スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

灰色の塔1-5

5.
 毛皮を包丁で丁寧に裂き、全体の皮を剥ぐ。

 藍が狩ってきた獲物は、この塔の地下に存在する魔界に通じる迷宮、通称『回廊』の地下三階当たりに生息する牛トカゲと呼ばれる魔物だった。牛のような形をしたトカゲというか、トカゲのような形をした牛というか、何とも形容しがたい形をしているがともかく、この塔の中では食用として知れ渡っているポピュラーな魔物である。もちろん、外の世界では食べないよ? 魔物は不浄の物として知られているから。
 体長は平均一メートル後半辺り、百キロちょい辺りの重さを持ち、なかなかの敏捷性とその重さを使った突進能力、そして鉄をも噛み砕く鋭い牙から外の世界では中級辺りの魔物として知れ渡っているが、ここの住人の間ではただの肉としての認識が強い。世も末だ。

 血はここに来るまで相当抜けたようで、かなり質量は軽くなっていたがそれでもインテリ派の俺にはこの獲物の解体は骨が折れる。ばらばらにして一部だけ持ってきてくれればいいのに、重さなんて関係ねーぜなハイスキルを持つ藍は全くその事に気づかなかったらしい。鱗と毛皮の中間辺りの肌触りの表皮を剥ぐと、中から赤黒い肉の塊が現れる。何を食ってるのか知らないが、耐え難い臭いが辺りに広がる。

 我慢しながら包丁を振るう。幸いな事に、硬い骨や腱などは藍が全て断ってくれたので非力な俺でもそこそこのスピードで解体できる。
 だが、気色の悪さだけはどうしようもない。臓腑の臭いとその感触は三年ほど前にこの灰の塔に入り込んできた俺にとっては慣れる事のない試練だった。それまで学園都市でのんべんだらりと最低限人間らしい文化的な生活を送ってきた俺なので、当然といえば当然だが。

「厄介な物を運んできたもんだ……」

 手を血まみれにしながら解体しなくてはならない俺の立場も考えて欲しいものだ。たとえ"俺のため"だといっても、限度がある。すぐ食べられるようにしてから持って来い。すぐ食べられるようにしてから。
 愚痴を言いながら、腸をずるずると引き出して麻袋に戻す。わざわざ回廊や頂上に行かねば肉の手に入らない塔生活、内臓すらも無駄にはできない。

 しばらく処理すると、牛トカゲは一般的な見解から見てもただの肉塊に変わる。ここまで来ると後はけっこう楽だ。皮は後で使う事にして、部屋の隅の天井に張ってあるロープにかけておいた。
 まるで殺人現場のような惨状。染みない程度に重ねておいた紙の上で肉を捌いたので、幸いな事に部屋に被害はない。軽い吐き気がするが、藍が風呂から上がる前に調理を済ませておいた方がいいだろう。

 紙を持ち上げ、初めとくらべ相当軽くなった肉を隣の部屋にある倉庫にしまっておく。倉庫の中は氷の精霊の力を借りて常に気温が0度に保たれているため、よほどの長時間放置しない限り肉が腐る心配はない。
 ここまで快適な部屋にするのにどれだけ掛かったか。後は使用人さえいれば完璧なんだが、この塔に他者の使用人として仕えたいと思う者がいるわけもなく、また使用人とのコミュニケーションもなんだか面倒くさいため妄想のまま今に至っている。

 血まみれになった自分の部屋着と、脱ぎ捨てられた藍の衣類を籠の中に突っ込むと、ようやく俺は一息ついた。

 藍が風呂から上がるのは――二十三分後だな。藍は適当に肉をあぶって塩コショウで味付けして出せば喜んで食べてくれるから、あまり料理が得意ではない身としてはありがたい。

 フライパンに油を引き、肉を焼く。
 塩と胡椒で味付けして、焼き色がついてきたところで、扉をノックする音が聞こえた。

 皿に肉を乗せ、火を止める。
 脳内でぴきゅーんとスキルが発動する効果音。
 来訪者ノートを取り出し、ぱらぱらとめくり、一人の名前の右側に丸をつけた。今日は来客が多い日だ。

