第四十九話:黒紫色の理想

 燭台の上で、黄色の炎がゆらゆらと揺れていた。

 石造りの巨大な部屋だった。対象が人であったならば、文字通り数十人、数百人を収容できただろう。
 だが、決してこの部屋の使用者は人間ではない。果てが見えないとてつもなく巨大な天井に、数十メートルもの大きさの巨大な扉を見れば、本来の住人がいかなるサイズの生き物か予測できるだろう。

 部屋は大きく分けて4つのエリアに分かれていた。

 一番大きなエリアは中央のほぼ全域を占めるエリアである。このエリアに特に真新しいものはない。玉座にも似た頑丈そうな椅子が一定間隔で並べられているだけだ。

 次に大きなエリアは、部屋の後方に位置していた。このエリアは一目で特異なものだとわかる。
 そのエリアは黒い"水"で満たされていた。と言っても水槽があるわけではない。下に巨大な池が広がっている、と表現すべきか。区切られた敷居の中で静かに揺れるそれは暗闇で見るとまるで奈落のように見えた。当然、そのような舞台装置を作るのは並大抵の努力ではなかったはずだ。その池が、地下水路を通って遠く外の川、海と繋がっている事を私は知っている。でなければ、冷酷で悪辣で愚かな昏き深海の隣人が大陸の中央に位置するここまでやってこれるわけがない。

 三つ目のエリアは、部屋の前方にあった。
 そのエリアで特筆すべきものは、巨大な十字架ーー我らが王への忠誠の証だ。十字から放たれる幾千年経て尚絶えぬその闇の波動はまるで我々に無念をはらせと語っているかのようであった。

 そして最後のエリアは部屋の上にあった。
 果てが遠く見えぬ天井。そこに張り巡らせられた|鋼線《ワイヤー》こそがその正体だ。様々な色で張り巡らせられた鋼線はそれぞれがかなりの重さを釣り上げていられるという代物だ。プラスで重量軽減の魔術がかけられていて、大抵の重量のものは吊り下げる事ができる。それでも耐えられなかったらその時は……諦めるしかない。頑強で無常な気高き空の支配者も文句は言うまい。

 この部屋を作り上げた三千年近く昔に生きた同胞には頭が上がらない。


 所は魔族領中央内部王の地グラングニエル城

 魔族の聖地である。







第四十九話【捨てられし者達の話】









 十字の元に跪くようにして、闇色の冠を被った数メートルの大きさの人骨ーーナイト・スケルトンのハロルド・シチュアート卿が宣言した。

「えー、それではこれより、第三千十六回、大邪神死弩・グラングニエルのファンクラブオフ会を開催する」

 瞬間、建物全体が震えるような歓声が部屋中を満たした。
 天井の鋼線に座っていた竜の|咆哮《かんせい》に、LVが600未満だった霊魂系魔族の出席者が|吹き飛ぶ《じょうぶつする》
 吸血鬼がキーキーと超音波を撒き散らし、フレイム・ジェルーー炎を核とするスライムの一種が、その核の炎を大きく燃え上がらせる。

 あれほど巨大だと感じていた王の間は、今や満員御礼だった。人口密度が高すぎる。いや、密度事態は低いのだが巨大な本体を持つ魔族が人化の術も使わずに入っているのですし詰めという言葉が相応しい状態になっていた。出席者過剰で廊下にまで溢れ出ている。中には混乱のあまり合わない|環境《フィールド》に入り込んでしまい、失神しているものまでいて、運営を任されている|影の騎士《シャドーナイト》はその薄っぺらい本体を必死になって動かし、けが人や死者を救出している。

「静粛にせよ、皆の者」

 しかし混乱は、司会を務めるナイト・スケルトンの一言で徐々に収まっていった。

 ファンクラブ規約第一条:上位者に従うべし

「たかが一アンデッドの分際で偉そうに……」

 隣の玉座に座っていた豚ーーオークがボソリと不満を零す。

 ファンクラブ規約の上位者とは、ファンクラブの会員番号の若い者の事を指す。そして、当然ながら寿命がある普通の魔族よりも生命のないアンデッド系魔族の会員番号の方が若い。特にハロルド・シチュアートは魔族の神、死弩・グラングニエルが生存していた頃から生きていたという伝説級の骨だった。アンデッドは生きていればそれだけで自動的にLVが上がっていく便利な種族なので、その力も伝説級のはずだ。
 アンデッド何かよりも自分の方が、と考えているものも多いが、年長者のその口から出る講話は若輩の多種族にとっては非常に興味深く、今日の今日まで誰もが思っていても下克上はなされていなかった。

