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第一話
 生まれて以来ずっと秘密にしていた事がバレた時、人はどうすべきか?
 ずっと気づかれないように細心の注意を払い、一挙一足を出来るだけ薄め、人間関係をあえて作らずに、誰とも深い関係にならないように、それでいて逆に記憶に残るほど遠ざからずに安穏とした生活を目指して過ごしていたのに、人生とはなるほど予期せぬ出来事というものが起こるようだった。俺の秘密が気の強い従姉妹にばれてしまったのは俺の注意力不足というのももちろん否定出来ないのだが、この上もなく阿呆らしくそしてまたちっぽけな理由なので割愛しよう。問題だったのは、力持つものには義務が生じると規定するこの社会と、そしてばれたら数日の内に人外問わず世界の全てに狙われ殺されてしまうであろう俺の『権利』だった。
 『権利』
 人はそれを世界に対して好き勝手出来る力と規定する。要するに、何かを成す力だ。教育を受ける権利だとか健康で居る権利だとか、人が人に対して法律で規定しているものと同じように人が世界に対して求める事が出来る何がしかの現象の事を指す。この場合の世界とは他国も含めた人間社会ではなく、自然やら物理現象やらに対するものも包括していて、時の教皇はそれを神から人間に与えられた権利と呼んだ。その呼称が現在の社会にも広まっている。胡散臭いことこの上ない宣言だが、人間以外に権利を使えるものがいない事を考えると、あながち的はずれな物でもないのかもしれない。どっちみちそんな事知ったことではない。難しい話は学者だとか考えるのが三度の飯よりも好きな連中が考えてくれればいい。俺には自分のことだけで精一杯だ。いや、それだけですら手に余る。

 それでも、他には何も出来なかったとは言え自分の事だけ考えて生きていられた今までの二十年は全く幸運だったのだろう。それなりに勉強しそれなりに遊びそれなりに成長した俺はそれなりの仕事を得ることができた。本来『権利』持ちはそれ専用の教育機関でそれ専用の教育を受け、それなり以上の地位につくのが慣例だったが、俺はそれを恐れはすれど羨むこともなく、分相応とした人生の第一歩を踏み出す準備を終えた。権利とは生まれつきのものであり、幼少期に自覚する事が多いため、権利持ちがその能力を隠すことは難しい。隠そうとしても大抵の場合周囲にそれがばれ、そして家族やら友人やらによって専用の場に移される。それは栄達であって、決して不名誉なものではない。補助金もでるし、それは権利ではなく届出をしなくてはならないという義務でもある。権利と義務は表裏一体であり、いくら凡人を圧倒的に上回る超人でも義務を果たさなければそれは危険な力を持った犯罪者に過ぎないのだ。何はともあれ、そんなわけで、他者に『権利』がばれぬまま一般人として働ける自覚のある歳になり、仕事を得ることができた時点で俺はもう最も危ない期間は過ぎており、このまま過ごすことが出来れば一生凡人として貴重な生を全うできるというそんな所まで来ていたはずだった。はずだったのに!

 紺色のスカートに、ブレザーを着た女が俺の目の前に立っていた。
 胸の部分に付けられた四角形にの中に十字を象った意匠の飾りはさる権利団体の印。専門の教育を終え、公的な機関に所属している証。清楚で可憐、成績優秀運動神経抜群その上権利持ち、まさに絵に描いたかのような優等生で何の因果か俺の従姉妹でもある彼女の名前は佐々木詩乃と言う。従姉妹とは言っても、一年に一回親戚が一同会する盆に会うか会わないかといった関係で、会ったとしても話をするかといえばそういうわけでもなく、俺からしてみれば顔見知りよりちょっと上程度の関係だった。成績それなり運動それなりの俺と違って親戚の話題を一身に集める詩乃は何にせよ目立つ。噂で権利者団体に入ったことも知っていた。だが、注意は払っていなかった。それくらい俺にとって関係のない人間だったのだから。
 それが今や、最大の敵となっている。

「……人はその身に宿る権利を隠匿してはならない。常識です。小学生でも知ってる事です。もしかしたら初等教育を受ける前の子供でも知っているかもしれない。もちろんわかりますね?」

