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第四十三話:黒紫色の理想

 空気が一瞬張り詰め、爆発する。

 角の影から気配が飛び出した。
 清らかな気配にぽっかりと黒の穴が空く。
 エアーポケットとでも表現できるだろうか。

 床を砕く爆音。
 風を切る轟音。
 

 禍々しい気。鋭い殺意。


 空間を圧迫するかのように、野生の獣のような動きでこちらに向かってくるそれは、一匹の狂った獣のようだ。

 それは、正直なんだかよく分からないものだった。

 一番近いのは悪魔だと思うが、俺の勘はそれを悪魔だとみなしていない、その悪魔自体よりも良くないものに見える。問題は、それの敵意が明確にこちらに向いている事。俺の勘が外れているにしても、合っているにしても、そんなの関係ないことだ。あれを見たら百人に百人が敵だとみなすだろう。

 身体全体に纏う黒い炎のような禍々しい魔力、オーラは、今まで俺の見た中でもおそらくベスト3に入るだろう。
 技術もなく、恐れもなく激情だけで向かってくる様子は、人間のものだとは思えない。

 そう、それは形だけは人の形をしていた。
 墨色の髪をした人型。
 立ち上る黒い魔力が全身を覆っており、それが邪魔で性別はわからない。
 そしておそらく何も着ていないようだが見苦しい部分はすべて身体から噴き出す黒の魔力で隠されている。

 今まで見た中でも最もそれに近いのは人狼だろう。
 人に最も近い魔族。先天性の血により自由に肉体を獰猛極まりない魔獣に変える一族――



 …………いや、この言い方は失礼か。
 魔獣に姿を変えたワーウルフでもここまで戦意に身を浸す事はないだろう。

「撤退します」


 クリアが警告する。しかしそのスピードは驚異的だ。クリアと俺だけなら逃げきることは可能だろうが、足手まといがいる今の状態で逃げ切れるかどうかは微妙な所だろう。

 人差し指を突きつけるように、バケモノに向ける。
 

「"光弾"」

 人差し指の先から十円玉大の光の弾が発生する。
 弾は迫り来るバケモノに向かって飛んでいった。
 霊丸じゃないよ?
 神聖魔術"光弾"
 "ブレッド"の術は全ての魔術に共通する最も初歩的な攻撃魔術である。効果は各属性を持つ小さな弾を精製して相手に向かって飛ばすだけ。頼りないエフェクトだし、実際本当に頼りない魔術である。ダメージは低いので、超初心者な魔術師しか使わない代物だ。だが、初級な魔術だけあって魔力の消費も少なく詠唱もワンセンテンスでいいので速射性に優れている。

 そして、今のは光の弾なのでとにかく目くらましに向いていた。聖域なのでその威力もやや補正が付く。

 光弾により床が小さな音を立てて爆ぜる。
 その魔物が光の弾丸に一瞬怯むがすぐに再び向かってくる。
 悪魔だったらダメージも通るかもしれないが……こいつ多分違うし、弾丸が当たったところでほとんどダメージもないだろうね。
 見るからにLV高いっぽいもん。これで低かったら逆に詐欺だろう。


 だが、いくら威力の低い物とはいえ嫌がらせぐらいにはなる。

「"光弾"」

 "光弾""光弾""光弾""光弾""光弾""光弾""光弾""光弾""光弾""光弾""光弾""光弾"
 光弾が飛ぶ。飛ぶ。飛ぶ。
 床が爆ぜる。爆ぜる。
 魔物は、思わぬ連続攻撃に一歩後ろに飛び回避する。
 派手な音が魔物の進行方向から連続であがる。
 俺の腕が悪いわけではない。わざと進行方向を狙っているのだ。例えダメージが殆どないとは言え、回避できる攻撃を回避せずに突っ込むことはなかなか出来ることではない。
 案の定、空っぽの攻撃に化物は翻弄され、先程までの追撃のようなスピードを出せていない。

