第四十八話:黒紫色の理想

 リトリ・サダニウムスは内心焦っていた。

 リトリ・サダニウムスは生まれ持った心を読む眼の力を過信していた事に気づいた。
 そして、残念ながらそれを懺悔する間も残っていない事にも。

 心を読む魔眼。
 その単語に恐怖を抱かないものは"本来"いないだろう。
 どんなに清廉潔白な人間でも、最低でも一つや二つは他人に知られたくない秘密があるもんだ。
 戦闘においても、私生活においても、自分の優位性を確保するのにこれほど便利な力はあるまい。
 緻密に立てられた策も、堅牢に守られた機密も、その眼の前では何の意味も持たなかった。今まではそうだったし、これからもそうだと考えていた。

 その過信が、本来の人間に備わって然るべきメンタル的な強さ――素の心の強さを鍛える妨げになっている事など、愚かなリトリ・サダニウムスはまったく気づいていなかった。

 目の前の少年を見る。
 黒髪黒眼。年は自分よりも一つか二つ下だろうか。だが、とてもそのようには見えない。
 見ただけで吸い込まれそうになる瞳にすっと通った目鼻立ち。
 そしてその身から出る溢れんばかりのオーラは、おそらくまだ見たことがないが、英雄とはこういった気配を纏った男の事を言うのだろうと感じられた。

 一目見た瞬間に気づいた。自分ではこの男には敵わない、と。
 本能で感じられる。存在の格が違うのだ。
 たかが心を読めるだけのちっぽけな女に何ができようか。 

 噂では聞いていた。
 シーン・ルートクレイシア。ルートクレイシアの神童。悪魔殺しの英雄。

 リトリ・サダニウムスの不幸は心を読まれてもなんら意に介さない高潔な精神を持った者に今まで出会えなかった事だった。
 そして、逆に幸運だったのは、この場でその類の人間に出会えた事だろう。これが死地だったら死んでいたが、シーン・ルートクレイシアに殺意はない。

「…………」

「何か?」

 黙っているリトリ・サダニウムスをシーン・ルートクレイシアが面白そうに見つめる。
 わかっていた。シーン・ルートクレイシアの望みはさっきからわかっている。
 シーン・ルートクレイシアの望みはリトリ・サダニウムスの心と身体、そして魂だ。

 英雄は色を好むという。

 先ほどからシーン・ルートクレイシアの視線はリトリ・サダニウムスの身体をじっくるねぶるように這いまわっていた。
 頭の先から始まり、眼、鼻、唇、顎、首元、肩、胸元――

 隠す気配もないそれはもはや視姦に近い。
 見られているだけで身体が熱くなってくるほど熱烈な。

 そして、それが初めほど嫌ではなくなっている自分に気づき、そして愕然とした。

 心を読み取る力を持つリトリ・サダニウムスにとって、男性とは――リトリ・サダニウムスの容姿が一級だった事もあるのだが――挨拶するだけでこちらに性的な視線を向けてくる無礼な存在でしかなかった。

 故に、今まで恋と呼ばれるものをしたことがない。
 自分に獣欲を抱き、尚その意思をこちらから隠そうとするその所業はリトリ・サダニウムスから見れば草木に擬態して獲物を狙っている昆虫のようにしか見えなかった。 逆に、ストレートに性欲を向けてくるシーン・ルートクレイシアの方がリトリ・サダニウムスにとっては非常に好ましかった。

「あの……一つだけ、いいですかぁ?」

「言ってみろ」

 どっちみち、リトリ・サダニウムスの敗北は決定している。それは自分でも気づいていたし、それ以上にシーン・ルートクレイシアは気づいているはずだ。その証拠に先ほどから一度足りともその余裕を崩していない。
 後は道は二つに一つ、強制的に力づくで組み伏せられ、処女を散らされるか、自分から望んで新生の英雄にその身を捧げるかだ。
 
 手が震える。顔が蒸気する。

 どくん、と心臓が大きくなった。

 どうしよう。強制的にってのも魅力的ですよねぇ

「人の心の中勝手に創造しないでもらえますかぁ? そんな事これっぽっちも思っていませんからっ! てか無駄に器用ですね……ほんっとうに最低ですぅ」

「ちっ、惜しい……」

「ぜんっぜん惜しくもなんともありませんからっ!」






第四十八話【最強の弱点の話】






 俺にはリトリが何の自信を持って俺よりも強いなんて言っているのかさっぱりわからなかった。
 長年の試練で研ぎ澄まされた本能は目の前の少女から全く何の脅威も感じていなかった。

