クリスタルマギカ第五話

 
 
 俺にはわからないが、莫大な知識が頭に流れ込み、気を失う感覚というのは貧血に酷似しているらしい。
 俺は何とか立ち上がり、完全に気を失っているグレースケールをベッドに寝かせると、これからどうすべきか首をかしげる。
 
 一時間三十二分。
 
 それが、今まで知識を流し込まれ気絶した者が目覚めるまでの時間の平均である。
 もちろん、人間の脳にはリミッターが存在するから、命に別状は無い。
 今までの経緯を見るからに後遺症も存在しない。
 一瞬脳を巡った知識なんて記憶できるはずがないから、目覚めた時にあるのはただ頭がくらっとして気絶したという記憶だけだ。
 
 
 
 
 だからこそ、このまま起きるのを待つという選択肢も存在する。
 

 
 
 敵陣の最中にできる事というのは多くない。
 
 
 仮に、奇跡のような確立で今ここに敵対組織のメンバーである俺が居る事がグレースケール以外に知られていなかったとしても――
 このまま不用意に外に出た結果、怪しまれ捕らえられることは目に見えている。そしてその時、今度こそ俺は死んだ方がいいと思えるような目に合わされるだろう。
 少なくとも俺なら目隠しをして四肢をもぎ、行動を制限する程度の事は躊躇無く実行する。
 そこまでなったら、ゲームオーバーだ。たとえ龍のような肉体強化系のクリスタルマギカを持っていたとしても生存の可能性はほぼない。
 
 
 それならば――この気を失っている少女を人質にするなどどうだろうか?
 俺が龍と閃から彼女の能力の話を聞いて予想していた事なのだが、彼女の能力の有効射程はおそらく前方一帯――人間の視界程度の領域だ。
 目隠しをしてしまえばそれだけでその戦闘能力の大半を削げるだろう。
 また、そうでなくても、気絶している能力者など実寸大の人形に過ぎない。
 彼女を盾にする事はそう難しくはないと思う。
 
 難点があるとすれば、俺が体力のない貧弱な人間で、その上今現在身体中を怪我しているという事だ。
 グレースケールの体格はそれほど大きいほうではない。
 一般の同年代の少女と比べても、華奢な方だ。
 だがそれでも、果たして俺に気絶した彼女を運べるだろうか?
 少なくとも、体重が三十キロを下回る事はないだろう。
 人間の身体はほとんどが水で出来ている。
 
 
 
 ……無理だ。俺にこんな大きな荷物は不相応すぎる。
 おまけに危険。途中で押しつぶされて動けなくなったり……無様すぎるぞ。
 それに……まさかないと思うが、相手が人質を無視して攻撃してくるかもしれないし。
 
 
 となると、このまま待つか?
 
 状況は変わらないように見えて、それが一番無難な選択のような気がする。
 彼女は死にかけの敵を――もちろん打算があったとしても、助けるほどの善人だ。
 よく言えば善人。悪く言えば道理を弁えない愚か者。
 多分、自分が貧血で倒れあまつさえそれを俺が助けたと知れば、対応もこれ以上に甘いものになる。
 もしかしたら、このまま離してくれるかも――
 
 
 
 
 
 そこまで考え、俺は我に返った。
 
 まてよ、これは全て罠ではないだろうか?
 こうやって油断させておいて、俺から情報を引き出さんとする巧妙な罠。
 実は、今もこの部屋は隠しカメラみたいなもんで監視されていて、制御室では俺が不埒な行いをした瞬間この部屋を制圧できるように準備がなされている。
 もしかしたら、壁がマジックミラーで隣の部屋ではリアルタイムに複数の監視人が――
 
 可能性は上に上げた三つよりも遥かに高い。
 何故って?
 
 
 
 
 
 
 
 
 俺ならそうするからだ。
 常に相手の気持ちになって考えろ。
 相手も人間、同じ種族である以上ある程度の行動の範囲はそれで見えてくる。
 
 
 
 しかし、危なかったな。
 相手にもそこそこのブレインが付いているらしい。
 七年もの間ずっと裏方としてサポートを行ってきた俺が、危うく貶められるところだった。
 
 
 
 だがそうなると……困ったな。打つ手がない。
 扉を開ければ、すぐに監視していた連中が飛んできて俺は一瞬で取り押さえられるだろう。
 俺の接続の概念は、両手両足の平を通じて発動するものだ。複数に掛かってこられたら、何もする事ができずにそのまま緊縛されよう。
 幸いなのは、まだ俺の力がばれていないという事か。
 グレースケールは突然気絶した。俺が研究所の研究員だという事がばれている以上、疑われはするだろうがそれでも相手には根拠がない。
 一応命の恩人だという事で、まだグレースケールを殺していない事も幸いした。
 殺していれば、その時点で俺の運命はどういいわけしようとお終いだっただろう。
 まー、殺していない理由には、まだ利用価値があるかもしれない、それに何か面倒くさいというものもあったんだけどね……ナイフとか持ってたら間違いなく殺ってただろうし。
 
 こういう状況に陥った時、龍ならどうするか。
 どうしようが主人公補正で丸く収まるのが目に見えている。
 卑劣といわれようが、そういう補正が働いたためしのない俺はありとあらゆる懸案事項を全力で潰さなくてはならない。
 
 
 まー、自分を殺してしまう補正なんて俺はいらないけどな。
 
 
 ……とりあえず首でも絞めとくか。
 これからどうなるか知らないけど、気絶している時間が長ければ長いほど考える時間も延びるだろうし。
 
 
 密室。
 一組の男女。
 気絶している少女に近寄る成人男性。
 
 そしてその首筋に両手が伸び――
 
 
 
「やばい。これじゃ俺まるで変態だ」
 
 
 まるでどっかの推理ドラマの一こまのようなシチュ。
 確かに空気よりはいいかもしれないが、それでもこの役割はあんまりだよな。
 俺が悪者みたいじゃん。
 
 腕を伸ばしただけで腕がぴきぴきいやな音を立てる。
 どうやら思った以上にがたが来ているみたいだ。
 もしかしたら気絶している女の子の首一つ絞めることができないかもしれない。
 
 まるで眠っているかのようなグレースケールの顔は
 
 
 
 先ほど垣間見た冷たい瞳とは裏腹に年相応に幼く見えた。
 
 


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