「よし、逃げるか」

「はい。先導します」

 "光弾"と口の中で呟きながら、左手でKillingFieldの腕を握り、俺たちはその場から梁から飛び降りる。

 攻撃をやめる寸前、光弾が偶然化物の頭に命中し、その漆黒のベールが一瞬散った。







 その今まで隠されていた顔を見た瞬間、なんとなく納得する。

「あー……なるほど。あれか」


「…………」


 KillingFieldが無言で俺の言葉に追従した。クリアは一言も話さない。クリアは必要のないことは極力話さない。

 思考を走ることに割きながら、俺は心の中でため息をついた。
 なんとなく見覚えがあったんだ。
 あれか。俺が監獄を建物ごと消滅させたのが悪かったのか。

 どうやら、KillingFieldを捉えようとした昨日の連中は、能なしだったがそれでも一応それなりに仕事はしていたらしい。




 一瞬見えたその化物の顔は間違いなく、昨日敵の本拠地を"虚影骸世"で消滅させたその時、ついでに殺したはずのバグの姿だった。

 あれ一応危険だったんだね。











第四十三話【厄介な敵と厄介な味方の話】





 走る。足音が神殿を満たし、残響を残す。神殿の廊下は静かだったから余計その音は響いて聞こえる。
 さすがに現在足音を消す余裕はない。
 誤算だった。
 化物は、思った以上に身体能力が高かったようだ。
 俺とクリアが割と本気で走っても振り払えないとは。

「くっ、しつこすぎるぞ。俺が何をしたって言うんだ」

「…………」

 背後から迫る黒い影。
 その巨大な殺意のプレッシャーはそれだけで俺をげんなりさせる。
 面倒くせえ。どっか行けよクズが

「排除しましょう。反撃の許可を。」

「いやいや、無理だろ」

 さすがの俺でも、魔術のほとんどをかき消される結界の中じゃ戦いたくない。
 クリアが負けたいざという時、あの化物に勝てるかどうか分からないからだ。
 変なバグばっかり見てきたからバグに関してはなめていた点もあったのかもしれない。最悪の瞬間に最悪のバグを引き当てたようだった。少なくとも、KillingFieldの用に簡単には処理できないだろう。あれには敵意と殺意と妄執が感じられる。殺しに対する激情が感じられる。弱者を虐げる強者のオーラだ。尤も、狂ってるだけまだましかもしれないが……

 そして、少なくとも俺の"虚影骸世"を受けても消滅しない程度の闇への耐性。厄介にもほどがあるぞ。

 Pocketから、念のために入れておいた三十センチ程度のガーゴイルを五体ほど出現させる。
 鉄製だから邪魔程度にはなるんじゃないだろうか。
 取り敢えず、会合を行っている広間まで持てばいい。

 呼び出された五体の鳥の形をしたガーゴイル。
 その目が赤の光を灯す。その目は、俺の背後に迫る黒の獣に向けられた。

「―――――――」

 ガーゴイルが音もなく吠える
 適当に作ったものだから、できる事は体当たりくらいだ。だが、それはただの体当たりではなく鉄の塊の体当たり。
 ガーゴイルは声なき声で一声吠えると、対象に向かって行く。

 後ろに目はないので、どうなっているのか見ることはできない。
 床にぶつかる激しい音。
 鉄の塊が飛翔する風を切る音。
 獣の咆哮。

 数秒でガーゴイルの反応が一体消える。それほど期待していなかったので別になんとも思わない。
 しかし……粉々にでもしない限り、俺のガーゴイルは止まることがないのに。
 気配が消えたということは、何らかの手法でばらばらにされたか、あるいはかけられた魔術を解呪されたか。恐らく前者だろうな。

 やはり、戦わなくてよかった。今の状態で接近戦を行うほど俺は愚かではないのだ。

 ガーゴイルの反応が次々に消える。
 一匹につき数秒。作る手間を考えたら大損だ。




 だが数秒は止められる事がわかった。

 Pocketからまるでマトリョーシカの如く別のPocketを二つ呼び出し、その中からガーゴイルをさらに十体出現させる。
 五体倒したと思ったらさらに十体現れる。
 背後の怪物を想い、俺は笑った。

 十体のガーゴイルの目に光が灯る。
 蝙蝠のような形に羽に、鳥類の瞳。鉤爪。
 醜いな。だが形に気を使うと生産量が落ちるし、いざという時に捨駒にできなくなる。これくらいがちょうどいいんだろう。
 
「ごー!」

 俺の一声と同時に、ガーゴイル達が背後に流れる。これだけの数、そう簡単に倒せまい。
 一分あれば逃げ切れる。
 何しろ、扉はすぐそこだ。同じ建物だけあって、すぐ数メートルに巨大な扉が見えた。