 「どうぞ」と声をかけると、扉が開き大きな袋を持った男が入ってきた。

 身長が二メートルを越す筋骨隆々の大男だ。
 全身を覆う重さ数十キロのフルプレートアーマに腰につけた巨大な幅の広い刀。
 その歴戦の戦士のような無骨な容姿にたがわず、ここに入ってくる前は外の世界で名の知れた冒険者をやっていた男である。名はライアス・ブラウン。ここの塔の住人の中ではまあとっつきやすい男である。
 まぁ一点残念な事があるとすれば、今のライアスの手には袋があり、しかもその袋が暴れている事だろうか。何か捕らえてきたらしい。厄介事の気配に頭が痛くなる。

「邪魔するぞ」

「ああ。久しぶりだなライアス。半年ぶりじゃないか」

「ああ。ここを通りかからなかったもんでな。偶然見つけたんで久しぶりに入ってきたんだが――」

 ライアスの鷹のような目が、浴室の方に向けられる。
 ああ、今は藍が来てたんだったな。

「来客か。珍しい」

「常連客だねえ」

「ほお」

 塔には二百人に足らずの人間しかいない。いくら人通りの多い通路にあるこの部屋でも、俺を除いた住人同士が遭遇する可能性は僅か1%程度(マイスキル調べ)だ。
 事実、今まで通算十二回この部屋を訪れてるライアスも、別の客と会う事は初めてだった。

「とっとと帰った方がいいか?」

「後二十分くらいで出てくるからそれまでに帰るといい。先客はちょっと人嫌いだからな」

 藍は攻撃系のハイスキル持ちを基本嫌う。
 ほとんど無気力な人間が集うとは言っても所詮それは人間であり、この塔内部でも争いが全く起こらないわけではない。長くこの塔で過ごしている藍はそれだけ星持ち同士の争いに巻き込まれてきた。トラウマの一つや二つない方がおかしい。俺の部屋に始めて迷いこんできた時も酷いものだった。今は五十回も迷い込んできたせいでかなり慣れているけど。
 俺が一言告げれば会った瞬間即攻撃などという暴挙は起こさないだろうが、客同士がいがみ合うのは見たくないし、もし万が一戦いに発展したらほぼ百パーセント部屋がぐちゃぐちゃになってしまう。

 幸いな事に、空気の読めるライアスは俺の言葉を聞いて素直に頷いてくれた。

「先着か。残念だが従おう」

「ありがたいよ。それで、何の用だい?」

 ライアスの荷物が、絨毯の上でごろごろと暴れる。顔からすると誘拐犯のようにも見える強面の男だが、こいつがそんな悪事に手を染めないという事を俺は知っていた。

「珍しいな……わからないのか?」

 不思議そうな顔をするライアス。
 分からないのではなく分かろうとしないのだ。
 まったく、不粋な事を言う奴だ。

「たまには会話も楽しみたいんだよ。知る方が楽だと思うなよ」

「ん……ああ、そうか。いい匂いだな」

 無言で皿を差し出すと、すまないといいつつフォークで一口に肉を頬張る。礼儀も何もないが、その鍛え上げられた肉体から考えると見難いというよりもワイルドに見えるから不思議だ。
 また焼かなくちゃな。対して手間でもないけど。
 ライアスは巣穴を持たず、毎日空いている部屋で止まるタイプの住人だ。そのため、安定した食事を取れない傾向にある。肉なんかは回廊に行けばいくらでも狩れるが、調味料の塩コショウはまた別の話。本当においしそうに肉を頬張る大男に自然とため息が出た。

