夢幻のブラッド・ルーラー 第十話:聖女クルスス③

 クルススが唖然とした視線を僕に向ける。
 そのまま数秒固まっていたが、やがて何を言われたのか理解したのか、顔を真っ赤にして言った。

「……ふざけているのですか?」

「僕は本気だよ。答えて欲しい。もしそれをクルススが答えてもいいと思ったなら、ね」

 僕の眼を見て、クルススが唇を噛む。
 いらいらしたように足裏で床を叩く。

 からかってなどいない。僕は彼女を長時間部屋に閉じ込めたのだ。クルススを案内したこの部屋にトイレはなく、トイレの場所も教えていなかった。

 確かに……女の子に聞くのはデリカシーがなかったかな。

 どうも気分を悪くしてしまったようで、語気を強くしてクルススが答える。

「大丈夫です。これでいいですか?」

「ああ、いいよ。ありがとう」

 礼を言うと、その表情が険しいものから訝しげなものに変わる。
 そのまま無遠慮に僕をじっと見た。

 今の状況を心中で再度、確認する。今の僕は――クルススの敵でも味方でもない。

「その質問に何の意味が?」

「そんな事が君の一つ目の質問って事でいいのかな?」

「い、いや――ちょっと、ちょっと待って下さい」

 僕の問いに、慌てたようにクルススが立ち上がりかける。
 挙動から分かる。腹芸などできるタイプではないことが。
 例え質問しなくても僕は彼女の動作からある程度の情報が読み取れる。

 経験。才能。信条。

 見た目の年齢は十代半ばだろうか。アコライト。アコライト、である。
 疑問だ。疑問は放っておいても碌な事にはならない。

 クルススはたっぷり数分間使って考えると、やがて覚悟したように僕の事を睨みつけた。
 そして尋ねた。

「フィル。貴方は召喚されるに際してスキルを得たはずです。それを教えてください」

 先に僕の事を知る事を選んだか。
 いや……どちらかというのならば、これは僕に対する疑念の現れだろう。

 召喚された勇者にとって、付与されたスキルは切り札の類。
 内部情報を聞いても良かったのにその前に僕の事を聞いたのは、僕がどれだけ誠実であるか確かめるため。まだ彼女は僕の事を――信用していないのだ。

 だが、スキルの情報など僕にとって何の意味も持たない。そんなものを使っていては――この状況は制圧できない。

 僕は間を空けずに、正直に答える。

「他言語化対応(大)、オープン・ブラッド、|恐慌の邪眼《ルーラー・オブ・ブラッド》の三つだよ。多言語化対応(大)は僕にこの世界の言語の会話能力を与えるもので、だけど読み書きまでは保証してくれない。オープン・ブラッドは自身の情報を表示するためのスキルで、この世界の誰もが持つ者だと聞いている。ルーラー・オブ・ブラッドは――視界に入れた相手に恐怖を与えるスキルらしいけど、使った事はない」

「ッ!?」

 すらすら話す僕に、クルススが僅かに眼を大きく見開く。
 僕が答えないとでも思ったのか。
 この程度の情報を隠すとでも思っていたのか。そして、君は一体この情報を知って――どうするつもりなのか。

「僕の知っているのはこの程度かな。大丈夫かな?」

「……はい。大丈夫です」

 まだ疑念の混じった表情。この世界のスキルに対する認識が見て取れる。話すのは――普通ではないのだろう。
 『嘘じゃないですよね』と確認されるかと思ったが、確認されなかった。

 呼吸は乱れていない。気を取り直して続ける。

「じゃあ次は僕の質問だ」

 言葉を発すると、クルススが緊張したように息を呑んだ。また同じような意図のわからない質問をされるのではないかと警戒しているのか。
 僕は――意図のない質問などしない。

「ガルダー教国で最強の人間の名前は?」

「……」

 僕の言葉に、クルススの表情が一瞬こわばり、しかし確かにその肩が安堵に下りた。
 目をつぶり、しばし熟考する。この沈黙はわからないという沈黙ではない。答えるべきか答えないべきか、それを答える事で人間側にデメリットがあるのかどうか、そういう沈黙だ。

 やがて、目を開き、クルススが唇を開く。

「答えたくありませ――」

「ちなみに地下牢に囚われた八人にも同じ質問をしていてね。個別に呼んで質問したんだけど、彼らは皆、一人残らずガルダー教国の聖勇者、ダムド・セレオンの名前をあげた」

「ッ……」

 僕の言葉に、クルススの表情が引きつる。緊張は、つまらない人間である僕を実体以上の怪物にする。
 そのままクルススの答えを待っていると、クルススが震える声で怒鳴るように答えた。