 俺にはリトリが強敵にはとても見えなかった。

 俺にはリトリがただ抱かれるためにわざわざ敵という大義名分を引っさげてやってきた恥ずかしがり屋の少女にしか見えなかった。
 そんな事言わなくても一言抱いてくださいと言えばいくらでも抱いてやるのに。リトリほど美人なら至高の美食家としても有名な俺からしても大歓迎だ。

「……貴方の頭の中は一体どうなってるんですかぁ? さっきから抱く抱くばっかりですよね。もっと、こう、生産的な事を考えるべきだと思いますよ? 統治者として」

 いい悲鳴を上げそうな声でリトリが言う。
 余計なお世話だ。それにあくまで生産性という意味ならいい線言ってると思う。

 俺は心の中で舌なめずりした。

 バグの解体を初めて3日。シャワーは浴びているが血を浴びすぎて血の臭いがさっぱり取れない。そして、血の臭いのせいで気がたっていた。
 リトリの方に一歩踏み出す。それでもリトリは微動だにしない。

「……ほんっとうに予想外ですよぉ。ルートクレイシアの領主がこんな人間だったなんてぇ。本当に最低……」

「最低で結構。争いは同程度の者の間でしか起こり得ない。たとえ思考が読めても俺の高尚な思考が理解できるわけがない」

 じりじり詰め寄る。
 リトリが気迫に押されたように一歩後ろに下がった。
 クリステルが戦々恐々といった様子でちらちらとこちらを見ている。心配しなくても、後でご褒美やるからな。

「覚悟はできたか? リトリ・サダニウムス。楽しい遊びを教えてやろう」

「……魔眼で私を洗脳するつもりですかぁ? 無駄ですよぉ、魔眼は魔眼で耐性(レジスト)がかかるって知ってましたぁ?」

 魔眼?
 何の話だ。俺は今まで魔眼なんて物騒なもの持ったことないし使ったこともない。
 何を勘違いしているのか知らんがまあいい。
 同意の有無なんてさほど問題ではないのだ。

 と、その瞬間、何が起こったのか、その瞬間、リトリの表情から初めて笑顔が消えた。
 先ほどまでかろうじて残っていた引きつるような笑顔が消えて、その表情が初めて別の感情を作る。

 その表情は――戸惑い

 何がその精神を揺さぶったのかわからない。
 その隙を逃さず距離を詰め、右手を取った。

「っ……しまっ……あ、あまり近づかないでもらえますぅ? "貴方統治者として恥ずかしくないんですかぁ? か弱い女の子にこんな強引な真似して"」

「強がるなよ。魔眼なんてものなくても俺にはリトリの考えがわかるぞ。"思う存分好きなだけ犯してください、今までのご無礼の代わりに心も身体も全て差し上げます、シーン様"だ。違うか?」

 飛んできた精神攻撃は強靭な俺の精神の前では何の役にも立たない。
 ひ弱な抵抗をねじ伏せる。

 思考を読む力というのはもともと戦闘向けの能力じゃない。
 よく思考を読んで剣を避けたり魔術を避けたりなんて描写はあるが、そんな事が可能なのは思考の読み取りじゃなく未来予知の類である。
 普通人間は剣を振るときに今からこの剣で袈裟懸けに切りつけますよーとか考えたりしない。
 そんな事を考えていたら反応が確実に遅れるからだ。一太刀一太刀考えて攻撃なんて脳筋な剣士がするわけがない。
 まだ無闇矢鱈とがむしゃらに剣を振っていったほうがマシである。

 身じろぎするリトリを力づくで壁に押さえつける。
 筋力は予想通りそれほど鍛えていないらしく、力はクリステル並だ。クリステル程怯えていないのはさすがと言ったところか。

「さーリトリ・サダニウムス、抵抗してごらん。俺の聞き間違えじゃなければさっき、俺より強いとそう言ったな。それを証明してみせろよ。リトリ・サダニウムス」

「……シーン様ぁ、手を離してくださいますぅ? 私としては、示すにやぶさかじゃないんですけどぉ、主から言われているんですよねぇ。今日は顔を見るだけだと、手を出してはいけないと。"シーン様ぁ、人間を舐めていると、貴方、死にますよぉ?"」

