灰色の塔:第六話

6.


「飼う事は……できないのか? いつものように率直に言ってくれ」
 まだ言うのか。
 俺には、魔族だとはっきり言ってやったにも関わらずまだ心底ペットとして飼おうと考えているライアスの気持ちがまったく分からなかった。いや、理解はできるのだが納得がいかない。魔族の危険性など外の世界の満足に識字すら出来ない最底辺の平民達の間ですら常識な事なのに。

「魔族と聞いても飼いたいのか?」

「犬としてなら」

「無理」

 ライアスは、その言葉を聞いて盛大に崩れ落ちた。
 その様は糸の切れた操り人形に近い。
 噴出しそうになったが何とか我慢する。寿命を縮めたくなければ馬鹿な真似はやめるべきだ。
 実のところ、こいつを飼う事は無理ではない。魔族の変身能力は、特殊な薬草である程度抑制できるし、危険すぎるほどの身体能力もライアスのハイスキルの前では無力だ。決して懐かない猛獣――玩具としてなら飼う事も可能だろう。
 だが、ライアスの言う"飼う"というのは、"まるで家族のように"仲良く生活できる環境を築く事までを指している。そんなのはライアスでは百パーセント不可能だ。種族が違う。社会基盤が違う。心理が違う。常識が違う。核が違う。元々魔物を従わせるプロであるビーストテイマーと呼ばれる職の者ですら、高度な知性を持つ魔族を飼いならす事は困難なのだ。例え天才でも対当の関係を築く事がぎりぎりできる程度。それもよく分からない力で魔族を制圧したライアスが築くには敷居が高い。魔族は総じて人間以上にプライドが高いのだ。圧倒的な筋力とか、魔族も知りえる魔術的な力で一定のプロセスを経てワードッグに打ち勝てるのなら互いの尊厳を認め合う関係を築く事は不可能ではないのだが、星持ちはハイスキルを使わなければただの人だ。元傭兵のライアスですらハイスキル抜きで強靭な魔族には敵わない。それは本人も一番分かっている事だろう。

 友としていらない期待を持たせるよりは一気にばっさり切ってしまった方がいい。てか面倒くさい。早く帰って欲しい。肉食ったんだから早くこの似非ワンコつれて失せろ。

「ぐっ……せっかく犬が飼えると思ったのに」

 俺の心中も知らず、頭がちょっと愉快な傭兵はまだ未練がましくワードッグを見ている。
 そういやライアスっていつか犬飼うのが夢だったんだよな。
 乱世の世、あちこち戦場を渡り歩いてきた身として見ればまぁそんな感傷を持ってしまう気持ちはわからんでもない。
 ハイスキルに目覚め、やりたい事もやる気もなくなってしまった今、昔持っていた夢を叶えようと努力するのも別に悪くない。
 だが……

 相手を選べ。あれは犬じゃない。
 俺を巻き込むな。俺はお前のように化け物じゃない。引っかかれただけで腕が飛ぶし、思い切り噛み付かれたら人として大事な物を失ってしまう。主に命とか命とか命とか――

 まぁ、仕方ないか。友人以上として親友未満として命程度なら賭けてやろう

 屈み込み、握った包丁を逆手に、左手でワードッグの尻尾に当てた。

「回廊の地下23階辺りに白狼って言う魔物がいるんだが、そいつなら飼えるぞ。厳密に言えば狼型の魔族だg「な、本当か!? 捕まえてくる!」 ……ああ、いてら」

 そのまま挨拶もせずに出て行くライアスを、俺は何とも言えない気分で見送った。
 ……もう戻ってくるなよ。

 有効射程を離れ、ワードッグを拘束していた引力が消えるが、弱点である尻尾に包丁を当てられているのでワードッグは微かに身をぴくぴく動かすがいきなり襲い掛かるような愚を犯さない。
 尻尾だけはどんなに頑張っても鍛える事ができない。こういった獣化できる魔族の一般的な弱点の一つだ。まず第一に美しい尾はこいつらにとってステータスの一つであるし、またその内に有する魔力の印でもある。尾を切られたワードッグは、魔力を失う。形態変換は魔法ではないので可能だが、魔族の脅威の一つである魔力を失った魔族など種のないスイカみたいなもんだ。まだ獣形態の方が強い。

 包丁を尻尾に当てたまま、顎を手で掴みこちらを向かせる。
 よほど尾を切られるのがいやなのか、しぶしぶながらもこちらを向くワードッグ。なるほど、大きさを覗けば"犬"だ。さすがワー"ドッグ"であるだけあるな。

