今月も更新率が月2になりそうなので適当に書き綴ってみた。(4)

3.
 
「こんにちは……」
 
 控えめにノックする音と共に、注意しなければ聞き取れないくらい小さな声がした。

 俺の部屋はこの塔の中では最も来客が多い部屋のうちの一つである。
 周囲の人間からなんて呼ばれているかも分かってるし、何でそう呼ばれているのかもしっかり分かっている。

 灰の塔の迷子センター

 俺の持つスキルはハイスキルの中でもレアな方に位置づけられるスキルだが、単体でこの塔で快適に過ごせる能力を持っていなかった。

 そのため、わざわざ塔の中で"最も通行量の多い通路"の部屋の扉を真っ赤に染めて住居としたのだ。塔の中に存在する無数の部屋の中でもこれほど派手な扉の部屋はほとんどないだろう。

 この扉の前を通る者はその八割方、そのあまりに派手な扉から試しにお邪魔してみようかと考える。俺はそのお邪魔してきた人々の目的地までの道を教え、もし何かその所持するスキルに見合った頼み事があるならばその頼み事を依頼する。彼等は大抵の場合俺の頼みを快く引き受けてくれた。

 この塔を歩く者達のほとんどは迷子だ。塔の頂上に行きたいならどんどん上へ上っていけば着くし、地下に存在する"迷宮"へ行きたいなら床を掘り進めればつくだろう。だがそれ以外の目的地を持っていた場合、たどり着く可能性は極端に低くなる。大抵の場合それ以外の目的地は自分の部屋なんだが……情けない事にその八割は帰る事ができないのだ。そして最終的には新しく自分の部屋を持つ羽目になるのである。頂上や地下迷宮に行くたびに自分の家を見失うため、導く者の需要は常に存在する。

 かくて灰の塔の迷子センターは誕生した。今でも毎日のように道に迷った者がやってくる。

 そんなわけで、ここに放り込まれてからずっと同じ部屋に住んでいる俺の部屋は非常に快適な部屋になっている。水道もあれば家庭菜園もある。シャワーまである部屋は珍しい。ふかふかなベッドもあるし調理器具も充実している。一部は外からの支給品で、一部が来訪者に作ってもらった物。一度も部屋を変えることなく使い続けてきた賜物だ。

「……いる?」

 再び聞こえる、ドアを足で蹴りつける無遠慮なノックの音と、小さな声。
 俺は今まで手に持っていたティーカップを皿の上に戻し、椅子から立ち上がった。
 本棚から一冊の皮で装飾されたノートを手に取る。
 中には、無数の名前が書いてある。斜線がついている者は、今は塔の中に住んでいない者の名前だ。
 俺はその中から鏡原 藍の名を探し出し、その横に連なる丸の一番端っこに一つ丸を付け加えた。

 ちょうど五十個目の丸だ。ご想像の通り、このノートには誰が何回この部屋を訪れているか書いてある。俺自身記憶するためではなく、迷子達に自分達の醜態を見せつけるためのちょっとしたサービスだ。

 しかし…………自分の部屋にさえ帰れないのに、この部屋には五十回もたどり着けるってのはどういう事なんだろう? いくら人通りの多い通路に設けたとはいえ、正直ちょっと引く。

 何はともあれ、どんなに来訪歴がある、しかも役に立たないスキルをもっている人でも一応お客さんなので断る事はできない。断るのも面倒くさいし。
 鍵を外し扉を開くと、そこには鮮血滴る巨大な麻袋を抱えた鏡原 藍がいた。


「……まぁとりあえず入れ」

「……はい」

 つっこまなかったのは事前にどのような格好で藍が来訪するか知っていたからだ。知識として知っているだけなので実際眼で見るのとはやはり違うが……

 ぽたぽたと麻袋の底から血が垂れ、結構高価な絨毯に染みを作る。自然とため息が出た。

「はぁ……」

 とことん失礼な奴だった。とことん迷惑な奴だった。しかし初めてじゃないので戸惑わない。存分に汚すが良い。どうにかしてその染みを取る能力者を探すから。

 彼女にはもうとっくに希望は抱いていない。

 彼女は戦闘能力は鬼だが基本的にダメ人間なのだ。料理も出来なければ洗濯も出来ない。文字も読めなければ空気も読めない。顔立ちは良いが慎みがなく、ついでに胸もない。性格は悪くないがマナーを知らないし、スキルは他者に何か与える事ができるタイプでもない。