「で、何の用さ?」

「ん……ああ、こいつだ」

 自然急かすようになってしまった俺の口調にも嫌な顔一つせず、さっきから暴れている袋の口をあけた。

「下がってろよ」
 
 言うまでもなく下がる。袋の中身について考えないように。
 袋が逆さにされ、茶色の塊が床に落ちる。
 獣の気配。

「犬拾った。珍しいだろ?」

 ライアスが珍しく自慢げな様子で胸を張って言い切った。

「これが犬?」

 俺の視線は、床でごろごろと暴れる茶色の塊に釘付けになる。
 銀色の轡をされた四足の獣。こげ茶をした豊かな毛に、それを支える数センチもの鋭い鍵爪のついた足は轡と同じく銀色をした線によって左右二足に束ねられている。
 果たして、それは外見だけは外で言う犬と言っても通用する形をしていた。ただ、その大きさは犬というカテゴリーをはるかに越えてでかい。そして、四足を拘束され轡までされ、転がる事しかできないにも関わらず数十キロもある樫のテーブルを弾き飛ばしたその膂力は野生とかそういう問題ではなく明らかにモンスターの物だった。
 大体にして、回廊にいる生き物がただの動物なわけがない。いや、たとえ外で出会ったとしてもこれを"犬"というカテゴリーに入れて考えられる者はそういないだろう。
 お前の目は節穴か。

「おいおい、暴れるなよ」

 ライアスの言葉と同時に、部屋中をさらにめちゃくちゃにするべく転がっていたソレがかなりの勢いで天井に叩きつけられた。"指一本さえ触れられていないのに"

「部屋壊すなよ」

「悪い。まさかまだこんなに抵抗できるとは――」

「お前の目は節穴か。袋に入れられた状態であんなに暴れてたじゃないか」

 天井に張り付いたその身体は、ぎりぎりとまるで見えない力で締め付けられているかのように歪み、転がるという唯一の抵抗さえ封じられる。
 俺はそれを若干の哀れみと空しさを込めて見つめる。たとえどんな獣であってもランクの高い星持ちであるライアスには足元にも及ばない。

 ライアスの有するハイスキルは"引力操作"と呼ばれるスキルである。
 物体には互いを引き合う"引力"と、反発しあう"斥力"と呼ばれる力が常に掛かっている。この力の値やベクトルを操作する事がライアスの力だ。地上で最もよく見かける引力は重力だろう。分かりにくければ、重力操作と考えてもらえばいい。
 相互に作用する力を操作するこの能力は、ただ力それ自体を操作するが故にどんな魔術よりも単純で、相当の汎用性を有する。

 例えば、今天井に叩きつけられたのはあの生き物と天井間に働く引力を操作した結果だ。本来働いている犬と天井間に存在する引力の力の量を変更した結果、引力が重力を上回り天井に叩きつけられるなどという物理学がばかばかしくなるような現象が起こる。弱点はその射程距離はそれほど広くない事だが、範囲の問題さえクリアすれば、地上に住むものの全ての引力を反転し、大気圏外に吹っ飛ばすなんて荒業も可能なはずだ。
 肉体を強化する能力ではないので、藍とさしで遣り合ったらまず藍が勝つだろうが、それでも包丁や拳などの目に見える物理的な攻撃を繰り出す藍の方が俺としてはまだやりやすい相手だ。目に見えない法則の変更などの系統の能力者は、ただの人間の範疇を超えない俺にとって荷が重過ぎる。

 大男は、そんな俺の心中を全く考える事なく豪快に笑った。頭が痛いが、その笑い声を聞いているとどうでも良くなるから不思議だ。浴室まで届くほどの声を出すのは勘弁してほしいが。

「で、あれは飼えるのか?」

「……それを聞きにきたのか? てか飼うつもりだったのか?」

 ライアスは放浪者だ。家など無いため他の人間が持つような此処に寄る理由はない。
 一応友人ではあるので来てほしくないってわけではないが……
 しかしあの巨大な獣を見て飼おうとかそういう発想が出る辺り一体何を考えているんだか。

