黒紫色の理想第三十七・五話【平和主義と徳の高い殺人鬼の話】

 
 
 
 それは、圧倒的に何かが違えた存在だった。
 何がおかしいのか?
 分からない。
 今まで聞いた事のない奇声が鼓膜を震わせる。
 奇声――
 悲鳴――
 
 先ほどまで談笑していた友人の首が黒い風と共に吹き飛び、奇怪な音を立てて血の飛沫が噴出す。
 
 何一つ理解ができない事が恐ろしい。
 
 コレはいったい何なのだろうか?
 
 何が起こっているんだ?
 
 まさかこれが――
 
 
 
 
 
 いつの間にか眼の前に黒衣を纏った者が現われる。
 私に背を向けているので、その顔はうかがい知る事ができない。
 
 混乱を極める私の頭が、場違いな居るはずのない少女の声を捕らえ、それと同時に腹に衝撃を感じた。
 
 
 
 全身に感じる重たい衝撃。
 一気に刈り取られる、フェードアウトしていく視界がはおそらく私の人生の幕切れと同義で、
 
 しかし、恐怖はほとんどなく、最後に私が考えていた事は、さきほど捕らえた声の内容だった。
 
 あれは確かに――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「正義のために死んでくれ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 第三十七・五話【平和主義で徳の高い殺人鬼の話】
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 今日は出血大サービスだな。いや、いつもどおりのシーン様か。
 私は、鏡が写す戦場に心中で合唱し、大きくため息をついた。
 
 まるで暴風のような存在感を持つシーン様は、常に辺りにそのオーラとも呼べる威圧感を撒き散らしているので、居なくなった後の部屋はホテルだろうが自室だろうが所構わずやけに寂寥を帯びた空間として感じさせる。
 
 
「……はぁ」
 
 
 今まで流し読みしていた資料をごてごての装飾が成された椅子の上に投げ出す。もう全て覚えた。シーン様に言わせれば覚える必要などないんだろうけど……
 
 
 今回は、身体だけ残して行くという常軌に逸した神業を見せていったようだが、もはやシーン様の人間離れしている所を三年強たっぷり見せつけられた私には驚きも何もない。成長したものだと思う。それでいて、シーン様が居なくなった後のこの何ともいえない空気には未だ慣れないないのだから重傷だ。
 私は知っている。最近ルートクレイシア国内では、シーン様だけではなく私までも化け物扱いされているという事を。
 全くもって、本人からしてみれば失礼極まりない話だった。
 ただの人間から見てシーン様が化け物なのは疑いないが、私まで一緒にされるとは――
 
 
 机の上に残された長方形の卓上の鏡が喧騒を写す。
 わざと術を解かずに言ったのか、それともただ忘れただけか、シーン様が先ほど使用した遠視の光景を投影した鏡である。
 鏡に映る光景は、シーン様が魂を狩りに赴いたその場所での光景。
 正直、敵とは言え一瞬で、たった一度の抵抗すらせぬ内に捻り潰されていくその様子に同情を禁じえない。
 
 
 ちらっと見たその景色に存在していたのは、予想していたものと何ら変わらず惨劇だった。
 三日月の形をした漆黒の鎌。
 素人の観点から言わせて貰うと、武器として果たしてそれは適切なのか、と疑問に思える不自然な設計をしたそれは、自らの全長の同程度の身長の少女の手の中であまりにも異様に映る。
 
 人間の命は何よりも軽い。
 シーン様がそうおっしゃったのはいつの話だっただろうか。
 
 黒い残像と共に驚くほどぽんぽん飛ぶ人間の一部とそれに付随する"赤"を見て、私はかすかに吐き気を催した。
 
 本当に一人の人間の身体に流れていたものなのかと言わんばかりの大量の血液を浴び、シーン様からはKillingFieldと呼ばれている少女の黒髪が奇妙に光を反射する。その瞳にあるのは無情。憐憫も悦楽もなくただひたすらに人間を解体していくその光景は、まさに人のイメージする死神そのものだろう。
 
