第四十一話:黒紫色の理想

 魔術とは、単純に言うとただの入力に対する出力にすぎない。人や精霊の身体という機構による、魔力やその他の触媒を介して起こされる奇跡の業。その中でも人間が自身単体で使える魔術は神聖か闇に限られる。

 俺の使う主に闇。そしてその魔術の種類は多くない。覚えている魔術は百以上は優にあるが、そのほとんどは一年に一度使うか使わないか、もしかすると覚えてから一度も使ってない術もあるかもしれない。
 破壊は
 再生は
 拘束は
 操作は
 移動は
 誘惑は
 契約は
 調査は
 封印は
 召喚は
 各々一つか二つの魔術で事足りる。それがどんなに魔力を食う魔術だとしても、並外れた魔力の回復率を持つ俺にはそれはさほど意味をなさない。
 だから、この場で唱える魔術は、俺が日ごろ好んで使う"虚影骸世"や"EndOfTheWorld"である可能性も十分あった。

 まず第一の失敗は、俺の唱えた術が自分を中心に発動する"虚影骸世"ではなかったこと。


「"這い出る混沌"」


 それでも、普通ならクリアがここまで距離を詰める事を許すことなく、術はクリアを阻んだだろう。
 俺の数十節にも渡る呪文の詠唱はクリアの高速の接近より遥かに早い。それが彼我の純然とした差で、

 そこでもう一つ誤算が生じる。

 それは、この場が、闇の魔術にとっての鬼門、極端に濃い聖なる力に満ちた神殿であったこと。
 数十分前、シルクと会話を交わしながら歩いていた時の事を思い出す。
 あの時全身に感じた違和感。
 精神を高揚させる空気。
 闇は光に弱い。極端に弱い。最悪に弱い。その比は水と火の比ではない。さて何回『ひ』と言ったでしょう。

 古今東西あらゆる伝記でも、闇は光に敗北すると相場は決まっている。

 目の前に迫るクリアの姿。
 術の発動直前に気づいた失敗。
 KillingFieldの顔が驚愕に歪み、けれどその視線はしっかりとクリアを捉えている。さすが高レベル。
 でも今度は動けるようにしよーね。


 影から爆発するように立ち上った混沌――俺が前世の頃から好んで従えた闇は、しかし目的を遂げることなくまるで高温の湯に入れられた氷のように一瞬で融解した。

 魔術師にとっての詠唱の前後は完全な隙だ。
 臨戦態勢の格上の相手に腹を向けて倒れているような埋めようの無い隙だ。無様な隙だ。
 遥かに格上の魔術師が相手でも詠唱の前後に攻撃を仕掛ければ高確率で倒せる。
 戦闘に置いて隙をつく事は非常に有効な手段。
 誰だってそうする。俺だってそうする。

 接敵。
 両肩に掛けられたクリアの手。
 軽く込められる力。目の前数センチに迫るクリアの顔は、穏やかな笑みを作っていて。


 俺は初めて見るクリアの表情に心の底から賛辞を送った。




 悪くない。









第四十一話【闇と光の話】









 嫌な予感がする。
 身体全身に感じる――いや、心の奥底から沸き上がってくるような悪寒。
 私の勘はよく当たる。特にこういう嫌な予感が外れたことは今まで一度もない。シーン様の言によると、光の属性を生まれ持った者は予言に近い能力を持つ事が多いらしい。恐らく今も、私の奥底に眠るらしいその能力が警鐘を鳴らしているのだろう。

 今すぐ外に出た方がいい。私はそう思考する。
 今すぐ逃げた方がいい。逃亡は罪ではなく弱さでもない。何より身の程を知らなければ私は今まで生きてこれなかった。見切りの良さには定評があるのだ。

 だが、場所が悪かった。間が悪かった。何よりシーン様がまだ戻っていない。逃亡は不可能。

 ならばやるべき事をやるだけだ。

 順々に進む近況報告に耳を傾ける。私の今できる事はそれだけだ。
 心中は決して穏やかではない。崩れるとわかっている洞穴の中の気分とでもいえばいいか。
 だが、表情には出さない。出してなるものか。

 私の名はシルク・アーウィンテル・アイジェンス
 シーン様の右腕……と考えてもらってたらいいなと思っている。数カ月前までは長期間にわたって放っておかれていたのだが、最近なんか呼ばれる機会が多いし、脈なしではないと思いたい。