 微かに震える、しかし冷静冷徹な声。寒気を纏わせた声。背筋が凍りそうになる。自分と同年代の女性が持っていていい気迫ではない。
 手が動かなかった。足も動かない。身体は何かに固定されたように固まり、何もないのに指一本動かせないのに圧迫感というものもない。初めて見るが、詩乃の持つ『空気を操る権利』という奴だろう。詩乃は自分の周辺の空気を自由に操作する事ができるのだ。本来権利保有者の権利は個人情報の一種として殊更に秘匿される傾向にあるが、親兄妹の口はそう簡単には防げない。親戚の俺にもその権利の情報は入ってきている。俺の周りの空気を操り、身体を固定しているのだろう。そりゃそうだ。彼女は俺の権利行使を見ていたのだから。見られてしまったのだから。
 はっきり見られたというわけでもない。ばれるかばれないかの微妙なラインだった。だが、さすが優等生ちらっとしか見ていない筈なのにその瞳には確信の色があった。どうやら、どうにもできそうもない。
 口は開く。俺の口に空気を固まりを突っ込めばそれだけで窒息死するだろうが、まだ俺を殺すつもりはないらしい。それだけがこの絶体絶命の場に置ける唯一の救い。一応の顔見知りを不意打ちめいたやり方で殺すほどの覚悟はないのだろう。それほど物騒な相手でもなさそうだ。

「白川秋斗《しらかわあきと》貴方には黙秘権があります。決してオススメは出来ませんが、何も言いたくないと言うのであればこのまま機関に連行することも出来ます。しかし職権乱用ではありませんが、それでもまだ貴方には道が残されている。さしあたって抵抗はやめた方がいいでしょう」

 抵抗? 抵抗だって?
 笑いたかったが、ため息に留める。俺は一度も抵抗などしていない。俺が権利を使ったのは、詩乃に見つから直前に一度だけだ。そもそも、全ての権利行使には制限がある。義務を果たさなければ権利は得られない。それは世界が相手でも同様だ。何もかもを飲み込むような澄んだ青の眼がこちらを睨みつけている。俺より一回り小さな身体、だがその威圧感は今までの平穏な人生でも最も強い類だ。

「抵抗はしない。とりあえず拘束を解いてくれないか?」

「……それは不可能です。危害を加えないだけいいと思ってください。本来なら気絶させてそのまま連行する所です。会規に抵触するかしないか微妙なラインでしょう」

 殊更に、俺の権利に対する代償は高かった。交渉の余地はない。地面に転がっている小さなソフトビニールの人形を見下ろす。一昔前に流行った、十センチほどの小さな人形だ。両手両足に首が駆動するカラフルな人形。税込980円。空気に押しつぶされ無残にも潰されている。制御ももう残ってる気配はないし、ぐちゃぐちゃのソフビ人形でこれを何とかできるとは思えない。

「優等生と噂の詩乃がわざわざ会規に抵触するような真似をする理由は何だ?」

 整った眉が微かに顰められるように動く。まるで人形のように綺麗だ。そして、人形のように生気がない。頭脳明晰運動神経抜群肉体バランスがよく誰にでも別け隔てなく接し優しくおまけに強力な権利持ち。やや大人しい所を除けば何処に出しても恥ずかしくないくらい完璧なお人形。
 僅かに身体を圧迫している空気が締まる。痛みはないし、脅しとしては薄い気もするが、これで威嚇しているつもりなのか?

「余計な口は慎むことをオススメします。貴方の発言は全て記録される。……それと、別に他意はありません」

 無表情のまま前に出て、俺の顔を覗き込む。酷薄とした笑みを作り、

「会規に抵触するかしないか微妙なライン……だからこそ、です。助けたつもりはありません。容赦するつもりもない。ただ秋斗さんはまだ私に危害を加えていません。偶然権利行使を見た。権利報告せずに権利を使った。まだ秋斗さんの罪は軽くはないがそれほど重くもない」

 なるほど。優しいな。
 今にも泣き出しそうな顔に無理やり笑みを浮かべ詩乃は震える指先で俺の顎を軽く触った。泣く子も黙る権利団体に所属していてもまだ子供。厳しい訓練に耐えていても技術は身につけていても精神はそう簡単に変わらない。ただの親しくもない親戚とは言え身内から犯罪者が出る事実に恐怖に頭がまだ現実味が湧いていないのだろう。