 クリアが先行し、扉を開く。まだ警備の兵は一人も戻ってないらしい。もしかしたら、あのバグに全員殺されたか……いや、そこまで使えない連中には見えなかったな。

 扉を開く音に、複数の視線がこちらに向けられた。
 素早く中を見回す。どうやら、まだ誰も異常に気付いていないらしい。警備兵が一人も戻ってこない事に誰も気付いていないのか。気づいていても何も言わないのか。

 前列に立っている三人。
 なんか後光が指してる三人が、今現在報告している者のようだ。
 中でも目に付くのは、ハゲでもないのに頭が光り輝いている爺だろう。聖職者か? それにしても眩しい男だ。これで女だったらなあ。まあ女だとしてもちと年齢が過ぎてるか。
 そんな事を考えながら、周囲を観察する。

「…………」

 沈黙が漂う。誰も俺を糾弾しない。俺の名が、誰もが抱くその感情を押しとどめているのかもしれない。
 誰もが俺の名を知っている。この忌まわしいとされる黒髪を。
 一部は俺に借りがある故に。一部は差別、闇を表す黒髪への忌避故に。
 唯一損得なしにこちらを知るルデール卿も、その地位の低さ故に誰も声に出さないこの場では何も言えない。


「ルデール卿を連れて速やかに帰還せよ。落ち着いたらルナを連れて戻ってくること。理由はなんでもいい。適当に捏造して帰ってこい」

 罰を与えなければならないからな。

「了解しました!」

 小声で指示を出すと、クリアが音もなく消える。さすがに、ルナの父親を見殺しにするわけにはいかない。まあ俺にそのしわ寄せが来るとは思わないけど……さすがにルナも落ち込むだろうし、それは俺の本意ではないのだ。

 ガーゴイルの反応が全て消える。思ったより早かったが、まだ想像の範囲内だった。これからすぐに転移を使って逃げ出せば事足りる。
 間違いなく奴はここにくるだろう。シルクを連れてさっさと逃げるべきだ。
 
 そう、間違いなく奴はここにくる。そして……殺されるだろう。
 さすが人族最高峰の会合。俺ほどではないが、各国の連れた護衛の質も半端ではない。何人かは死ぬかもしれないが……バグの実力が俺の予想より多少高くても生き延びるのは難しいだろう。獣のような行動律の持ち主なら尚更だ。力で押し通すような魔物を処理する方法など腐るほどあるし、護衛達は全員が全員その方法を知っている。

 さて、シルクの側まで行くと、シルクは何故かぼーっとした表情で固まっているようだった。隣にいるのに俺にも、今の空気にも気付いていない。

 何かあったのか……いや、まだルートクレイシアの報告はまだこれからのはずだ。
 だとすると……眠いのか?
 確かに一人で退屈な場に何時間もいるのはキツイものがあるかもしれない。だが……まだ数十分しかたっていないというのに、不真面目過ぎるのでは?

 呆然としているシルクの頭を小突く。

「シルク、撤退だ」

 シルクは、俺の言葉に初めて気付いたかのように意識を取り戻した。寝てたわけじゃないんだな。

「はい、シーン様。敵前逃亡ですね」

「戦略的撤退だ。やってられるか」

 そも、敵とは何のことか。あんなの俺の敵じゃない。恨まれる筋合いもないし。
 まーだが……避けられるのなら避けるのは平和主義として常道だろう。
 視線を一身に受けながら、俺は転移魔術の準備を始めた。ガーゴイルの反応は既に残っていない。禍々しい気配は突き放した距離を一気に縮めてこちらに向かってくる。急いだ方がいいな。

 転移魔術は高等技術だ。何より、発動する前に正確な座標を知る必要がある。遠視と転移。両方あわせて俺なら完全に術が発動するまで三十秒ほどか。オプションでワープゲートを開く場合はさらに時間がかかる。クリアは転移魔術を使えない。少なくとも、三年前は使えなかったはずだ。そっちの分も俺が作る必要があるとすると……

 まてよ……

 そこで、俺は壇上に作られた円卓を見渡した。

 ここに居るのは、紛れも無く人族の国々のトップ。こいつらをおいて逃げた場合、果たしてその後の状況は俺に有利に働くだろうか。全員殺されてしまえば有利も糞もないんだが、残念ながら俺の見立てではそこまであのバグは強くない。護衛は数人殺されるかもしれないが、今この場にいるそのほとんどは生き延びる事になるだろう。