「そ……その八人の言う通り……です、フィル。ガルダー教国に於いて、聖勇者――ダムド・セレオン以上に強い人間を、私は知りません」

「まぁ、そうか。ありがとう」

「い……いえ」

 答えていい情報だった。これは、答えられる情報だった。だが、彼女は一瞬答えまいとしてしまった。
 別に僕はそれを許可している。だから、簡単な質問に対して答えなかった所で文句を言うつもりはない。

 だが……クルスス自身がどう考えているかはまた別の話だ。
 クルススを促す。

「次の質問をどうぞ」

「……はい。で、では、質問します」

 クルススが深く深呼吸する。次に声を出した時には、その声に先程までの動揺は残っていなかった。

「……この軍で最強の存在は誰ですか?」

 だが、動揺は質問の中には残っている。
 僕の質問を逆にしたもの。僕が最強の存在を聞かなければ、恐らくその質問はなかったか、あるいは彼女にとって優先度の低いものだっただろう。

 隠すような事でもないのでさっさと答える。

「『|叫びの鎧《スクリーム・ガード》』のハインドさんだ」

「……え?」

「何か?」

 意外そうなクルススの眼。両手の指同士を組み合わせ、忙しげに動かしながら僕を窺う。

「……この軍には『叡智ある死者《ミスティック・ボーン》』のフォルトゥナがいるはずですが?」

「いるけど、だから?」

 確かにいる。フォルトゥナさんはこの城に引きこもりっぱなしだ。随分と仕事熱心な事である。たまには外に出たほうがいいと思うけど、彼女が万が一殺されるとその配下のアンデッドもまた死んでしまうのでミスティック・アークに引きこもっているのは正しいと言えるだろう。

 クルススは僕の言葉に、しばらく黙ったままだった。黙ったまま、真実を解き明かすかのように僕の眼を見つめていた。しばらくして、ようやく口を開く。

「……つまり、魔王の腹心であるフォルトゥナよりもその片腕……ハインド・ガードナーの方が強いと?」

「僕はそう考えている」

 そもそも、彼女は見たところ研究職である。研究職がハインドさんのような戦士よりも強い可能性は高くない。
 尤も、ハインドさんはフォルトゥナさんの生み出したアンデッドであり、その両者が戦えば間違いなくフォルトゥナさんが勝つだろう。魔法を解除すればいいだけの話なのだから。

 戸惑いを隠さず、クルススが尋ねてくる。

「……何故……ですか?」

「次に質問するのは僕の番だよ」

「ッ!? ……そうですね。どうぞ」

 ダムド・セレオンはガルダー教国最強だった。だが、ハインドさんはそれを打ち破ったといった。既に手を打ったと言った。
 罠に嵌めたのか正面から妥当したのかわからないが、勇者の仲間を地下牢にぶち込んだ。

 だがしかし、未だ、ハインドさん達は何かを警戒している。最強の勇者に手を打ったにも関わらず。その戦力差は甚大であるにも関わらず。

 クルススの眼を見る。最初に気丈だったそれとは異なる、不安の滲んだ眼。
 隠し事を聞いてはならない。答えられないと言われるのがオチだ。僕が聞けるのは答えてもいいと思える情報であり、見るべきなのはその質問に対する反応だ。

 唇を舐めて声を滑らし三つ目の質問をする。

「人が魔族に対抗し得る最強の武器は?」

「最強の……武器……」

 二、三度瞬きをして、クルススが不安げに呟く。その整った眉目が僕を見つめる。
 甘い。彼女は反応が甘いのだ。知っていると言わんばかりの反応。

 しばらく迷っていたが、それはクルススにとって当たり前の情報だったのだろう。そして、一度目は答えないという選択肢が見えても、今は見えていない。
 躊躇いがちに答えた。

「……『聖剣』です。『魔剣』と呼ばれる事もありますが、精霊の宿ったその武器こそが……最強の武器と呼べるでしょう」

 落ち着いたクルススの声。

 聖剣。聖剣、か。その単語を頭の中に刻み込む。

 実は、この問いもタダ達に事前にしたものだ。だが、タダ達は聖剣などとは答えなかった。いや、答えない者もいた、というべきか。
 最強は勇者という共通認識だったが、武器はバラバラだった。