「詩乃は優しいな」

「な……くっ!」

 首の圧迫が強くなる。だが全身がバラバラになる覚悟で挑発した俺からしてみれば思った以上に甘い対応に逆に驚くしかない。どうせ優しいなら見逃してくれればよかったのに。ちらっとしか見ていないくせに、確信を持って接してきたと思ったら今度はこれだ。

「…………」

 沈黙をどう考えたのか、空気の制御が緩められる。

「ッ……く、取り乱しました。不用意な発言は控えたほうがいいでしょう。寿命を縮める事にもなりかねない」

「…………」

 は……?
 一瞬思考に空白が出来る。首をちょっと閉めただけ。おまけに数秒。権利団体の対応はこんなに優しいのか? 詰問を受けるなら死んだほうがマシとさえ言われる泣く子も黙る団体員が、時に凶悪な権利犯罪者相手に単身立ち向かう事すらある権利の守護者が? 聞いていた以上に温い対応。この程度で俺はともかくその他の故意に敵意を持って権利を行使してくる連中を拘束あるいは殺害出来るのか? 逆に心配になる。

「私の問いに嘘偽りなく答えてくれるなら私から口利きしてあげてもいい。拘今まで権利を施行した回数によっては1,2年で出てこれるでしょう」

「……嘘を付くつもりはない」

 本当だ。嘘をつくつもりはない。ついても仕方がない。今すぐ詩乃を殺すわけにもいかないし、権利を行使したところで熟達した権利の使い手である彼女を殺せる確率は高くない。そんな割りに合わない勝負をするなら、全て吐いて彼女に"かける"のも悪くない。そう思った。

「白川秋斗、貴方が権利に気付いたのは何年前ですか?」

「十五年前だ」

 権利が通じる可能性は高くない。まだ殺せる確率の方が高いだろう。だが、彼女を殺したら次は俺が殺される。権利団体はそれほど甘いところではない。

「使った回数は?」

「数えてないが年に平均数回か。今日を除いて誰にも見つかった事はない」

 だが、試してみようと思った。初めて権利を本来の意味で使おうと思った。世界に対する権利なら果たすのは世界に対する義務だけ。人に対して義務を果たしてもそれに見合う権利は返ってこない。義務に対して仇で返ってくるのならば、ならば、ならば、俺は使わず生きて行くか世界の法にのみ従う事を選ぶ。見つかった以上は付き合ってもらう。

「何故今まで黙って?」

「…………」

 権利の名は『支配』
 全ての尊厳を踏み躙らず王となる権利。
 全てを合法的に支配する権利
 この世界で最も必要とされず、そして何よりも恐れられる禁忌の法。

「……な、何を言って」

 代償は自分の権利と条件を話す事。そして対象が俺に全てをさし出しても構わないと考えている事。条件を満たすのが困難で特に後者は全ての権利の代償を考えてもまずありえないと言っていいほど厄介だ。誰が他者に支配されたいと思うだろうか。それこそ死んだほうがマシというものだ。

「『俺を離せ』」

「え……?」


 身体を締め付けていた力が消える。詩乃の眼は、最後まで呆然としていて、何が起こっているかわからないといった表情で自分の手の平を見ていて、恐らく彼女はこの世界でやって行くには優しすぎたのだ。俺が言うのもなんなんだが、やり方が破綻しすぎている。強いのにもろい。弱いのに強靭だ。人としては美徳でも正義の体現者としてはそれは致命的な欠陥だった。だってほら、命令を行使したままの状態で止まっている。離せといっただけなのに、再度拘束しようとしない。
 
「悪いけど捕まるつもりはない。勝ち目がある以上わざわざ自分を貶め入れるつもりはない。分かるか?」

「ぁ……え……れ?」

 混乱の極みにある頭を撫で、今度はこちらから覗き込むようにして詩乃の碧眼を覗き込む。別にいいよね? 俺の能力が通じるってことはそういう事だ。

「俺の人生のために詩乃の人生は俺が貰う」
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