第四十六話:黒紫色の理想

 世界のバグと言うものは本当に不可思議なものだ。
 理屈が全く通じない。この世の外側からもたらされたかのように、この世界の法則に反している。
 唐突に現れ状況をめちゃくちゃにする。ご都合主義よりなお悪いだろう。
 映画のフィルムの途中に全く関係のないコマが割り込んだようなもんだ。ストーリーがめちゃくちゃだ。整合性が取れない。
 ラスボスがストーリー無視して唐突に天からの光に撃たれて死んだら誰だって文句言うだろ。
 デバッグさぼってんじゃねーよ。
 世界観を大切にしろ。

 かつてKilling Fieldを召喚した地下室に悪神の死体を引きずってきた俺は、その存在を初めて近くで観察した。

 まあ文句は色々あるが、問題はその存在自体ではなくその存在が俺にとって益あるかどうかというただその一点だった。

 使えるものはなんでも使うし、使えないものはこの世界から退場していただく。

 死体を担ぎ上げ、両腕を壁から生えている鎖で吊り下げる。Killing Fieldも獣娘も引きちぎれなかった特別製だ。そうそう壊れる事はない。
 だらっと吊り下がるその死体にスキルレイをかける。


 世界のバグerror-07<悪神>
 BreakenWindow
 LV:950
 出現条件:

 周囲の人間の『徳』パラメーターが-10000以下
 それらの徳をリセットする事と引換に発生

 特性:
 悪意により成長する

 状態:死亡


 徳……徳、ねえ。
 先日スキルレイで読み取った時はそれどころではなかったが、よく考えたら不思議な言葉だ。
 そもそも徳ってなんだ? パラメータにはそんな値は存在しない。
 一般的に言うと社会性、道徳性などが高いと徳があるなんて言われるが……正直道徳なんてのは種族によっても違いが出るし、なんというか、もやもやして気持ち悪い。
 出現条件を見る限りだと徳とやらの値が-10000を超えると出るみたいな説明になっているがどういう原理なのだろうか。
 まぁ原理なんてのがあるかどうかがまず不明だが……

 そこで、スキルレイで現れた文章についての考察を一旦打ち切り、そっとその身体に触れた。
 ひんやりとした肉感。何か黒いもやがまとわりついているが、肉質的には人間と等しい。衣類は着ているが防具のようなものは纏っていない。
 そしてやはり男だった。

 俺は目の前の肉体を"検証のため"ばらす決意をした。







第四十六話【トラウマと瞳の奥の怪物の話】






 朝から断続的に鈍い振動が屋敷を揺らしていた。
 強靭な結界に頑強な建築構造。防音材で作られた壁はしかし振動の前に何の意味も持たない。
 公爵の屋敷として立てられたはずの屋敷は本来ならそうそう揺れるなんてことはないはずだ。
 一体何をすればこうなるのか、揺れるたびに浮かぶ疑問に答えてくれる人はいない。

 震源は地下室だ。
 シーン・ルートクレイシアが帰宅してすぐに引きこもってから、記憶が正しければ3日経っていた。
 昼夜問わず響き渡る振動にそろそろ限界が訪れつつある。もちろん文句を言う勇気はないけど。
 最近の日課である沐浴を終え、私は割り振られている自室に急いでいた。
 あまりのろのろしているとシーン・ルートクレイシアに見つかってしまう。そうなると、また面倒なことになるだろう。
 
「やってますねぇ……」

 その途中で、洗濯物を運んでいたハウスメイドの少女があげたのんびりとした声がふと耳に入ってきた。

 抹茶色のショートカットヘアの目鼻立ちの整った少女だ。
 人懐こそうな目つきに、髪と同色の瞳。前髪は左右非対称に瞼にかからない程度に切りそろえられている。
 美人じゃない少女なんてこの屋敷には存在しないが、それでも随分と美しい娘だった。
 ハウスメードの証である白いエプロンに紺色のシャツ。
 この屋敷では、文官と武官とハウスメードにはそれぞれ特定の制服が割り当てられている。
 格好が同じなので、顔で見分けるしかない。

 私は立ち止まり、ニコニコこちらを向いて笑っている呑気そうな少女の瞳を見つめた。

 ……駄目だ、何度考えても名前を思い出せない。
 そもそも、こんな……人間いただろうか? 
 一瞬ふと疑問が浮かんだが、すぐにその思考をかき消した。もともとこの屋敷は人材の入れ替わりが非常に激しい。またシーン・ルートクレイシアがどこからか攫っ……連れてきたのだろう。

 仕方なく、スキルレイを使用し、名前を読み取った。
 
「そうね。一体何をやっているやら……」

「八つ当たりみたいですよ。先ほど食事を届けに行ったら壁に貼り付けにされた死体に色々やってました」

 顔色一つ変えずににこにこしながら答える。
 この娘……地下室まで食事を届けに行ったのか。怖いもの知らずと言うか……職務なのだろうが、私だったら絶対できない。
 のんびりした声色、表情とは裏腹に度胸があるらしい。
 もう立ち去った方がいい事はわかっていたが、ついつい好奇心が刺激されてしまった。
 少女の纏う気配が穏やかなものだったせいだろうか。

「色々って……?」

「聞かないほうがいいですよぉ、クリステル・フリージア"様"」

 表情は変わらないまま、緑の虹彩がきらりとその奥に僅かな光を灯した……ような気がした。
 ぞくりと背筋に震えが奔る。何かとんでもないものを踏んでしまったような錯覚。しまったと思った時にはもう遅かった。
 楽しげな口調で少女が続けた。