 大きく腕を伸ばし、その顔を覗き込む。

 綺麗に生え揃った牙は、人間のソレとは違い鋼鉄の数倍の硬度を持ち、その強靭な顎を持ってすれば金属最硬を誇るミスリルの鉄板すらウエハースのように粉々に出来る。正直なぜでかい犬と変わらぬ形をしているこの魔族がそのような真似を出来るのか、わけがわからない。多分何かしら補正が掛かってるのだろう。魔術的な何か。その辺、この世界はけっこうアバウトだ。

 尤もこの距離ならこいつが俺の頭を噛み砕くより尻尾を切り取る方が早い。
 ルビーのような真っ赤な瞳は殺意の塊。ごわごわした体毛の底から見える圧倒的な獣の気配は、魔物の上位種族である魔族に相応しい威容。
 いやー怖い怖い。怖くて生命の安全が保証されてなかったら近づくことさえできないだろう。安全が保障されててもできる事なら一生近寄りたくなかった。事前に知っていればライアスに釘を刺すことだってできたのに……これも堕落の一種かねえ。
 しかし、今回の件は俺とは何の関係もないはずなのに、この犬畜生は殺る気満々だな。

「ぐる……ぐるるるる――」

 精神の弱い者に一定の【恐慌】と呼ばれる行動阻害効果を齎す唸り声が俺の頭を突き抜ける。相当高レベルな強者でも戦慄を感じるだろうその声は、ただの慟哭にして既に一つの技。化生系の魔族の持つ脅威の一つでもある。
 が、知っていればどうって事はない。精神的なダメージを与える技は俺のハイスキルと非常に相性がいいのだ。
 先ほど生命の安全が保証されていなければ云々述べたが、逆に言えば、生命の保証がされている限りいくら常人なら足腰が立たなくなるような恐怖を感じても、俺の手は震えない。他者が萎縮するような凶悪な殺意、怒れる神族を前にした際に受ける『心』の底からの恐怖を含め、精神的ダメージだけでは俺を縛るにはまだ足りない。

 チェックメイト。
 後は獣を見下ろし、その魔獣以上の"獣"が風呂から上がるのを待てばいいのだ。
 ライアスにステーキをやってしまったおかげで料理は出来上がってないが、それも含めてこのワードッグのせいにしてしまおう。嘘が見破られない程度に信頼関係は築けている。
  
 彼奴は毎度毎度裸で出てくるからまずはタオルを投げつけなきゃならないが。いつか襲われてもしらないよ、って藍を上回る身体能力を持つ人間なんていないな。逆にその将来が心配だよ。知ろうとは思わないけど。

 尻尾に刃を当てたままその巨体を乗り越え、箪笥の中にきちんとたたまれたタオルを一枚取り出す。
 
 後はタイミングを狙って――

「3・2・1……うぉりゃああああああああッ!」

 バスルームの扉が開くと同時に思い切りタオルを投げつけた。
 別に恨みがあるわけではないよ? 
 完全な奇襲のため、避けるまもなくタオルを顔に被った藍。いや、避けようと思えば避けられるはずだが避けようとする様子が微塵もなく、身体から雫を滴らせ、タオルで面だけ隠したAV女優も真っ青な女がそこにはいた。

「む……」

「服着ろ。身体拭け。何度言ったら分かるんだ」

 俺はお前のおかーさんじゃない。

「……うぃ」

 返事もその様に相応しく胡乱。
 まるで冬眠から覚めた熊のようなゆっくりとした動作でバスタオルを動かす。
 後ろを向くわけでもなく、バスルームに戻るわけでもなく、その場で緩慢とした動作で身体を拭いているのでその肢体を余す事なく俺の目に晒している事になるのだが、頭の中が獣と同じ感じな彼女に羞恥心があるわけもなく、隠そうとすらしないその様はもはや尊敬に値する。
 ん? 今さら藍の裸を見たところで何も感じませんよ。というか、俺はハイスキルを得た時点でそういう感情とは離別する事になってしまったのだ。常時賢者モードみたいな感じ。容姿がいい事は否定しないんだが……
 長い艶やかな黒髪をぬらす雫をタオルで吸収し、そこでようやく藍は俺が下に敷いているモノに気づいた。

「……まぁ……いいや」
 
 まぁいいらしい。

スポンサーサイト
17:
お、続いた

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

槻影

Author:槻影
ファンタジーやらその他もろもろの雑文サイトです。エタを恐れずに好き勝手書いていくのがモットー
ずっとWeb上で活動していましたが、『堕落の王』が出版されました。
ツイッター:
https://twitter.com/ktsuki_novel
小説家になろう:
http://mypage.syosetu.com/27455/
ストリエ:
https://storie.jp/creator/25091
カクヨム:
https://kakuyomu.jp/users/tsukikage
連絡先(何かあれば。☆を@に変えてください):
ktsuki.contact☆gmail.com

訪問人数

Amazon

作者のご飯になりますので、余裕がありましたら是非




twitter

ブログ内検索