灰色の塔:2?3

2-3
 この俺、御崎黎《みさき れい》が鏡原藍《かがみはら あい》の事を語るのならば、当然と言えば当然だがその出会いを語らざるを得ないだろう。
 それは今からもう三年前の事だ。当時の俺は、まだ塔に来たばかりの新参者で、藍はもう十年近く塔を生きる古参だった。
 この塔を十年も生き延びるのは実はけっこう難しい。ある者は未来を憂い自ら死を選び、ある者は他の住人と諍いを起こして運が悪ければどちらかが死ぬ。いくら気力が無くても人間なのだ。そういう意味では藍もまたその例に漏れず、その頃の藍は言葉を禄に話せなかった事もあって数々の諍いに巻き込まれ……そしてその全ての勝っていた。
 俺からしてみれば、それほど藍に興味を持っていたわけではない。俺の目的はできるだけエネルギーを使わず生きる事だったし、藍は俺とは境遇も能力も指標も正反対の人間だった。
 だから、現状にいたるまで長く付き合う事になったのは、藍の意志ではないならば、陳腐な言葉だが運命という事になる。それはもちろん俺が拒否しなかったからこそ生じ得た運命だが。

 彼女は愚かで、俺も愚かで、だが二人共能力だけはずば抜けて高かった。しかしだからと言って藍との関係は決して対等ではない。藍の能力は殺すためにしか使えないが、俺の能力は武芸百般ありとあらゆる所で役に立つ。関係が平等になるわけがなかった。俺の能力を使えば藍を悉く操ることすらできるのだ。それをしないのはただ面倒なだけで極度に戦闘能力の高い美少女も俺にとってはあまり意味をなさなかった。

 言葉を教えたことも、塔の内外の知識を与えた事も、最低限のマナーを躾けたことも、唯一彼女の出自だけは言わなかったが――全ては暇つぶしにして自己満足。その結果として彼女が俺に恩を感じ始める事はまあ予測できたことだが、それは利益と言うほどの事でもない。

 武芸の名門、幾千の魍魎を破滅に導き死骸を重ねて地位を築いた"覇神剣"の鏡原

 武道を嗜む者でその名を知らぬ者はいないだろう。特に近代剣術を学ぶ上でその名はほぼ確実に耳に入ってくる。たった一本の剣で魔軍を切り裂くその様子に全ての剣士は憧憬と羨望を抱き、魔族の間でさえその技の冴えは知れ渡っている。
 だが、その一族の次代当主と噂される少女に双子の姉がいた事を知る者はほとんどいない。
 戦人としての能力、遺伝子が継がれてきた一族の直系にそのハイスキル所持者が生まれたのは必然といえば必然だったのかもしれない。その保持者がその一種突き抜けた強さゆえに武芸の一門から放逐されたと言うのは皮肉という他ないだろう。
 だがそれもまた詮無いことだ。僅か三歳の子供がドラゴンを素手で縊り殺す所を見て、誰がそれを恐れずにいられようか。人間離れしているというのはつまりはまだぎりぎり人間の域にいると言うことであって、一目でわかる異常な"力"というのは排斥される以外ないものだ。それは、人間が持つ弱さだった。









 新たに厄介な客が来る。俺がその事を察知したのは、今から三日前の事だった。
 わざわざ見つかりやすい所に扉を作った以上、客が来るのはやぶさかではない。だがそれも普通の場合だ。この塔の住人は、外と比べて非常に扱い易い。異常な力を持っているとは言え、刺激さえしなければ敵対してくることはないためだ。
 だからこそ、この部屋が成立する。外の凡俗な連中だったら、自分の住処よりも居心地のよい部屋があり、且つ自分に力があった場合それを簒奪しようとするだろう。ここの連中にはそう言った欲が殆どないのだ。少なくとも、今までこの部屋を奪おうとした者はほとんどいない。その部屋を奪おうとしたもの達も、本来のこの塔の住人たる星持ちではなかった。
 そう、この塔には星持ち以外の人間も入り込んでくる事がある。
 ある者は、力試しに。ある者は、星持ちをスカウトするために。塔に住み着こうとした無謀な奴らもいる。もちろん、成功した例はまだない。
 塔を管理している団体も、許可を取りさえすれば入場する事を認めていた。星持ち達は、いつ爆発するか分からない時限爆弾であると同時に放っておくのが勿体無いほどの資源なのだ。
 だから、こうしてたまに歓迎できかねない客がこの部屋を訪れる事もある。だがそれらは、本来俺の頭を悩ませる事ではない。ハイスキルを持たぬ乱入者など能力が直接戦闘に関わるものではない俺と比べてもゴミクズみたいなものだ。もし仮にそいつらが外界では天才と呼ばれる存在だったとしても――