 そうなった場合、俺の立場はどうなるだろうか?
 碌でも無い化物を連れ込んだ上に珍しい魔術を使用し自分だけ逃げ出したルートクレイシアの御曹司。
 ……少なくともいい印象は持たれないだろう。一国や二国が敵に回る程度だったら問題ない。だが、ほとんど全てを敵に回すとなると、いくら俺でも対処しづらい。何しろ、俺がルートクレイシアの跡継ぎとして知られ始めたのはわずか三年前。今まで味方以上に敵を作ってきた。果たしてそんな俺を擁護する国がいるだろうか。いや、諸外国を敵に回してルートクレイシアを守りきれるだけの国があるだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。問題はたった一つ。そんな真似をして果たしてルナ・ルデールを友好的な手段で手に入れる事ができるだろうか?



 否。
 答えは否。
 断じて否。
 ルナが全てを見捨てて逃げ出した俺を選ぶわけがない。そういう性格になるように誘導したのは俺なのだから。
 本当は見捨てるも何も味方だとすら思っていないのだが、そんなことルナにいっても分からないだろう。ルナに取って俺は心優しく頭がよくて格好良い青年なのだ。それはほとんど真実なのだが、ルナは甘いと心優しいの意味を間違いなく履き違えている。味方でも何でもない有象無象を見捨てただけで冷酷という評価を下すに違いない。

 そこまでいかなかったとしても――
 疑念すら与えるわけにはいかない。ルナに費やした年月は一年やニ年じゃないのだ。ここまできて失敗したとなったら、悔やんでも悔やみきれない。

 ハイリスクでリターンなし。しかも強制参加とか賭けにすらなってない。笑えない。
 だが殺るしかない。俺の未来のために。力を割くしかない。有象無象を助けるために。

 乾いた唇をなめて湿らせ、扉に注意を向ける。さて、どう殺るか。扉を開けた瞬間に奇襲をかけるか……いや、それじゃダメだ。少なくとも数人殺させて、明確な敵である事を諸侯に知らしめねばならない。そうでもないと、本当に俺の苦労が無駄になる。
 魔術か……果たして"虚影骸世"を受けきった相手に俺の魔術が通じるか。闇魔術は基本的に0ダメか即死かのデッド・オア・ノーダメージなのだ。両極端なのだ。屋根があり、かつ強力な聖域であるこの場所では"EndOfTheWorld"は使えない。そもそも闇の濃さは"虚影骸世"の方が圧倒的に上だ。"虚影骸世"の効かない敵に"EndOfTheWorld"は通じない。ならば神聖魔術を使えばいいのだが、神聖魔術は基本的に支援だから数少ない攻撃の術を使っても圧倒的に攻撃力が足りていない。神聖魔術が悪魔に効果抜群なのは、奴らが神聖魔術に対してマイナス耐性を持っているからだ。単純な数字で神聖魔術によるダメージ1000倍くらい補正がある。あいつはなんか黒かったけど多分悪魔じゃない。効果は恐らく薄い。というかほとんどない。
 ならば捕縛か。捕縛してどうする? ならば近接戦闘か? 魔術師の俺が近接戦闘? 勝率はどの程度ある? 

 頭の中で色々考えていると、クリアがこちらをじっと見ている事に気付いた。。なんか目で伝えているようだ。今忙しい。なんとなく頷いておこう。
 俺が、余計な事はせずじっとしてろという想いを込めて一つ頷くと、クリアは二言三言ルーデル卿に何か言って……

「――りし者―――――焔―――し―――給ふ――!」


 なんか手から扉に向かって炎出した。
 各国の首相が唖然とする。俺も唖然とする。シルクも唖然とする。
 ……止める暇すらなかったかっこわらい。
 まだ敵来てないのに攻撃とか……ルデールおわた? なんで誤解を招く事をするんだああああああああああ。

 炎の魔術は俺の専門外だ。そも、精霊と契約しなくては使えない闇と光を除いた属性魔術を俺は使えない。だからこの魔術は俺が教えたものではない。クリアが勝手に精霊と契約して手に入れた術だと思う。少なくとも三年前は持ってなかったし……。髪色赤だし、さぞ炎の精霊と相性がよかった事だろうね。

 まぁ契約するなとは言ってなかったけどさ。

 このタイミングで人間火炎放射器を披露するのは如何なものかと思うわ。
 てか若干引いた。皆引いてる。これが切っ掛けで戦争かなんか起こったらどう責任取るつもりなんだろう……

