Over10000(2)

Over10000
第二話
 なんだかんだ言って、俺は今まで人間を対象に権利を使ったことがなかった。通じる云々の前にコストパフォーマンスが悪すぎたからだ。通じなければ口封じすればいいってのは悪魔の発想。そんなもの唯の一人の凡庸とした人間で今まで誰かを傷つけた事など数えるほどしかない俺にとっては不可能で、もちろん誰かを殺した事など一度もなく、仮に実行してみてそうすることが当たり前になってしまったらと思うと指先が震えどうしても第一線を超えることができなかった。それが白川秋斗の本性であり、他の権利保有者から見てみれば鼻で笑われる程度の肝っ玉しかない。
 だから俺は詩乃の件を除いて今まで油断した事はなかった。
 だが、かといって権利行使を俺が忌み嫌っているかというと、そういうわけでもない。先刻説明したように俺が権利を行使するのは万全に万全を重ね万が一にも誰かに見られたりしない場所限定であったが確かに俺は自分の権利を使っていた。感覚を忘れない程度に、そして自分の権利で何ができ何ができないのかはっきり調べるためにそれは必要不可欠なことだった。そしてなにより、俺の僅かな欲を満たすためにもそれは絶対に無くてはならないものだったのだ。人を対象とすることさえなかったが、その他の事はあらかた行ってしまったと思っていい。それが一種の俺の精神的な砦だったのだ。
 だがそれはもう瓦解してしまった。一度知ってしまった欲望は二度味合わずにはいられるものではない。巷でMC……Mind controlと呼ばれる技術にも近いこの力は、精神的に惰弱な人間をこそその魔力で捉えてならなかったのだ。だから、俺は一度捉えた詩乃の記憶を支配しこの件を忘れさせて追放するといったことをしなかった。何かしら理由を付けていたが、自分でも分かっている。なにせ彼女は目下俺にとって最も危険な敵であり、あるいは俺に取っての第一の武器でもある。
 今までずっと自制してきた権利使用も、もはや使わないで居るという選択肢が無くなってしまった。支配の権利はおよそ一週間で切れる。だから最低でも一週間に一度はかけ直さないとならない。また、大雑把な支配では相手にある程度の自由を与える事になるから、確実を求めるならある程度細かに支配をかけなくてはならない。もはや自制は無意味に等しい。

「詩乃、『こちらを見ろ』」

 俺の言葉に、うつむきかけた顔を上げる。『合法に支配する権利』はかけた対象の外側には影響が及ばないから掛かっているかどうかはわからないが、掛かってなかったらこちらに従うわけもないので気にする意味はない。『抵抗するな』をかけられているとはいえ、その意志はいじってないはずで、だから物理的な抵抗は出来ないとは言え、表情を変える事くらいはできるはずだがそれをする気配もなく、一時的な混乱が収まった今は大人しいものだ。そのことがやや不気味でもあるが、どうせ制御が戻ったら俺は間違いなく殺される。そのことを気にしている訳にも行かない。

「『俺の問いには正直に答えろ』」

「……はい」

 一刻、躊躇うような間の後、こちらを見つめたまま答えた。刹那の間が心臓に悪い。何らかの拍子に制御が切れたらこちらの命はないのだ。薄氷を踏む気分だった。何より人に対しては初めて能力を使ったってのも俺の心臓に負担をかけるのに一役買っている。

「何故ここにいる?」

 そう。そもそもそれが初めての疑問だ。詩乃と俺との間にはまったくもって関係がない。ただの 親戚だ。しかも滅多に会うこともない。会っても話さないそんな類の。そもそもメールアドレスも電話番号も知らず、俺が仮に詩乃と連絡を取るように言われても不可能だろうその程度の縁の薄さだ。その上、三ヶ月ほど前、職を得たことにより実家から離れており、そのことを彼女は知らないはずだった。


「……引越しのご挨拶です。この度仕事でこの近くに引っ越してきたので、母さんから近くに秋斗さんが住んでいると聞きまして……」

「…………それだけか?」

「それだけです」

 そう言って、玄関口に散乱していた四角い箱を持ってくる。「これ引越しのご挨拶です」「いやいやお構いもしませんで。何かあったら頼ってください」「ありがとうございます」
 ありえん。
 もし本当なら何たる運の悪さ。だが正直にと付けた以上嘘はつけないはず。年明けの御籤は大吉だったが信用ならないもんだ。どれだけの確率だろうか。俺が偶然家にいて本当に極滅多にしかやらない権利を行使していたちょうどその時に詩乃が挨拶に来るだなんて。大体今日は平日の昼間だ。なんだって平日の昼間に、社会人が訪ねてくるんだ。人が来る可能性の高い休日ならば権利の行使など絶対やらなかったのに。

