第四十五話:黒紫色の理想

「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

 狂ったような笑い声が大聖堂を満たしていた。
 ただの哄笑のはずなのに、まるで魔法のように誰も声を出せなかった。
 首のない魔物から血が噴水のように上がり、その漆黒の髪を濡らす。

「あーっはっはっはっはははははははははははははははははははははははははは」

 突如乱入してきた化物はすでにその生命を失っている。
 そして、それを成した少女も凄まじい身体能力であっという間に姿を消した。

 元凶は既にいない。いや、いたとしてもこの狂気の前には何もかもが霞んでしまっただろう。
 黒を塗りつぶす黒。闇を食らう闇。
 人類が生み出した聖域も、その狂気の前に為す術もなく、それを止めるべき手段を私も知らなかった。

 生きとし生けるものすべてが固唾を飲んで見守った。

 しかし、どんな状況でも時は決してその歩みを止めたりはしない。

 狂気の始まりは唐突故に終わりも唐突。

 哄笑はなんの前触れもなく止まった。
 まるで何かをこらえるかのように顔を抑え、狂気の主、シーン様がこちらを振り向く。
 いつも黒曜石のような漆黒の瞳が、今はどこか紫がかった黒色に変わっていた。

「シルク、俺の完敗だ。帰るぞ。クリア、貴様の偵察の任を解く。可能な限り早く始末をつけルートクレイシアに帰還せよ」

 つぶやくと同時に今まで見たことがないほど膨大な魔力がシーン様の身体から溢れだした。

 完璧に計算された精度で構築されたはずの聖域の魔法陣が一瞬歪み、その上から漆黒の魔法陣が白を塗りつぶすように顕現する。

 転移の魔法陣――

「お待ちください、シーン様。会合はまだ終わっておりません。ここで帰られては誤解が広がる事になります」

 そう。このまま帰ったらルートクレイシアの国際的な立場は非常に危うい事になる。
 突然会合に紛れ込んできた魔物に、それの首をはねて消えたルートクレイシアの同行者。怪しい。子供だってわかる。真っ黒だ。ましてやシーン様の評判はただでさえ悪いのだ。
 まして今回の事件は――説明できるかどうかは別として、おそらくシーン様の意図した事ではない。
 実際に黒であるのを白に変えるのは非常に面倒だが、今回はこちらは……多分白だ。ただ黒に見えるだけの白。
 シーン様が帰還するというならその意思に従おう。
 だけどせめて少しでも釈明をしてから帰還すべき――
 なんとかかろうじて忠言した私の言葉を、シーン様は鼻で笑って答えた。


「病欠で」







第四十五話【反省と改善策の話】







「ああ……戻ってきてしまった」

 何をやっているんだこいつは。
 何か打ちひしがれるように膝をついて俯くシルクに、俺は心底嘲りの視線を投げかけた。場所はルートクレイシアの館の一室、俺の執務室の机の上である。
 がっくりうなだれるシルクを見下し、数日離れていただけなのに妙に懐かしい自室を見回して、俺は一度大きく息をついた。

 これからの対応策を立てなくてはならない。

 先ほどまではうるさい程になっていた心臓は今はまるで停止しまっているかのように静かになっていた。
 スイッチの切り替えの速さは君臨者として当然のスキルである。じゃないと、数多の愚鈍な民から上がってくる各種の問題に対して冷静に対応することなんてできやしない。

 状況は想定を遥かに上回る妙な事態になっているが、最悪ではない。

 目下のところの大きな問題点の一つはKilling Fieldが暴走していなくなってしまったことだ。

 手を握って確認するが、彼女を縛っているはずの術式も消えてしまったようだった。
 Killing Fieldのチョーカーには場所を探知する術式が組み込まれているはずだが、それも動作している様子はない。

 全くもってお手上げだ。何がスイッチなのか検証が必要だが、伊達にエラーを名乗っているわけではないらしい。
 彼女の事をただ可愛くて高レベルでどんなプレイにも耐えられるお人形だと思ってた俺の完全な落ち度だった。
 彼女には俺の生命力の九割九分を注ぎこんである。どんな方法を使っても取り戻さなくてはならない。
 残り少ない余生の間だけでも奉仕してもらわないと割りに合わない。