 攻城兵器の名前を答える者もいたし、数百人単位で唱える大規模魔術の名前を言うものもいた。そして、神話に出てくる有名な聖剣の名前を言うものもいた。
 だが、『聖剣』という単語を答えたものはいなかった。聖剣の銘を言わなかった理由。そして、あやふやな言葉であるにも関わらずクルススの声に垣間見える確かな自信。

 沈黙する。その沈黙をどう受け取ったのか、クルススがやや早口で続けた。

「プロセスは必要ですが、英雄の振るう聖剣は強力無比です。たとえ強力な魔族の群れが現れようが、聖剣の力があればたった一人で相手をできるでしょう」

「なかったわけだ」

「……え?」

 クルススが僕を見返す。
 クルススの説明。その最後には実感が篭っていた。

 組み立てる。クルススの問い。感情。今まで得る事の出来た情報を元に答えを推測する。
 今の状況。全体像を。
 尤も、これはただの推測だ。誤っている可能性も高いが、クルススの反応を見れば恐らく、その正誤も分かる。

「聖剣の力があればたった一人で魔族の群れを相手にできる。だが、現にガルダー教国最強だったダムド・セレオンは破れ、勇者の仲間だった君は僕が助けるまでここに囚われていた。ダムド・セレオンは負けた。聖剣を持っていなかったが故に」

「……」

 馬鹿げている、と。クルススは言うべきだった。
 僕の推測は割りと屁理屈であり、論理と呼べる程のものでもない。抜け穴はいくらでもある。
 だからこそ、クルススは言うべきだった。下らない妄想だ、と。

 しかし、クルススはまるで化物でも見るかのような眼でこちらを見ている。
 悲しいことに、沈黙は時に雄弁に真実を語る。

 そして、此処から先は更に論理の飛躍がある。僕は情報をそれほど持っていないからだ。
 だから、これは賭けだ。しかし、リスクなくしてリターンは得られない。

「聖剣を持っていなかった。しかし、聖剣は存在する。ハインドさん達はそれを知っている。だからこそまだ、魔族側が優勢である現状でもこの大陸は魔族に支配されていない。聖剣の存在を……警戒しているからだ」

「……」

「ハインドさんは自分たちの戦況を覆す可能性のある『聖剣』を抑えたい。だが、どこにあるのかわからない。最初はダムド・セレオンが所持しているのかと思ったが、その様子もない」

 一言一言、クルススの表情を確認しながら述べる。
 緊張の露わになった顔は、それでも元が整っているため美しい。だが、ポーカーフェイスとは呼べない。

 僕の言葉は完全に僕が考えたものであり、ハインドさん側の情報とクルスス側の情報が入り混じっている。冷静になればその推測の歪さに気づけたはずだ。

 だが、気づけない。僕が何も知っていない事を。何も知らずにただ自信満々に話して見せているだけである事を。

「この大陸で人族の最大勢力はガルダー教国だ。人族が魔族に対抗し得る聖剣も教国が握っている。だからこそ、勇者のパーティの|僧侶《アコライト》である君が囚われた。つまり君が受けていた尋問は――『聖剣はどこにあるのか』だ」

「ッ……貴方は――」

 クルススが立ち上がりかけ、戦慄く声を上げかける。その息は荒く、眼尻には僅かに涙で滲んでいる。
 その瞬間、ぐらぐらとその精神が揺れている瞬間を狙う。

「そしてクルスス、君は聖剣がどこにあるのかを――知っている。そうだね?」

「ッ……こ、答えたく……ありません」


 だから言っているんだ。
 知らないと言えばいいものを――答えたくないというその答えは、答えているようなものだと。


< 第九話 第十一話 >
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170:
フィルがどう行動するのか分からずワクワクします。

クルススは悪くない、相手が強すぎるんだ

というかフィルに勝てる存在が思い付かない(笑)
172:
いつも楽しみに読ましていただいています。
最近更新頻度があがって非常に嬉しいです( ´艸`)

最後の方にフィルがクルススに質問するところで聖剣が意見になっているような気がします。
わざとでしたら申し訳ありません。
173:Re: タイトルなし
> いつも楽しみに読ましていただいています。
> 最近更新頻度があがって非常に嬉しいです( ´艸`)
>
> 最後の方にフィルがクルススに質問するところで聖剣が意見になっているような気がします。
> わざとでしたら申し訳ありません。

誤字報告&感想ありがとうございます!
誤字でした! 聖剣が正しいので修正しました。

楽しんでいただけて嬉しいです。
更新速度はぼちぼちを維持していきたいと思っておりますので、今後も宜しくお願い致します。
174:
面白すぎるコラボだ、、

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