 とりあえず頂いた箱を横に置き、気を取り直す。間を外されてしまったが、まあ起こってしまったものはしょうがない。最悪のケースは、既に俺が権利保有者である事がばれている事だったからこのケースはまだまだ問題ない。


「じゃあ俺を狙ってきたわけじゃないって事か?」

「はい。ドアの前に来るまで知りませんでした」

 権利行使時、その周辺の空気がちょっと変化する。一般人が見てもわからないが、同じ保有者が見れば分かるTVをつけっぱなしにしている時などに感じているものと近い独特の雰囲気で、一般的には数メートルの範囲に及ぶと言われている。今住んでるマンションは権利保有者御用達で、それらの空気が部屋の外から漏れにくくなっているが、この部屋、何かあったのか本来付いていた扉が壊れてしまっていたらしく、扉だけ普通の材質だった。そのせいで安かったため、住むことにしたのだ。なるほど、漏れていたのか……何かに殴られたかのように吹き飛んでいたドアを思い出す。今は申し訳程度に立てかけてあるが早く直してもらわないと。その際はもちろん詩乃に代金は支払ってもらおう。俺もそれなりに稼ぎはあるとは言え、無駄遣いはしたくないし、そもそも自業自得だ。

「今俺が権利保有者だと知っているのは詩乃だけって事か?」

「……はい。ただ……」

「……ただ?」

 どこか申し訳なさげな表情を作る。先ほどの威圧時にも感じ無かったぞくぞくとした悪寒。何かあるのか。

「時間の問題です。この団体員の証には特殊なレコーダーが仕込まれています。プライバシーは認められていますが、基本的に二十四時間音声が送られています」

「ッ!!」

 一瞬殴りそうになり、何とかこらえる。詩乃は俺が腕をふりあげても何も反応しなかった。冷静になれ。今こいつを傷つけてどうする。今詩乃は時間の問題だと言った。つまりまだ大丈夫だと言う事だ。深呼吸を二三度繰り返す。落ち着いた。

「時間の問題ってのはどういう事だ?」

「……私は、貴方に詰問する寸前にレコーダーのスイッチは切りました。私が秋斗を詰問する声は入ってないはずです。でも……私が権利で扉を吹き飛ばした音は入っている。何かあったことはもうばれているはずです。少なくとも十分以内に音声がオペレーターに届く事になっています。そうすれば、証に仕込まれたGPSをたどってここまで増援の権利保有者が来ることになるでしょう」

 何故わざわざ途中でレコーダーを切ったのかはわからない。しかし、俺の音声が入っていないならばまだ可能性はある。俺と彼女の関係は赤の他人ではない。戸籍上は従姉妹だ。赤の他人の家に押し入り、レコーダーを切ったのならばとにかく怪しいが、まだ知り合いなら可能性がある。


「最悪……いや、まだだ。何とかなる。なんとでも成る」

「私の権利はR3です。少なくとも増援はR3以上になるでしょう。秋斗さんの権利に勝ち目はありません」

 馬鹿か。戦うわけがない。それぞれの権利団体間では権利はその能力によってR1からR10まで区分されるらしい。詳しくは知らないが聞いたことはあった。R3ってのは単純に考えて上から三番目って事だ。最低でも詩乃以上、外なら何とかなるかもしれないが、ここでは勝ち目がない。何より被害が大きすぎる。
 ふと、興味が湧いて訪ねてみた。

「もし仮に詩乃が戦ったら勝てるのか?」

「『支配する権利』を解いてくれるなら」

「……冗談だ」

 残念そうに眼を伏せる少女。そう簡単に解くものか。とか言いつつ、一瞬ぐらっときたのも事実ではある。一瞬だが俺は確かに思ってしまった。もしかしたら、彼女なら、詩乃なら、支配を解いても、俺のために動いてくれるかと。幾度もシュミレートした人の支配に比べてもあまりに大人しいが故に。
 慢心は自制しなくてはならない。もはや俺には支配しないという道は存在しないのだ。レコーダーなるものが存在していた以上記憶を消したら余計に怪しくなってしまう。何とか記憶をいじっても齟齬は絶対に生じる。それが改竄というものだ。そして、権利保有者という異能者を相手にした相手にそれが通じるとは思えない。

「俺を訪ねて部屋に着た瞬間に権利が暴発してしまったことにしよう。そしてそれが恥ずかしくなってレコーダーを切った、と……」

「嫌です。そもそも権利とは行使するものであって、行使していない状態で暴発する事などありえません」

「……権利を使ってノックしようとして間違えて扉をふっ飛ばした事に……」

 詩乃が、明らかに呆れたような表情を作った。分かっている。そんなこと相当な低確率でしかありえない。絶対的に無理がある。だが、ありえないの連続で今の状況があるのだ。まあそんなこといっても相手には通じないだろうけど。