 もう一つの問題は……これは大して大きな問題ではないのだが、俺の戦闘能力が落ちているらしいことである。
 悪神なるバグに身体能力ではかなわなかったばかりか、十八番である虚影骸世が効かなかったのは俺としては早めに潰してしまいたい恥だった。
 たとえ聖域でその威力が半減されているとは言え、かつて魔王の名を名乗ったものとしては甚だ不愉快だ。このまま放っておいたらプライドに傷がつく。
 思えば、今の俺にはグラングニエル族の一員としての種族補正とも呼ぶべきものがない。周囲が弱すぎて忘れがちではあるが、昔と同じような魔術の運用方法では問題が現れるのは当然だったのだろう。
 かと言って運用方法をこれから考えるのは面倒臭い。
 もっと手軽に戦力を強化すべきだろう。そう、武器。武器がいい。獣の類には存在しない人間としての知恵だ。
 俺は今まで魔法使いなのに剣だのナイフだの刃物系ばかり使っていた。刀剣類ではほとんどの場合魔法の威力が上がらない。
 今まではそれでも大体一撃だったので良かったが、これからは杖の一本でも持つべきだろう。

 そこまで考えたところで、シルクはようやく俯いていた顔を上げた。
 目が泣きはらしたように真っ赤だ。目の下に隈のようなものも見える。髪はあまりのストレスで真っ白に――いや、元々白かったか。

「どうした?」

「……シーン様、ご提案なのですが、私だけでも先ほどの大聖堂に転移させていただけませんか?」

「は? 何言ってるんだ。何か忘れものか?」

 シルクが全く覇気の欠片もないような声で答える。

「……ええ、ちょっと一国の代表としての尊厳を……」

「……ふむ」

 何を言ってるのか本気でよくわからなかった。
 シルクは愚かだが、それでも無意味な事をつぶやくほど愚かではない。その言動には意味があるはずだ。
 俺はシルクの言葉と先ほどの大聖堂の風景を頭の中でゆっくり噛み砕いた。
 愚か者の考えを知るには自分の頭脳レベルをその程度まで落とさなくてはならない。
 たっぷり数十秒かかったが、ようやくシルクの言動の意味を理解した。

 ……なるほど

「ああ、なるほどな……わかったぞ、シルク」

「え? じゃ、じゃあ……」

 頭一つ分背の低いシルクの視線に合わせるように腰を落として、くしゃくしゃっとその銀髪を撫でる。

「え? ……ええ? しーん様、何ですか、いきなり?」

 シルクの蒼白だった顔にかすかに赤みがさす。
 できるだけ優しげな微笑みを作り、

「シルク、お前疲れてるんだよ。だからそんな変な考えが浮かぶんだ。許可する。ゆっくり休め。明日までのその目の下の隈を消すんだ。可愛い顔が台無しだ。美人じゃないシルクなんて価値ないぞ」

「……全然……全然わかってないじゃないですか!」

 シルクが先ほどよりも疲れがたまったようにがっくり肩を落とした。
 主人から身体を慮ってもらってそんな態度を表すなんてできてない部下だ。

「どちらにせよ大聖堂には戻せない。忘れ物ってなんだ? 金ならある。大抵のものなら買えるだろ」

「だから……一国の代表としての尊厳を……」

「金ならある」

「…………」

「その一国の代表としての尊厳とやらがどの程度重要なものなのか知らんが金ならいくら使ってもいい。失ったならば買いなおせ」

「……どうしろと」

 今度は頭を抱え始めたシルクの中には、先程の忘れ物とやらがよほど重要なファクターを占めているらしかった。
 人の手に抱えられるものは少ない。それがシルクのような凡人なら尚更だ。分をわきまえることが大切だと何度教えてもこいつは理解しないな。

「買い戻すために必要な予算は後で書類にまとめて提出しろ」

「……わかりました……非常に、非常に難しいですが、考えておきます。で、その間シーン様は何をなさるのですか?」

「俺か? 俺はな――」

 俺は転送魔法で一緒に連れてきた足元に転がる黒い人形をつま先で強く蹴りつけ、事も無げに言い放った。

「こいつの解剖だ。ちょっと調べたい事があってな」

 こいつは危険だ。
 戦闘能力はともかく、Killing Fieldが意思を取り戻したのには確実にこいつが関係している。
 不確定要素とやらはできるだけ早く潰しておかねばならない。潰さぬうちは安心してKilling Fieldの捜索に力を使えない。

 今回の数少ないメリット。不確定要素たるバグを生け捕り(多分死んでるけど)できた事だった。
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