「"貴女がシーン・ルートクレイシアにされた時の事を思い出してください"」

「……えっ!?」

 瞳の中に映った私は、呆然と少女の瞳を見ていた。
 あやすような少女の言葉がすっと脳の中に入ってくる。
 それがキーワードだったかのように、唐突に脳内で爆発――フラッシュバック起こった。
 脳内にあの時の情景が鮮明に駆け巡る。


 無邪気に笑う妹(ナリア)

 強制的に開かれる脚

 ジロジロ舐めるような視線を身体に這わせるシーン・ルートクレイシアの笑顔


「っ……な……に……」

 頭の中にナイフを突き入れられているかのような激痛
 忘れようと努力したはずの情景。立ち直りつつあった絶望の記憶が小さな光の粒の奔流となって脳内を蹂躙する。
 目の前が真っ赤に染まる。肩から、脚から力が抜け、身体が崩れ落ちる。指一本動かせなかった。
 その様子を、しょうじょは、たのしそうにみて……い……る

 なぜ……それを、しっている。

 ぐちゃぐちゃになる思考の中、私はその時奇妙に確信した。
 目の前の少女がこの屋敷にいるべき存在じゃない事に。
 先ほど抱いた疑問は正しかった。こんな女、私は知らない。

 ルートクレイシアは魔境であり、同時に魔物が跋扈する要塞である。
 外から攻略する術はないに等しい。シーン・ルートクレイシアには隙があるが周囲にはその隙を埋めるだけの戦力が常に存在する。
 だが、内部からは果たしてどうだろうか。
 もし彼に極親しい少女が命を狙ったら――

 果たして彼はまともに対応できるだろうか?

「ふむふむなるほどぉ……立ち直りつつあった、という事ですか? 私なら絶対に無理ですけどねぇ……そんな目に合うんだったら死んだほうがましですぅ」

 からかうような間延びしたような声。
 反射的に身体を動かそうとするが、精神を汚染する記憶は指先一本動かすことを許さない。
 私にできる事は、強制的に蘇る記憶に身を浸すことだけだった。


『いい子だ、ナリア。そのまま服を脱がせろ』

『くっく、どうだ、クリステル。大切な、妹に、脱がせられる気分は。嬉しいか? 嬉しいだろ。ああ、そうだろう』

『優秀な妹を持って幸せものだなぁ、羨ましい、実に羨ましいぞ、クリステル。ナリア、そのまま動きを封じておけ。そうだ、腕を後ろに組ませるんだ』

『なんだそんな叫び声を出して。そんなに嬉しいのか? それとも、唇を塞いでほしいのか? それじゃあ……なにで塞いででほしい?』

『ああ、美しい、何て美しいんだクリステル。エルフの存在を知らなかったのは俺にとって最大のミスだ。え? ああ、ナリアも可愛い、可愛いから。ナリアは大きくなってからな。いいからそのまま動きを封じておけよ』

『余すとこなくその身体を見せてもらおうか。ああ、ナリア。脚を開かせろ。ゆっくり。そう、ゆっくりだ。傷つけるなよ』

『クリステル、お前が死んだらナリアを犯す。まだチビだし若すぎて好みじゃないができない程じゃない。そうだ、自殺なんて考えるなよ。そこ、喜ぶな。姉を殺そうとするな』


 見たくない。見たくないのに、目の前にはまるで映画のように情景が回っていた。
 痛みで何も考えられない。考えられないのに、その情景だけは妙に鮮明だ。
 緑の少女が私の事を不思議そうに見下ろす。

「耐えますねぇ、クリステル・フリージア。貴女がこの屋敷で一番のトラウマを持っていたはずなのに……。いや、もう聞こえていませんかぁ?」

 朦朧とする意識の中、最後の光景がフラッシュバックした。


『ああ、どうも素直じゃないな。もう面倒だ。無理やり犯してるみたいでどうも気分が乗らん。どけ、ナリア。クリステルに、忠誠を誓わせてやる』


 シーン・ルートクレイシアの瞳がゆっくりと私の瞳を覗きこむ。
 その色は、いつもの、漆黒ではなく、紫がかった、黒紫色に、輝いて、いた。













「……あれぇ? なんかクリステル様、顔が赤く……」

 気がつくと、フラッシュバックはその光景を最後に終わっていた。
 あれほど身体の自由を奪っていた頭痛も綺麗サッパリ消え去っている。
 残ったのは脳内に焼き付いたフラッシュバックの最後の映像――黒紫に輝くシーン……様の瞳の色だけ。
 まだ力が入らない腕を床につき、なんとかふらつきながらも立ち上がる。
 顔が熱い。身体も熱い。心臓の音が痛いほどなっているのを感じる。

 予想外だった……はずだ。だが、緑の少女はまだ笑みを絶やさない。

「……なるほど。それがシーン・ルートクレイシアの秘密です、かぁ。おかしいと思ったんですよ。あんなに好き放題やっているのに領内の評判は悪くない。何と恐ろしい、何とおぞましい。"クリステル・フリージア様。肉体を蹂躙され、意思を奪われ、今の気分はどうですかぁ?"」

 もう少女の声は私に届かない。
 頭の中に焼き付いた黒紫の瞳が意思を満たし、そして蹂躙する。
 ああ、何とおぞましい。わかっていても逆らえない。あれは、魔眼だ。

 ああ、何で私は。

 あんな目にあったのに。

 何で私はシーン様を許してしまえるのだろうか。

「……貴女にはシーン様の所に一緒に来てもらう。何が目的だか知らないけど、逃げられるとは思わない事ね」
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