夢幻のブラッド・ルーラー 第九話:聖女クルスス②

 聖勇者、ダムド・セレオンの仲間。クルスス・ガルダー。

 まだ出会って日が浅いし、会話も二言三言しか交わしていないが、その数日でわかったその性格を言い表すとするのならば――芯が強く冷静沈着と言える。
 気丈であり、真面目であり、拷問を受けてすら何も話さない程に精神が強いが反面、こういうタイプはかなり絡め手に弱く、僕と相性がいい。

 誠実な性格の人間は、誠意を持って対応すれば必ず応じてくれる。

 少し考えれば逃走はかなり難しい事が分かるはずなのに逃亡を試みた点から、頭はあまり良くないようにも思えるが、それは恐らく彼女がそういった方法しか知らないからであって、評価を下げるのは尚早だろう。

 クルススの部屋まで連れ戻すと同時に、クルススが連れ戻すために握っていた手を無理やり振り払った。
 強い目付きで僕を睨むと、すたすたとベッドの側に行き、腰を下ろす。

 艶のある灰色の髪と、琥珀色の瞳。それを僕に向ける。僕がそれに視線をじっと会わせると、すぐに顔を背けた。

 僕はそれに、拾ってきたばかりの子猫のようなイメージを懐き、微笑みかける。

「危ない所だったね」

「……|反勇者《アウター・ブレイブ》」

「僕の事はフィルと呼んで欲しい」

「……フィル」

 クルススが僅かに息を呑み、諦めたように僕の方を向く。
 そして眼と眼を合わせ、きっぱりとした口調で言った。

「フィル。先程の件は――感謝します」

「感謝は別にいいよ。出て行くなと言ったのに出ていった件についても、ね。仕方のない事だ」

「ッ……」

 僕の言葉に、クルススの眼に動揺が浮かぶ。

 クルスス・ガルダー。
 ハインドさんは初めて僕が彼女について尋ねたその時、彼女の事を『ガルダー教国の勇者のパーティのアコライト』と言った。
 ガルダー教国。クルスス・ガルダー。その一致は間違いなく偶然ではない。

 クルススは鍵だった。今の現状を理解するのに極めて重要な鍵。
 たった一人尋問を受けていた事といい、彼女の握る情報は相当に重要なのだろう。残念ながら、あのレッドキャップは何を尋問していたのか教えてくれなかった。
 どうやらハインドさんから誰にも知らせないように命令を受けているらしい。まだそれを反故にさせるほど、僕は彼の信頼を得られていないという事でもある。

 だが、何を握っているのかはわからないが、クルススが重要な情報を持っている可能性は高い。ならばやりようがある。

 僕がクルススと対面するのはこれが初めてだ。ポーションを飲ませたり部屋を案内したり、外に出ないように言いつけたりはしたが、その時はまだ落ち着きを見せていなかった。

 クルススは二、三度瞬きをすると、躊躇いがちに尋ねてくる。

「フィル・ガーデン。貴方は人族でしょう。何故魔族の味方をするのですか」

 クルススを助けた。地下牢を開放した。彼女の前で僕は未だ彼女と敵対し得る行為を行っていない。あえて行っていない。
 コツがいる。誠実な人間をいいように扱うには……コツがいるのだ。

 理解すべきなのは二点。

 人間が最も強いのは――正義である時である。
 そして、人の感情を常に揺さぶる事。

「違う。クルスス、それは……違うよ。僕は魔族の味方をしていない。ただ――魔族に召喚されただけだ」

 嘘じゃない。僕はハインドさんに、フォルトゥナさんに如何なる利益も与えておらず、与えるかどうかもまだ…‥決まっていない。
 今動いているのは何よりも……自分自身のため。

 癖なのか、クルススが困惑したように髪をいじり、こちらをその透き通る眼で見上げる。

「それはつまり……人族の味方をするという事ですか?」

「僕は別の世界から召喚されたばかりだ。この世界についてまだ何も知らない。答えを出すのは――それを知った後かな。でも、少なくとも今の僕はクルスス、君を傷つけるつもりはないよ」

