腕を大きく振り上げていたジーンが音に気づく、僕の方を慌てたように振り返る。
 ジーンの挙動を恐怖の表情で、しかし悲鳴の一つも上げずに食い入るように見ていたクルススが僕の方を向く。

 僕は薄く微笑みを浮かべ、ジーンの方に言った。

「ジーン。君はとても賢い。僕は君のような人材がこの軍にいる事をとてもありがたく思うよ」

 ジーンが愕然と目を見開き、杭と槌を放り捨てた。一歩近寄ると、それに圧されるように一歩後退る。
 レッドキャップはアンデッドではなく、それほど地位の高くないジーンも僕の指揮下に組み込まれている。

「フィル……ガーデン……」

 クルススの震える声が僕の名前を呼ぶ。
 僕はそれを無視し、ジーンの方を睨みつけた。ジーンが戦くように短く悲鳴をあげると、その腰のベルトに下がった鍵束を僕の方に差し出した。
 乱暴にそれを受け取り、クルススを拘束している鎖を解きにかかる。

「とりあえず部屋に戻って……話を聞こうか」

「フィ、フィル様……その女は――」

 自分より権限の強い僕を止めるべきか、止めるべきでないか、わたわたと僕とクルススの方を見るジーン。
 演技が……過ぎるな。

「ジーン、良い物をあげよう。優秀な君に褒美だ。この意味、分かるな?」

 僕はポケットから一枚の金貨を取り出した。元の世界の金貨で、ここに召喚された際に偶然持っていたものだ。
 放ったそれをジーンが受け取り、沈黙する。僕の方を一度目を丸くして見ると、黙ったまま部屋の隅まで下がった。

 魔王軍では金貨の価値などないも同然である事を知っているだろうに、よくもまあそんな表情を出来るものだ。彼には尋問、拷問などよりも、もっと上の事が出来るポテンシャルがありそうである。

 戸惑うようなクルススの視線を感じ、安心させるように言った。

「大丈夫、彼は賢い。何も……言わないさ」

 言うわけがない。彼は僕の部下だ。
 だからこそ、杭を打ち付けなかった。
 僕が命令したからだ。打とうとしたのはあくまでパフォーマンスであり、僕が地下牢に入ってきた音がしたから行ったのだろう。
 僕が直ぐに尋問室に足を踏み入れなかったとしても、何かしら理由を付けて時間を稼いでいたはずである。

 レッドキャップは残忍で、しかし知性が高い。
 僕はそこまでやれとは言っていないが、僕のやろうとしている事を理解しそのように動いている。

 僕はできるだけ信頼を得なければならなかった。
 どのような過程を取ろうとも、結果的に全て丸く治める事ができれば全ては許されるのだ。

< 第七話 第九話 >
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163:
フィルが自重しないので周りは大変そうですが、読書としては大喜びです。
164:
自重しないフィルすこ
167:Re: タイトルなし
コメントありがとうございます!
もう少しでまた次話あげますので今しばらくお待ち下さいませ

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