「私なら……そうですね。私が挨拶のために部屋に向かっていたら、突然扉が吹き飛ぶ大きな音がした。それに気づき急ぐ私、開いている扉。慌てて駆け込むとそこにはめちゃくちゃな部屋と大怪我をした秋斗さんが」

「無傷だ」

「今から大怪我をしてもらいます」

「……途中でレコーダーを切った理由はどうする」

「……つい?」

 冗談じゃねえ。
 てか、思った以上に意志が残ってるが本当に支配は聞いてるのか? 若干心配になってきたが、気にしている余裕はない。

「後どれくらいで着く?」

「三分くらい」

「……よし、とりあえずお茶いれてくる。適当に座って待ってろ」

 現実逃避するようにキッチンに向かった。適当なカップを出し、急須に安売りしていたお茶っ葉をつっこむ。電子ポットから湯を注げば完成だ。美味しいお茶の入れ方とか知らん。飲めればいいのである。
 とにかくこっちが落ち着いていればなんとかなるだろう。後は詩乃が適当に言い訳をしてくれればいい。俺の権利は行使時のみに力を発するタイプだから、権利行使の残り香は残っていないし最悪詩乃の物だと言い訳もできる。行き当たりばったりで逃げたって捕まることは眼に見えていた。無罪を証明してもらう方がよほどいい。なんだかんだ俺が権利保有者であることを知っているのは詩乃だけなのだ。そこさえ押さえれば……
 その時、唐突に酷い耳鳴りがした。


「しぃいいいいいいいいいいいのおぉおおおおおおおおぉおぉおおおおお!!」


 絶叫。
 キーンという耳鳴り。
 それと同時に、玄関が爆発した。

 土もないのに土煙が盛大に上がる。一体何が起こったんだ!?
 思わず落としてしまったお茶が俺にかからなかったのは行幸といえるだろう。だがしかしそんな事を気にしている暇もない。
 何ということか、居間に戻ってみると引っ越してきたばかりの部屋なのに部屋が半壊していた。ドアが壊れただけだった玄関は何か隕石でもぶつかったかのように完全に破壊されていて、居間にもその傷痕は届いている。間違いなく敷金は戻らないな。酷すぎてその惨状を見てもそんな平和なコメントしか浮かばない。一体俺が何をやったと言うんだ? そりゃ権利は隠していたがそれだけだ。誰にも迷惑をかけたことはないと胸を張って言える。それに比べてこいつらはなんだ。勝手に人の領域にずかずか土足で上がってきて挙句の果てにドアは壊すは部屋は壊すか、これで正義の体現者だと言うんだから笑ってしまう。やってられん。ふつふつと怒りが沸き上がってくるかのようだった。いくら温厚を自負している俺でも切れる時は切れる。
 爆心地からムクリと赤い影が起き上がる。詩乃とは違う赤色の制服。意匠は同じだが色は違うのは階級差からか。瓦礫に塗れていまいちわからないが、その腕には辟易とした顔をした詩乃の姿が見えた。


「しぃいのおおおおおお、大丈夫!? 大丈夫!? 何処か痛いところない!? 何があったの!? 急に通信が途切れるなんて心配で心配で夜も眠れず食べ物も喉を通らず……」

「ッとおしいですッ! 怪我はないです今先輩が何も考えずつっこんで来たせいで逆に傷ついたくらいです!」

「そーんーなーR3の詩乃がこの程度で傷つくわけないでしょ!」

「……いや、心とか内面的な何かが色々……」

 漫才をやってる二人の前に呆然と立つ俺。今も酷い有様だ。テーブルやらクローゼットやらが半壊。そして全ての物がしっちゃかめっちゃかになっていた。片付けるのに相当かかりそうだ。今日は何処で寝たらいいんだろう。

「誰……?」

 赤い制服の女――赤服が初めてこちらを見る。
 詩乃に向けていた安心したような笑顔とは打って変わって胡散臭い物でも見るかのような顔だ。まあそれも当然。俺のそれを見る目も同じようなもんだろう。

「住人だ」

「……住人? 詩乃、彼は?」

 こちらを何やら伺う詩乃に頷き返す。
 登場時のテンションはやたら高かったが、まだ詩乃よりは話ができそうだ。少なくとも初っ端から権利をぶっ放したりはしていない。


「私の従兄弟でここに住んでいる白川秋斗さんです。秋斗さん、この人は私の先輩の……」

「赤石神無です! いやぁ、君が白川君か。詩乃から話は聞いてるよ!」

 は?
 ぎらぎら輝く眼。だがその中の感情は決して負の感情ではない。むしろ逆だ。面白い物でも見つけたかのような興味津々な瞳に怒りが消えかける。なんだコイツ、おかしい。それに話って何だ。

「あ、ええ?」

 そんなこんなで、俺は半端な返答しか出来なかった。
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