 答えを濁す。僕は魔族と人族を差別しない。
 その姿形の差異に何の意味があろうか。僕の敵には魔に属するもの、人に属するもの、それぞれ均等に存在していたし、味方もまた同様だった。もちろん、元の世界の話だが……。

 僕の言葉を聞くにつれ、クルススの目付きが若干きつくなる。
 だが、その視線にあるのは完全な敵意ではないし、これは言わなければならない事だった。

 そして次の言葉も。

「だからクルスス、君の要求にも僕は出来る限りの誠意を持って答えようと思う。幸いな事に――それなりの権限は預かっていてね。地下牢に閉じ込められていた七人を解放したのもその権限によるものだよ」

「ならば私を帰してください。私は――帰らなければいけない」

 それは無理だ。もしそんなことすれば、ハインドさんが僕を殺すだろう。そしてまた、その方法もない。
 ハインドさんはクルススを決して逃がすなと言った。恐らく手引しようとすれば即座に気づかれるし、そのリスクを踏むわけにもいかない。

 だが、その事は一端置いておき、何気ない口調で聞き返す。

「どこへ?」

「ダムドの元へ、です」

「何故?」

「それは……――ッ!?」

 答えようとしたその寸前に気づいたのか、クルススが表情を固くし、呆然と僕を見上げた。
 情報だ。僕が欲しいのは情報だ。僕の眼を見て、クルススがすぐにその緩みかけた眼をきっとばかりに吊り上げた。

「……貴方に教える筋合いはありません」

「わかった。教えてくれなくていいよ」

 わかった。理由がある。勇者の元へ戻りたいのには理由があるという事がわかった。
 そしてそれは、共に戦うためなどではないはずだ。そのような理由ならば、即座にそう答えていたはずである。
 何故ならば、勇者のパーティのアコライトであったクルススにとって勇者と共に戦うのは当然の行為であるはずだからだ。

 クルススが僕を見上げたまま、ゾクリと肩を震わせる。窓もないミスティックアークの一室。その空気は冷たい。
 唇を噛み、険の増した眼差しでこちらを見上げるクルススに提案する。

「クルスス、単刀直入に言うけど、僕は情報交換をしたい」

「情報……交換?」

「この世界の事を知りたいんだ。ここには……魔族くらいしかいなくてね。人族についての情報が足りてない」

 椅子を引き寄せ、クルススの前に持っていく。そこに腰をかけ、手を組み、窺うような目付きをつくる。
 不審感を隠さないクルススに続ける。

「質問させて欲しい」

「な、なんで私がそんな事を――」

「そうだな。ただ僕が質問するだけじゃフェアじゃないよね。交互に質問しよう。もちろん、答えたくないものは答えたくないと言って構わない。僕には答えたくないものなんてないけどね」

「……」

 一度拒否しかけたクルススがその言葉に沈黙する。目を普段よりもほんの少しだけ大きく見開き、僕の表情を観察している。まるで僕が何を考えているのかを読み取ろうとしているかのように。
 たっぷり数分、クルススは考えていたが、やがて戸惑いがちに答えた。

「……いいでしょう、フィル・ガーデン。貴方には借りがある。ここで一つ返すとしましょう」

「ありがとう、助かるよ」

「……いえ」

 微笑みかけると、クルススが苦虫を噛み潰したかのような表情で視線を背ける。とても素直でわかりやすい反応だ。
 もちろん、全てがブラフである可能性は少し残っているが、僕にとって一番困るのは全て拒否するという反応だった。一度拒否されてしまえば次もその事実が楔となりうる。時間のない僕にとってそれは致命的である。

「じゃー僕から質問させてもらっていいかな?」

「……はい。なんでもどうぞ」

 クルススが警戒と緊張の混じった眼で息を呑む。
 そんなクルススに、僕は笑顔で一回目の質問をした。



「トイレは大丈夫?」


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168:
クルススはフィルがいることで救われたはずなのに、どう考えても追い詰められる未来しか見えないですね

いや、やっぱり救われないのか・・・

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