灰色の塔:2?1

2.1


 ばちばちという音が、古びた柱の間を響き渡る。

 無数の柱と、その間に存在する暗黒。そこは、この世のものとも思えぬ奇妙な空間だった。
 細かな細工を成された材質もわからぬ滑らかな床板や、半ば朽ちた複数の円柱は明らかに人の手の入ったものだったが、それすらこの得も知れぬ違和感の中では確かなものには思えない。

『回廊』

 その場所は、遥か上空に住む星持ちと呼ばれる異端の者達にそのような名で知られていた。

 誰がいつどのような手段で何のために建てたのか何も分からない、異形の住処。その曰くにふさわしく、多種多様な魍魎が跋扈する空間は、魔族と人族が常に小競り合いを繰り返す世界の中でも最も危険な場所の一つであった。
 もとより、魔物に住む地に人は住めぬ。それらは、互いに共存し得る存在ではない故に。人が生きれば魔物は駆逐され魔物の生存が許されれば人は無残に殺されるしかない。そういった意味で、この場所の主は間違いなく魔物だった。

 ばちばちと言う電光の散る音と小さな声。
 その音の元は、無数に立ち並ぶ柱の中の一本にあった。
 金色の光をまとった拳大の黒い塊。無造作に周囲に火花と光を散らしながら床から一メートルほどの位置を浮く奇妙な物体が、何かに誘われるかのように一本の柱に集まっている。

 その数、五つ。

 生き物なのかすら不明なそれらは、本来静寂なその場所を耳障りな音で犯しながら、何をするでも無くただ柱の周囲――いや、柱の根元にある一つの影に集っていた。

 雷光が散り、薄暗い空間を光で照らす。回廊内部は、常に視界が確保出来る程度の光で満たされている。しかし、それは決して十分な光というわけではない。それは、夜目の効かない生き物にとって必要最低限の光といってもいい。

「……ん」

 通常以上の光と嫌な音に、影がわずかに揺れる。

「……なに……この音」

 細く小さな、今にも消えてしまいそうな儚い声。クリーム色の塊がもぞもぞと動く
 ばちばちという音はその声が聞こえるや否やその音量を上げ、雷光もより眩しく弾ける。その勢いはもはやただの光の残滓というよりは攻撃の一種だったが、大量の火花が降り注ぐクリーム色の厚布には焦げ一つ、変化一つない。
 しかし、ダメージは無くてもその騒音はその影の我慢の限界のラインを超えたらしい。

「うる……さい」

 声と共に、厚布から小さな腕が伸び、光を振り払うかのような動作で振られた。
 
「いい夢……見てたのに……」

 偶然その手にぶつかった塊が、僅かな音と共にはじけ飛んだ。
 それは、不思議な現象だった。
 腕は、蚊でも追い払うかのように軽く振られただけである。本来なら、塊を捉えても下に落とすのが精一杯だろう。いや、火花を散らすような光の中心にある塊を触っただけで、腕の方が傷を負ってもおかしくないが、振り払った華奢な腕には傷一つついていない。

 雷光と音がわずかに静まり、再び音高く宙を舞う。

 まるで抗議するかのような激しい音に、先程まで心地よい夢の中で至福の時を味わっていた鏡原藍はようやくこの無礼な敵を駆逐する覚悟をした。
 寝ぼけ眼で、枕元に置いたはずの愛用の武器を探る。
 黒い塊が、雷光が通じない事に気づいたらしく物理的な衝撃に頼ってきたが、魔族の一撃すら軽々と防ぐ藍にわずかな傷もつけられるはずがなかった。
 程なくして、藍の手がいつも使ってる凶器を探り当てる。
 それは、刃渡り二十センチほどの包丁だった。肉切り包丁や出刃包丁など、特に使用目的も特定されておらず形も変わらない、外の人間が調理器具として重用しているただの包丁である。
 もちろん、本来なら決して武器に使うようなものではない。どこの街にでもある普通の武器屋に行けばそれの五倍ほどの刃渡りで三倍ほどの硬度を持つ刀がわずか数万円で手に入る。
 もともとは、繋ぎにと渡されたものだった。物心ついた頃から素手で戦っていた藍に、哀れみと共に渡された武器だった。だがしかし、藍は知っていた。この包丁の持ち主は、それ以外に凶器となりうる物を何も持っていなかったことを。唯一の刃を、まだ獣だった藍に渡した事を。だからこそ、今それ以上の武器を容易く手に入れられるような状況になってもそれを使い続けている。それはただのつまらぬ感傷だったが、感傷を抱いてなお戦場を生き延びられるだけの戦闘能力を有していた。

「…………」

 無言で振るわれる小さな刃が、集っていた黒い塊を的確に捉える。
 数年もの時を経て尚使用されてきた刃、今まで藍の信頼に答えてきた刃が、さらなる信頼に答えるかのように唸る。音速を遥かに超えた神速で放たれた斬撃は何者をも逃れることを許さなかった。
 黒い風が宙を切り裂く。
 四つの光が一瞬で消える。
 小さなからんからんという音を最後に回廊に静寂が戻る。
 全てが終わったことを確信しながら、藍はいやいや柱の影から身を起こした。

「…………」

 大きく伸びをすると、その黒い塊を拾ってしげしげと眺める。先程までうるさいくらいに光っていた塊は、ただの無機物のように何も反応を返さない。
 しかし、藍は尚も興味深そうな視線でその石のような物を見つめる。
 どこかで見たことがあるような気がした。
 歪な形をした半球を裏返す。中は空洞になっているようだ。
 指でなぞっていくと、でこぼこしていて面白い。質感は鉄のように硬質だが、重くはない。生命を失われたそれは回廊で出会った以上魔物の一種だったんだろうが、真っ二つにしてしまった以上それはもう死んでいるだろう。
 死体は踊らないし喋らない。それが長所でもあり短所でもあるのだ。

 正確に唐竹割りにされていたそれをしばらく眺めていたが、床に落ちていたもう一片を確認して、藍はようやくそれが何なのか気づいた。

「されこうべ……だ」

 切片を正確に合わせ、藍はうんうんと一人頷いた。
 黒く滑らかな質感。黒い塊は、拳大程の大きさしかないが確かに藍が昔見たことのある髑髏と同じ形をしている。二つの直径数二センチほどの窪み――眼窩が藍を恨みがましげに見ているが、そんなことは藍に取って何の関係もないことだった。
 弱肉強食。確かに回廊は魔物達に巣窟だが、その住人を殺してしまってもそれは藍に取って気にする事でもない。藍という魔物よりこの髑髏は弱かった。だから容易く殺された。花でも摘むかのような気軽さで命を一瞬で奪われた。そんな圧倒的な不平等に藍は物心ついた頃から慣れきっている。

 ふいに、小さな音が、毛布のようにかけていたクリーム色のダッフルコートの中から聞こえた。
 二つの目がじーっと二つの眼窩とにらめっこをする。

「……食べられない……よね」
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