 俺の言葉に、リトリが身じろぎをやめた。
 にやにやしながらリトリがはっきりと宣言する。先ほどまで震えていた手からも震えが消えている。
 見事だ。
 はったりかどうか難しい所だ。こちらの思考は向こうにも漏れている。

 先ほど俺は思考を読む能力が戦闘向けではないといった。
 だが、もちろんないよりはあったほうがいい。
 剣の応酬についてはほとんど役に立たなくても、相手が魔術師ならどのような魔術が来るか判断できるし、戦略や作戦などもばればれだから先手を取れる可能性が格段に上がる。

 だが、それにも増して厄介なのが心理戦に対して使用される事である。

 実はかつて魔王時代、部下の魔族の中にも魔眼ではないが、心を読む特性を持った魔族がいた。
 そいつらは肉体的には貧弱極まりなく、魔力も低かったが代々魔王軍の中でも重用されてきた。
 奴らは生まれついての諜報の達人だ。才能とか知識とか経験とか関係なく、特性だけで秘密を洗いざらいにできるその力はわりかし本能で動く者が多い魔王軍にも効果的だった。あくまで戦闘能力は低いから色々調べてもらった後に口封じも簡単にできたし。

 そいつら曰く、心読の極意ははったりらしい。

 心理戦は身体能力も魔力も必要ない。必要なのは言葉と何を言われても本心を表に出さない度胸だけだ。
 例えば、リトリ・サダニウムスは先程俺に向かって自分の能力をばらした。事前に魔眼を知っているかの確認までしておいて、である。
 あの言い方だと、まるで俺が脳内で犯すのに本当に我慢ならなかったかのように聞こえるが、真実がそうでない事は想像するに難くない。一見他者に知られては効果が半減するように見える心読の魔眼も、その効果をばらすことによって他者の精神状態に制限をかけるという意味がある。

 例をあげよう。

 先ほど剣士は考えて剣を振っていないから思考を読んでも意味が薄いと言ったが、たとえばその剣士がその戦闘の直前に敵から心を読める事を宣言されていたとしたら……いくら脳筋剣士だとはいえ、果たして何も考えずに剣を振れるだろうか?
 答えは否だ。
 常日頃から普通にやっている事だが、精神が揺さぶられる事により自然とやっていたその行為を意識してしまう。その結果、考える。考えてしまう。考えまいとして考えてしまう。そしてその隙を能力者はつくのである。その葛藤を破れるのは俺のような鋼の精神を持った者だけだ。

「色々考えてますねぇ。"さすがに今は、私を犯す余裕は、ありませんかぁ? ねぇ、シーン様ぁ?"」

 俺は左手をリトリの顎に添え、リトリを上に向かせた。その翡翠のような瞳を覗きこむ。
 一見嘘を言っているようには見えない。眼を見れば嘘をついているかどうかはわかるもんだ。先ほどのリトリの脅し文句をもう一度脳内で噛み砕く。
 見た目からすると、リトリはそれなりに鍛えてはいるが俺と比べたら圧倒的に弱者だ。俺は愚かアンジェロにも敵わないだろう。
 だが、こいつは戦闘要員じゃない。ジャンルが違う。比べるべき単位が違う。

 正直、今ここでリトリを犯さなくてはならない理由はない。確かに美人だが、クリステルやルルと言った天性の美少女エルフがこの屋敷には一ダース以上いる。ありとあらゆる対策を立て、準備した上でもう一度捕縛して犯せばいい。じっくりたっぷりと。

 俺は左手を下にゆっくりと下ろした。

「リトリ、俺が何を考えているかわかるか?」





「……む、むね、けっこうあるなぁ……ですね?」

「正解だ。その魔眼、本物だな」

 下唇を噛んで貼り付けるかのような笑みを浮かべてリトリは何かをこらえるように、左手で胸をもにゅもにゅもんでる俺に言った。

 よく考えてみれば、俺は正直自分の命なんて比較的どうでもいいのだ。

 もし死んだらもう一度転生すればいい。もともとKilling Fieldに生命を捧げて三十年しか残っていない命、どうしてリトリのような美少女と天秤にかけられようか。
 俺は愛する女のためなら死んでもいい。

 真っ赤になって涙目で身体をわななかせながらリトリが最後に尋ねた。

「わ、わたし……これから、どうなるんですかねぇ? シーン様ぁ?」

「読んでみろ」
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