 加護系スキル『戦神』
 物理操作系スキル『月槌』
 特殊系スキル『驚神』
 身体操作系スキル『毒林檎』
 
 それらの天災と比べて何を恐れようか。

 だから、今回の"厄介"というのは、そういったものとは違う。もっと根本から来るトラブルだ。
 塔の住人にとって、面倒事は全て過去からやってくる。住人に取って未来に恐怖も希望も存在しない。だが、天上天下唯我独尊天下無双の星持ち達も人間だ。いや、かつて人間だった。

 俺は、テーブルにワードッグの血を塗りつける。もう既に、部屋の中は数人が死んだ殺人事件の現場と言っても通るほどの有様を見せていた。カーテンからは乾くことなく血の雫が垂れ、床に血溜りを作る。絨毯はそこかしこが毛色の鮮やかな赤とは違ったくすんだ赤に染まり、生臭い臭いがそこかしこに漂う。
 俺は、血を塗りつけていたナイフをテーブルに無造作に突き立てる。
 そして、今回この惨状を演出するのに協力してくれた協力者。

『気分はどうだい?』

「…………」

 天井から鎖で吊るされた獣は、俺に胡乱な瞳を向ける。
 俺が合わせてやってるから、言葉は通じている。それに答える元気がないだけだ。夢も希望も恐怖も絶望も未来も過去もこの三日で全て奪い尽くしてやった。この世で頂点に立つ者として生まれた獣の無残な様に心が穏やかになる。

 ワードッグ。

 獣の血は、十分この部屋を禍々しいホラーハウスのような光景に変えてくれた。
 魔族ってのは大抵人間より遥かに高い耐久性を持っているから、部屋を浸すほど失血してもまだ死なない。
 こいつの限界は俺が知っている。だから死なないし死ねない。死なせない。
 ナイフについた血液を唇に塗りたくり、獣に微笑みかける。
 濁った瞳が、微かに揺れた。かつての戦意も既に消え、誇りも地に落ち、思考も衰え、手向けに血を清める程度の事はしてもいい。

 壁にかけられている時計を見る。
 予定時刻まで後五分ちょっと。てかてか光っている長針と短針が時を刻む。
 そろそろか……
 悪いが、恨むなら俺じゃなくてここに連れてきたライアスを恨んでくれ。
 俺は、目の前にふらふら下がっていた茶色の尻尾を掴み、ナイフを添えた。

「――――――ッ―――ォ―――オ――――」

 一瞬ワードッグの瞳に光が戻り、最後の慟哭を上げる。
 だがそれでも、俺がわざわざ用意した祭具、かつて神に逆らいし獣を地獄の岩棚に縛り付けたとされる"魂縛の金鎖"の呪縛を解くことはできない。もがき苦しむその剛腕は細い鎖を破る事は叶わず、その肉に食い込む事で余計なダメージを自身に与える。身体をばらばらにされる苦痛に魔獣は吠え唸り嘆き、己の無力さに心を殺す。
 俺は、その生命の輝きに感動といってもいい感情を抱き、それを眺めた。
 美しい。素晴らしい。無力なる者の洩がき苦しみ慟哭怨嗟生命の輝きに僅かに灯った炎が消えゆく様。パーフェクトだ。
 ぼんやりと見つめ気づいた時にはその時が僅か一分後に迫っていた。そして俺は、自分がまだ刃を動かしてない事に気付いた。


『た……すけ――』

 今までどんな事をやっても救いを求める声だけは上げなかった獣がとうとう人間という下等生物へ助けを乞う声を上げる。命には変えられない、か。だが何より時間がないのだ。これは勝利するのに確実に必要な事。誰が一刻の感情に惑わされるものか。まぁ、俺が仮に一刻の感情に惑わされていたとしたらこいつはもう死んでいるわけだが。
 ナイフを握る手に力を入れる。
 藍のようなハイスキルの加護も、ライアスのような物理操作みたいな能力もないし魔力が全くないから俺は魔術も使えない。だがそれでも、身動きのできない獣の尾を切り離す事くらいできる。
 俺は一片の躊躇なくその針のような剛毛で覆われた尾を刎ねた。






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