第三十九話:水の神殿と反逆の話

 扉を開いた瞬間、そこにはこの世界で最も高い位をいただく水の聖地が広がった。
 思わず息を呑む。ここに来る間も、確かに俺の身体は鼓動していた。広大な運河の上にいただく街。クラウンシュタインの聖域に。その聖なる気配は神殿を進むにつれどんどん強力になっていたが――

「驚いた。格が違う……」

 祭殿。水精を讃える神殿の中心。そこの神性はこれまで歩いてきた道など歯牙にかけないほど強大だ。闇に連なる悪魔は相当高位の者でもない限りこの場には近づくことすら出来ないだろう。

 なるほど、会議がこの場で行われるはずだ。少なくとも、こと悪魔の襲撃と言う点においてこの場は絶対安全領域と言ってもいい。
 祭壇に描かれた巨大な文様――おそらくこの聖域を形成する魔術式だろう。神殿の類にはよくあることだ。――を中心に築かれた水の砦。上から下へ落ちる幾筋もの流水。些か綺麗過ぎる感があるが――


「シーン様、私達の席はもっと奥のようです」

 本来なら俺達を案内するはずだった騎士達を吹っ飛ばしてしまった(転移的な意味で)ため、シルクに案内されて席に着く。
 周囲を見渡す。
 今の所、席の埋まり具合は七十パーセントと言うところだろうか。
 俺の到着は時間ぎりぎりだったから、この埋まり具合は例年から相当少なめだろう。
 まぁ予想できた事だ。
 さきほど言った通り、この神殿の神性は格が違う。



 この街に入り込めるほどの力を持った悪魔でも、この神殿の中に足を踏み入れる事は叶うまい。










第三十九話【水の神殿と反逆の話】









「どうしたんでしょうか? 妙に席が空いてるような……」

 律儀に机の上に配られていた資料に眼を通しながら、シルクが辺りを見渡し眉をひそめる。
 司会席の周囲に集まった、この会議の責任者だろうか? 者達の姿を見学しながら、俺は欠伸をした。

「これでも予想よりは埋まってる」

「予想?」

「ああ。なんたって――俺が会った連中は半分くらいドッペルゲンガーだったからな」

「は?」

 俺が会った連中は、会議の出席を告げるための受付所をうろついていた五十一人ほどだけだが、見る限りその中の半分くらいがドッペルゲンガーっぽかった。ドッペルゲンガーと言うのは、その全ての気配に違和感がない。だから○○っぽかったという曖昧な言い方になってしまうが、まぁ少なくとも国のトップが悪魔に成り代わられている所があるというのは確実だろう。

 あの水蓮口探索の折から何となく予想はついていたことだが、悪魔の人間界侵攻はひっそりと進められているらしかった。難儀な事だ。

「悪魔……ですか?」

「悪魔だねえ。ここにいる奴等の名前めもっとけよ。こいつらが今の所人間だ」

「め……めもるって……何か手を打たないのですか?」

「逆に何で俺が行動を起こさなければならないのか分からないな。奴等の目的が何でされ、ほっとけばトップが成り代わられた国は滅ぶだろう。つまり、ここにいる奴等の国全部攻め滅ぼせば実質的に人間の世界は俺の物だ」

 俺の軽い冗談に、シルクが微かに肩を落とした。
 
 しかし、本当に悪魔達は何をしたいんだろうか。世界征服?
 物量に物を言わせれば人間達なんぞ滅ぼせるだろうに。

「世界を征服してどうするんですか? 今でさえぎりぎり何とかやっている状況なのに」

「冗談に決まってるだろ。馬鹿」

 今、世界なんて手に入れても大きすぎて俺の手に余る。
 適当に統治してもいいが、俺はけっこう細かい性格なのでそういうわけにもいかない。
 食欲・性欲・支配欲が満たされている今現在の状況がベストである可能性すらある。
 行動を起こすにしてもそれは今じゃない。もっと人材が整ってからだ。

 そんな適当な雑談を行う事十数分。俺達を最後に部屋に入る者もなく、それなのに会議は始まらない。設けられた席の数は参加を表明した国の数。欠席数が三十パーセントというのは前代未聞の事だろう。
 騎士が言っていた突然一つの家屋が消滅した事件の事もある。何かあったと考えて当然――

「ドッペルゲンガーも思わなかったんだろうな。まさか神殿に近寄れないなんて」

 空いてる席は、おそらく聖域たる神殿の地に足を踏み入れる事ができなかった悪魔の数である。
 姿かたち気配も能力すら同様にできるドッペルゲンガーでも聖域は通じると見える。これは大きな発見だな。今後、その存在を見分ける貴重な手段になるだろう。