 前の段に鎮座する国主の報告発表は残り一国。
 講堂の雰囲気がわずかに張り詰めたのを見逃さない。
 議長に促され、立ち上がった三人。

 その三人は白銀の布を身に纏っただけの奇妙な格好をしていた。

 私は、初めてこの会場で目を凝らしてそれを見つめる。

 三人の中央に立つ初老の奇人の持つ金色の十字を頭飾りとする杖は、その男がある世界に置いての頂点に立つ者である事を示している。

 十字教代表取締役兼大司祭長ムーア=カレイドクロス

 嫌な予感を取り敢えず心の外に追い出す。
 頭の片隅からシーン様に聞かされていた言葉を思い出す。

 一言で万の人民を動かす男。
 人族の総人口のおよそ八十%が信仰しているといわれている世界二代宗教の一つ。十字教の総帥、カレイドクロス家の傑人。その名声は、人類最強の五人の騎士の一人と言われるダールン公を遥かに凌ぎ、その威光は大国の王に勝るとも劣らない。間違いなく世界で最も力を持つ人間の一人だ。
 親の誕生日を知らずとも、ムーア・カレイドクロスの誕生日を知らぬものはないとさえ言われている。


『十字教会の動向は探っておけ。奴らは厄介だ。潰すには規模がでか過ぎ、味方につけるには相性が悪すぎる』
 

 なるほど。確かにシーン様が言うだけあって、尋常ではない。

 私は、久しぶりにシーン様とは関係のない所で冷や汗を流した。背筋を冷たい感触が過ぎり、下着が背に張り付く。見ているだけで萎縮しそうな気配。聞いているだけで倒れそうになるほどの信じられないほど荘厳な声。
 ムーアは決して国を治めているわけではない。十字教には総本山と呼ばれる部署が存在しない。その代わり、各国に無数の支部を持つ。そして、ムーア大司祭はその支部を一定周期で巡礼するのだ。ムーア大司祭の滞在している支部が総本山のような役割を果たす。
 国を治めているわけでもないのにこの会合に参加する権利を得ているのは、その一身に受ける信仰心ゆえ。
 最前列の一番最後。大国の次に甘んじているのは、自らは人間の権力とは無関係である。関わるつもりはないと言外に述べているから。

 鷹揚な動作で周囲をゆっくりと見渡し、静かに口を動かす。
 その動作は、もし私が敬遠な信者だったら神にさえ見えただろう。現に、各国の名だたる王達はひれ伏すことさえなけれど、その表情には見紛う事無き信仰が見えていた。

 正直に言おう。

 嘔吐しそうだった。

 下唇を噛む。強く噛む。血が滲むほど。
 身体の内から湧き上がるような吐き気。先程の嫌な予感など比べ物にならない程不快。
 私は彼が大嫌いのようだ。
 短く刈り上げられた銀髪。初めて見る自分よりも美しい銀の髪。
 光属性を身に持つものの証、本来神聖の最たる証明と成るべきシルシがこの場で殺してやりたいくらいに憎らしい。
 だが……恐らくシーン様と出会う前だったら、私はムーアを心の底から信仰していただろう。知っているからこそそれに反発できるのだ。

 地獄に落ちろ。

 思わず出た、小さな……隣にシーン様がいたとしても捉えられないであろう程に本当に小さな呟き。
 同時に、ムーア大司祭の顔がこちらを向く。
 何を考えているのか分からない穏やかな笑み。ポーカーフェイス。
 瞳に見えるはシーン様の深淵とは違った意味での深奥。
 
「ッ……」

 息を飲み込む。気を抜けば圧倒されてしまいそうな気配。目を離したいのに目が離せない。
 その銀の瞳は、間違いなく私の瞳を覗き込んでいた。
 動悸が激しくなる。鼓動が、意識が、死んでしまいそうなほど加速する。

 恐らくこの違和感は――


 視界が白の奔流にのみ込まれる。
 思考の混濁。
 今自分は何を考えているのか
 自分は何なのか
 どうしてここにいるのか分からない
 意識が消えゆこうとする中、私はやっと違和感に思い当たった。

 シ――様の正――
 ――る光
 そこ――――違和感――じる――然――











「シルク、撤退だ」

「はい、シーン様。敵前逃亡ですね」

「戦略的撤退だ。やってられるか」
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