「くっ、何だこれは!」

「なな、何をやってる! やめさせろ!」

「何が起こってる!? 衛兵はどうした!」

 出入口近くからパニックがどんどん広がっていく。もちろん交交の批難の対象はまだここにたどり着かぬバグではなくクリアである。
 そりゃ突然メイド服の少女が炎ぶっぱなしたら驚くだろう。おまけに厄介な事に火力がやたら高い。炎は天井近くまで燃え、周囲を流れていた水が一瞬で蒸発し室温と湿度が不快なまでに上がる。

 炎の魔術も水の神殿であるこのフィールドでは相性悪いと思うんだが……どうやら魔術に関する才能もクリアは持っていたようだった。空気読めてないけど……。

 シルクが呆然と呟く。

「……あれ不味いような……」

「全くだ。アホだな」

 一瞬で膨張した空気に付近にいたどっかの国の官僚が吹き飛ばされる。とっさに隣に座っていた護衛らしき男が庇ったが、白目向いてる所を見ると意識は綺麗に吹き飛んだな。

 何を思ったのか、クリアは出入口を炎で塞ぐ気らしかった。
 青白い炎の嵐が吹き荒れ、重厚な白い扉を瞬間的に溶解させる。さらに室温が上がる。パニックも上がる。
 表情は無表情だが、なんか楽しそうだ。炎が上がるにつれテンションも上がってるのかもしれない。死ねばいいのに。
 後ろで頭を抱えるルデール卿が可哀想だった。相当高位の精霊と契約したんだろうな……無駄に。
 そうでもなかったらこの場所でここまでの火力を発揮する事はできないだろう。

 だが、一応効果はあったようでバグの気配は扉の一歩手前で止まっていた。
 魔術の炎だから酸素を消費したりはしていないだろうが、このままじゃジリ貧だ。あれか? 各国へのゲート開けってか? まだこいつらは敵の姿を見てさえいないのに逃げろって言えって? ナンセンスだ。せめて敵を呼び込んで一人二人殺してもらった後じゃないと、こっちが悪者になってしまう。

「クリア、ストップ!」

「…………」

 やむを得ず叫んだ。本当にやむを得ずだ。できれば無視したい。無視したいけど……このまま無視してなんかの拍子で死んだら勿体無いような……うん、勿体無い。あれはベッドで乱れるタイプだと思うよ? 先程のクリアとの対面でちょっと俺のクリアへの評価が変わっていた。
 クリアは手を振り上げたまま、そのままの姿で停止した。無表情で俺の方を見る。こっちみんな。

「こっちこい」

 その言葉を待っていたかのように、クリアの身体が大きく跳ぶ。
 それを追って、全ての視線がこちらを向いた。
 パニックが驚くほど迅速に収束する。シーンとした空気が痛い。そこかしこから若干の敵意と侮蔑を感じた。俺悪者だと思われてるよ。俺ほどの為政者はいないというに。このやろう。クリア後で罰として腕立て伏せ百回な。

 クリアのすまし顔が俺をいらつかせる。
 詠唱は既に止まっている。だが炎の壁はまだ消えない。どうやら設置型の魔術だったようだ。
 本来なら魔術は物理法則とは隔絶したものなので詠唱さえストップすれば炎も一瞬で消える。残るのは結果のみ。それが魔術というものだ。それに対して、クリアの放った炎は詠唱をやめた後も消える気配がない。勢いが衰えることなくそこにあり続けている。勢いが増さないだけまだマシだと思うべきか。攻撃の魔術というよりも結界に近いのかもしれない。

 死ねばいいのに。

 俺はどうしたらいいのだ。なんで馬鹿な部下の尻拭いを俺がやらなければならないのだ。あのままバグが入ってきて適当に数人殺してくれたら万々歳だったのに。
 今更悩んでも仕方ないが……
 もう俺は精神的に疲れきっていた。これからもう一戦待ってんのにふざけんな……
 いらいらしながら隣のクリアに短く指示を出す。

「あれ消せ」

「はい」

 クリアが指を軽く鳴らしただけで炎はまるで全てが幻だったかのように掻き消えた。全てが幻だったらよかったのに。今の状況も全て幻だったらよかったのに。指パッチン一回で全て元に戻ったらよかったのに。

 クリアは自分が起こした出来事にも弁明一つしない。指示に従うのみ。そういう風に教えたとはいえ……


 …………死ねばいいのに。



 ……ところで俺は今回何回死ねばいいのにって言った?
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