「あれは……魔族だ」

 俺の言葉に、ライアスが息を微かに呑む。
 その気持ちは俺にも痛いほどわかった。スキルにより情報を得た瞬間俺もちょっと驚いたし。

 魔族とモンスターは似ているようで大きく違う。そこらの都市で平穏に暮らしている連中にはその違いは分からないかもしれないが、かつては傭兵として戦場を歩き回っていたという経緯を持つライアスにはその違いがよくわかるはずだ。
 簡単に言うと、モンスターはどんなに強力な力を持っていても所詮獣。魔族は身体の強度は魔物に近いが、人を遥かに超えた知性を持っている。
 肉体的に脆弱な人間が現在世界のほぼ半分を支配できているのは、人間がそこらへんに転がっている魔物が持ち合わせていない高い知性を持っているからだ。魔物並の肉体と人並の知性を持つ魔族が恐れられるワケというのも推して知れるだろう。
 だが、驚異的なスペックを持っている事実とは反面、魔族というものは基本絶対数が多くない。また、それらの多くは現在外で交戦中の魔族の王の配下に入っているため、実物を見る機会はますます少なくなる。ライアスがこれを魔族だと思わなくても不思議じゃなかった。むしろ魔族の実態を知っているが故にその考えにはなかなか至れないはずだ。ぶっちゃけ見た目ただの犬だし。

「ライアス。降ろしてくれ」

「いいのか?」

「ああ。……あ、拘束は解くなよ」

 力が解かれすとんと落ちてくる巨大な影。
 俺の指示に従ってくれたらしく、獣は床に張り付けられ動く気配はない。

「魔族ってそんなそこら辺に落ちてるのなのか? いや、言葉を疑うわけじゃないが……俺が今まで噂に聞いた魔族って奴は、大抵魔王の配下でクソッ垂れな魔物共の群れを統率していたり、迷宮の奥底でたまに探索者が偶然出くわして殺されたり、天災並みに珍しい奴等なんだが……」

「んー……これはワードッグだな。偶然散歩してたら人間見つけて襲おうとしたら返り討ちにあったって所か」

 耳の裏を確認しながら生返事。
 俺の欲求に従いスキルが発動し、ワードッグに関する詳しい情報が俺の脳内に流れ込んでくる。
 俺はそれを確認しながらこいつを嘲るだけでいい。何て楽な事か。

「おーい。聞こえるか?」
 
 俺の言葉は聞こえているはずだ。

 魔族の得意とするの古代魔術って奴は口を封じられるとそのほとんどが起動不可になる。両手両足を拘束すれば、さらに動作のみで起動できるタイプの術も封じられる。尤もこの姿のワードッグは元々術を使用できないんだが。

 ワードッグ

 多種多様な魔族の中でも、魔術を使わず肉体を大幅に変化させる事ができる"化生”と呼ばれるタイプの魔族である。
 特徴は、前述の通り人形態と獣形態を自由自在に魔術を介さず変化できるって事。ワードックの場合は犬に変化させるから犬人間《ワードッグ》。似た種としては狼人間《ワーウルフ》や虎人間《ワータイガー》などが存在するが、ワードッグは他の二種とは違い、半分狼や半分虎などではなく完全な犬の形になれるので大別すればワーウルフやワータイガーとはまた異なったタイプの魔族といえるかもしれない。
 魔族だから当然知性も高く魔術も使用できるが、ワードッグには魔術を人間形態の時にしか使用できないという弱点がある。その代わり、犬形態の時は筋力がそこらの魔物と比べても桁外れに強靭だ。肉体労働と頭脳労働を完全に分割した、一種すがすがしいまでの肉体構造をしている。

 この状態では言語も介せないのだが、拘束されているため人形態に戻る事もできない。相手にとっては歯がゆい事この上ないだろうが、元に戻ったら元に戻ったで魔術を発動させようとするに決まってるので俺としてはこのまま犬なべにでもなってほしい気分だった。

 これを飼うなんてとんでもない!

スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

槻影

Author:槻影
ファンタジーやらその他もろもろの雑文サイトです。エタを恐れずに好き勝手書いていくのがモットー
ずっとWeb上で活動していましたが、『堕落の王』が出版されました。
ツイッター:
https://twitter.com/ktsuki_novel
小説家になろう:
http://mypage.syosetu.com/27455/
ストリエ:
https://storie.jp/creator/25091
カクヨム:
https://kakuyomu.jp/users/tsukikage
連絡先(何かあれば。☆を@に変えてください):
ktsuki.contact☆gmail.com

訪問人数

Amazon

作者のご飯になりますので、余裕がありましたら是非




twitter

ブログ内検索

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。