 
 
 中身は全くの別人なのだが、誰が信じようか――
 
 
 決して見たいわけでもないのに、私は鏡から眼を離せなかった。
 文官である以上、私がシーン様の戦いぶりを見る機会はほとんど無くてもそれは当然である。
 だが、武官であるアンジェロもその数はほとんど変わらない。
 シーン様の戦いぶりは、他の何者をも寄せ付けない絶対的な暴力で、その圧倒的なポテンシャルの前では約570LVのアンジェロも450ほどの私も足手まとい以外の何者でもないのだ。
 また、本来のシーン様の戦い方はロングレンジからミドルレンジ、距離の離れた相手に対する魔術による殲滅である。
 隣に立っていても、その戦いぶりを見る事は皆無に等しい。
 というか、戦場はシーン様の居るところではなくその敵の居るところなのだ。
 よしんば、今回のように接近戦で敵を殲滅する必要があったとしても――客観的に見るのと主観的に見るのとではそのギャップが違いすぎる。
 おそらく戦場に慣れてない私ではその雰囲気に当てられ気を失うのが関の山だろう。
 
 
 ところで、一体シーン様は何故わざわざ身体を変えてまで先ほどの男の仲間を狩りに行ったのだろうか?
 ノックの瞬間魔術で身体を全身を打ち抜かれたあの男とシーン様には何か関係があるようには思えないし……
 
 
 
 鏡の向こうのシーン様は、肉体こそ違うもののいつもよりも輝いて見えた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 襲撃の結果は元々、目で見るまでもなく明らかだった
 人間の域を遥かに超える死神にとって、ただの人間など紙くずにも満たない存在だ。
 もし仮に、このバグを狩る組織とやらの組員の中に600LVオーバーが数人居て、その全てがここに集結していたとしたらまだ話は違ったかもしれないが、残念ながら人間社会の中に600LVオーバーはほんの一握りしかおらず、その一握りは各国でこんな馬鹿げた組織に入るまでもない相応の地位にいるだろうから、今回この襲撃によりこの支部の人間が全滅するのはいたって自然な事だったのだ。
 
 
「これも弱肉強食というわけか……世の中は無情だ」
 
 
 顔を伝う紅い雫を払う。
 鼻腔を刺激するのは生臭い血と脂の臭い。
 身長の半分まで伸ばされた長髪は血を吸って酷く重く、そして身体に纏う外套も又ぐっしょりと濡れていた。
 身体が違うせいか、返り血の感触が妙に気持ち悪い。
 嗅覚を擽る慣れ親しんだはずの血の臭いも吐き気を催させるだけだ。
 死を狩る身として他者の死に慣れていないというのは果たしてどうなんだろうか。
 そういえば、狩っている間も、一人殺すごとに心の中に何か衝撃が奔っていたような気がする。
 俺には何の影響もないから多分――KillingField本体の心の中だろう。
 罪悪感?
 殺したのが俺なのに?
 
 
 馬鹿らしい。
 
 さっきから全く聞こえていないKillingFieldの声。
 その事を気にしつつも、紅く染まったリビングを歩く。
 しかし――
 
 
 魔術を使ってなら、血液の一滴も残す事なくただ敵を消し去れたのに。
 
 
 まったく
 今回の俺の敵は
 本当に
 忌々しい
 
 
 奴等だった。
 
 
 吐き気を堪え、死臭を吹き飛ばすかのように鎌を片手で大きく振るう。
 奇妙な音を立てて回転する巨大な鎌は、ここに持ってきた時と何も変わっていない。
 まったく血のついていない漆黒の刃。その刃から発せられる不協和音もまた、たった今十人近い人間の命を刈り取ったにも関わらずまだ命を求め声高く吼えているかのようだった。
 