 まだまだ会議開始まで時間がかかりそうな事実にため息をついて、俺は暇つぶしに各国の要人の顔を頭の中に刻み付けることにした。
 シルクがやってくれてるが自分の目で確かめるのも悪くない。
 ていうか暇だし。
 KillingFieldなんて顔俯かせてふるふる震えてるよ。自分から話しかけるタイプではないし、いたたまれないのだろう。聖域の効果がないらしいのが唯一の救いか。


 会議の席は、祭殿を中心に扇形に、五段に設置されていた。席順はそう厳密な基準があるわけではないが、中央から外側に向かって大体の国力順に並んでいると聞いている。
 ルートクレイシアはその中では中の上あたりだろうか。背後を振り返ると、それぞれの国の代表達の顔を見る事ができた。

 三人一組。トップが一人とその片腕、そして護衛。このパターンが一番多い。各国の関係は悪くないとはいえ、クラウンシュタインの騎士だけに身の安全を任せるほど信用していないのだろう。

 何もしなくても時間は少しずつ進んでいく。
 周囲の他国の代表達は状況がつかめず困惑しているようだ。大国のトップ達はさすがに毅然とした態度を崩していないが、それでもどことなく眉をひそめているように見える。
 俺は、それらの人間達の顔を一人一人頭に刻み付けていく。
 席を一つずつ観察しながら、俺はシルクに尋ねた。

「どれくらい遅れてる?」

「三十分ほどですね。シーン様があの出入り口にいた騎士達を転移させたので状況の把握に手間取ってるようです」
 
「……おかしいな。あいつ等はランダムで半径三キロ以内に転移させたはずだ。三十分もあれば戻ってくると思うが……」

 さきほど入り口を守っていた騎士達は俺から見れば愚かで屑で無駄にLVだけあげたような奴等だったが、それでも確かに一般的な騎士としてはそれなりの部類に入っていたはずだ。
 三十分……ドッペルゲンガーもこんな所で騎士達を無差別に殺すほど馬鹿じゃないだろうし、騎士達が欠席者全員の安否を確認するのには十分な時間だ。

 これは……飛ばした俺の責任になるのだろうか?

「……シ、シーン様」

 そんな事を考えていると、シルクが俺の服をそっと引っ張ってきた。
 その表情は一目見ただけで分かるくらい狼狽している。
 ポーカーフェイスなシルクにしてはこれほど大きな感情を見せるのは珍しい事だ。

「何だ?」

 俺の問いに、シルクは一瞬躊躇し、しばらく間を置いて囁くように言った。
 シルクの言葉が脳内にゆっくり染み渡るように浸透する。

「―――――がいます」

「は?」

 一瞬、俺の世界は崩れた。
 いや、そう誤認するほど何が何だかわからなくなった。
 それくらいシルクの言葉は俺にとって予想外で、そしてシルク自身にとっても晴天の霹靂だったのだろう。
 シルクは、はっきり見て取れるほど戸惑っていた。俺が下した命令を知っているが故に。
 シルクの言葉を頭の中で反芻する。
 馬鹿な。いや……可能性はあるの……か?
 俺の言葉に反抗する? 人間ならその可能性は低いとはいえ十分ありうることだ。だが奴は人間じゃない。少なくとも俺が見た中では奴の中に人間めいた感情は見つからなかった。

 それは多少歪んではいたが、信用――もっと言うならば信頼と言う言葉といってもよかったかもしれない。


 十数メートル隣を見る。

 燃えるような真紅の美しい髪を認め、俺は呟いた。






「命令だ――表に出ろ」








 裏切られたというのに――何故かその時の俺の口は笑みを浮かべていたらしい。
 
 プロトタイプ・クリア。
 遠ざけて数年。
 自ら生み出した化け物の後始末は結局は自分の手でつけなければならないらしかった。












 後は頼んだ。
 そう言って次の瞬間には姿を消したシーン様。
 それに手を引かれていったKillingField。

「……私にどうしろと?」

 手元に残された資料と、隣に残された空っぽの席。

「長らくお待たせいたしました。これから昨今激化の一途を辿る悪魔に対する対策会議を開始します」

 自分の呟きとほぼ同時に響き渡った司会の声に、シーン様に事実を教えた愚を私はいやと言うほど悟るのだった。
 まさか、会議を放り出して出て行くとは……

 右方十数メートルほどの席に座る、連れが突然消え戸惑っているルナ様の父親――ルーデル卿の心中に痛いほどの共感を感じながら――
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