 ただ戦闘能力は本当に鬼だ。阿修羅だ。もはやその力は人ではなく戦略兵器クラスである。鋼鉄どころか世界で最も高い耐久性を持つ金属"オリハルコン"を素手で貫ける者を俺は彼女を置いて他に知らない。

「荷物は……そこの紙の上に置いといてくれ」

「うぃ」

 部屋の隅に用意しておいた幾重もの紙が重ねられているスペースを指すと、袋を頭の上に乗せ、ふらふらとそこまで行き、紙の上に荷物(血の滴る小型の魔物の生肉)にどんと置いた。
 髪の毛にべったり血がついているが(おまけに乾いていないので血の雫が滴り落ちている)気にする素振も見せない。
 髪は女の命と言ったのは誰だったかな……
 慎みがないとはまさにこの事である。

 もちろんその慎みのなさと比例して容姿もとても十代後半の少女の物には見えない。
 羽織ったクリーム色のダッフルコートはぶかぶかで体長にあってない上に全体的に血が染み付いているし、丈下から僅かに覗く脚は完全に頑丈そうな軍用の長靴に隠れている。
 顔は、肌は白いがところどころに血が付着しており、特殊性無気力症候群疾患者特有のガラス玉みたいな色のない瞳が合わさって、見る者に『切れて今にもナイフを振り回しそうな息子を持った母親』みたいな心境を抱かせた。そして厄介な事に彼女の場合は実際に人を何人も殺している。危ない真似はしないと知っていなければ裸足で逃げだしていただろう。
 今は髪を伸ばして後ろで結っているので何とか女だと分かるが、ショートだった昔はまさに女だか男だか分からなかったもんだ。

 藍は、無表情で袋をしばらく見つめると、腰に差していた刃渡り二十センチほどの包丁をその塊に適当に突き刺した。ざくざくざくざく袋の上から何度も何度も包丁を突き刺す。
 しばらく無言で肉を突き刺し、唐突にこちらを向いて

「……わかる?」

「分かった。捌いとく」

「……シャワー……借ります」

 肉の塊をざくざく切り裂く藍は、たとえそれが目的ある行動だと分かっていてもビジュアル的に非情に怖い。
 俺は、眼を合わせないよう気をつけて藍のすぐ横を通り抜け、袋に突き刺さったままになっている包丁を引っこ抜いた。何かが抜けるような音と、広がる染み。
 血に塗れた包丁を軽く振って思う。
 よくあんな無造作にざくざく包丁を振り下ろせるものだ。まぁ、これで生きている生き物の生命を掻っ捌いた彼女からすれば出来ない方がおかしいんだろうが……

 さて、どう捌いたものか……

 思考を切り替えていると、すぐ後ろで何かが床に落ちる音がした。

「中で脱げよ」

「……わかった」

 わかってないわかってない。慎みがないと言ったのはこういう点も含まれている。

 止まる気配もなくするすると何かを落とす衣擦れの音――ではなくべちゃりと重いものの落ちる音。血めっちゃ吸ってますね。

 初めてシャワーを貸した時は目の前で真っ裸になっていたので俺の後ろで脱ぐだけちょっとは成長したというべきか……

「……わかる?」

「洗っとけって事だろ。わかったわかった。とっととシャワー浴びてこい」
  
「……うぃ」


 扉を開ける音。
 そこで試しに一言頼んでみた。

「藍、セックスやらないか?」

「……後で……ね」

 固い筋や骨を軒並み藍に断たれ、大分捌きやすくなっている肉を解体しながら、随分大きな問題を抱えている来訪者について俺は頭を悩ませたのだった。
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