 
「然り。全くもって悲劇だ」
 
 トランプの散乱するテーブルの上にごろりと転がる中年の男の顔が無念の瞳に応える。
 まー悲劇って言っても、俺にとっては喜劇なのだから相槌を打つのは間違ってるかもしれないが……
 
 
(こ、殺した、本人に言われても、嬉しくないと――)
 
 
 無言で死人の頭を潰す。
 
 
(きゃっ――)
 
 
 パーンと言う音を立て、飛び散る脳漿を避けながら、その声が自分の中のKillingFieldから聞こえてきたものだと思い当たった。
 死人が話したのかと思ったぜ。
 これだけ崩せば悪霊《レイス》にもなるまい。
 まったく、紛らわしい事してくれるもんだ。
 
 
 それにしても、
 
「KillingField、お前大丈夫か?」
 
 
 壁に取り付けられた鏡を見て、驚く。
 この顔はどうした事か。
 
 KillingFieldの顔は普段より二割り増し白く、青ざめたその表情は明らかに健全者の物ではない。
 表情がいたって平静なのは現在身体の主導権を握っているのが俺だから。
 もし本来の彼女が表に出ていたらどんな表情を作っているか――
 
 肉体的なダメージは、俺にも分かるが精神的なダメージは心まで支配できないので分からない。
 そして、この真っ青な顔は明らかに肉体的なダメージではなく精神的なダメージだった。
 
 おかしいな。
 何がわるかったのだろう。
 
「おーい、KillingField大丈夫か?」
 
 
(っぐ――ひっくひっく。)
 
 
 心の中ですすり泣くような音が聞こえた。
 どうしたもんか。
 こうして、連中を全滅させた以上、もはや目的の九十パーセントは達した。
 だがまだ十パーセントは残っている。
 貪り簒奪した男の記憶。
 
 地下に監禁されているらしいバグ
 
 error-07
 悪神
 BreakenWindow
 
 出現条件は、隠しパラメーター『徳』を-10000以下にする事。
 徳を0に戻す事と引き換えに発生する。
 
 
 見た限り男だったので正直どうでもいいのだが、それでも徳などというパラメーターが存在していた事は初めて知った。
 スキルレイの画面にも現われないソレは、もし存在していたとしたらまさに隠しパラメーターといえよう。
 無知とは罪である。バグ自身はどうでもいいが可能なら、情報を集めておきたい。
 それに、徳を一定以下に下げる事を条件にバグが発生するならある一定以上まで上げたらまた別のバグが発生する可能性も――
 
 
 
「はぁ……しょうがない。諦めるか」
 
 多少甘いがやむを得まい。今回は諦めよう。
 元々、KillingFieldはこの間まで精神的に大きな傷を負っていたのだ。最近なんか妙に調子がよくなってきたので油断したが、また体調を崩したというのはこれは俺のミスである。
 帰って休めば具合も多少よくなるだろうし……
 
「はぁ……」
 
 地下室の入り口があるらしい絨毯を一瞥し、俺は踵を返した。
 一期一会との言葉もあるし、これがerror-07との最後の出会う機会かもしれないと思うと残念でならないが――
 
 
「また機会があったらどこかで会おう。"虚影骸世"!!」
 
 
 自らを中心に円状に拡大する破壊の境界――血も死体も建物も何もかもが消滅していく様子を観察しながら、俺はため息をついた。
 
 次発生する時は雌の姿で生まれて来い。BreakenWindowよ。そしたらその存在全てを歓迎しよう。たとえその身が徳が低い事なんていう最低の事実から発生したものだったとしても。
 
 
 
 そして
 とりあえず帰ったら徳が低そうな連中を集めてみるか。
 んー……まず初めにダールンだな。後は適当に……シルクとかもいろんな意味で徳が低そうだな。後ナリア。あいつは絶対に徳が低い。見ただけで分かる。俺の鑑識眼は確かだ。
 
 ってよく考えてみると俺の周りってなんかダメ人間だらけだな。
 あれか。蛍光灯に引き寄せられる蛾、みたいな?
 集める必要ないじゃん。
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