 まぁその伝説も今宵新たな伝説に塗り替えられるかもしれないが……

「それではいつも通り、司会は言霊のプリュスにやってもらおう。プリュス、いつも通り任せたぞ」

「はい、ハロルド様」

 ハロルド卿が骨でできたマイクを傍らに飛ぶ人型の亡霊《プレーンゴースト》、言霊のプリュスに手渡した。
 魔族は言葉が達者なのは常識だが、特に言霊と呼ばれる魔族はありとあらゆる言語を修めている事で有名だ。種族ごとに言語に得意・苦手があるので、こういった公の場ではすべての言葉を修める言霊がアナウンスを代行することが多かった。
 特にプリュスは今や世界中で人気のある魂縛系アイドルユニットの一人としても知れ渡っており、その知名度故に周囲からも文句も出ない。まーそれが理由というよりは文句をいうと会の進行が遅くなるのが一番の理由のような気がするが。

「今日はいつもとは違った重大な発表があると聞いておる」

 上空から雷鳴のような声が響き渡る。
 ビリビリと震える会場。主は雷竜族の団塊世代の老竜だった。|雷竜《ライトニングドラゴン》の声はそれだけで攻撃だ。私は眉を潜めた。これから始まるはずだったのに、と。他の竜族も同じ竜族の突然の自分勝手な発言に顔をしかめている。

「ええ、これからご説明させていただきますわ、今しばらくお待ちください。せっかちな雷竜のおじ様」

「ああ、すまぬ。邪魔をしたな」

 プリュスがくすくす笑いながら横槍を収める。

「それでは皆様方、雷竜のおじ様よりフライングがありましたが、今回の会合は歴史的な一幕となるかもしれません。いつもの会合が重要じゃないわけじゃありませんけど」

 プリュスの言葉に、会場にくすくす笑いがあがった。
 雷竜が恥ずかしそうにごほんと咳をする。空気がざわめくが、その程度で消えるような存在ははじめの歓声で退場していたのでもう残っていなかった。

「そのため、今回は恒例の伝説世代のおじいさま方からの"あの時代の魔王様は素晴らしかった"のコーナーは飛ばさせて頂きます」

 伝説世代とは、魔王が存命していた頃から生きている世代の事を指す。種族ごとに寿命は違うが、なにせ魔王が生きていたのがおよそ三千年前、ほとんどその世代の魔族は残っていないため、ハロルド卿を含める一部の長寿魔族から当時の魔族の文明及び魔王様の偉業についてきけるこのコーナーは非常に人気が高い。
 えー、と失意の声がそこかしこで上がる。特に年若い魔族に人気の高いコーナーなので、ごく最近から参加した面々は苦渋を飲んだ顔をしている。半魚人が独特なうめき声を上げて抗議する。

「ですが、落ち着いてください。今日は重大な発表があると言ったでしょう。今回はななな、なんと……かの長らく進展がなかったあの幻のコーナー、"魔王様のその後"に進展が!」

「…………」

 一拍おいて、開始の歓声を遥かに超える音の嵐が巻き起こった。
 城全体が誇張なしに揺れる。私は慌てて椅子にしがみついた。
 霊魂族が消える。プリュスも消える。あ、消える寸前にハロルド卿が守った。
 ゴブリンがあまりの興奮に人語を忘れ、キーキーと腕を上げる。
 |炎竜《ファイヤードラゴン》が思わず翼を広げ、それにぶつかった|翼竜《ワイバーン》が池に落ちた。
 巨体が池に落ちたので、その分の水が溢れこちらに迫ってくる。特に被害甚大なのは海鮮系の魔族である。彼らはおおよそ陸上では長く活動できない。エラ呼吸だから。

 混乱の中、一人の魔族が立ち上がって右手を上げた。身長およそ五十メートル、その肉体の構成のほとんどが宝石という人型の機械人間"ジュエル・ゴーレム"の長だ。

「ごほん、嬢ちゃんや。そのコーナーに進展と言う事は、いよいよ来たという事でいいのかな? かの魔王様が目論んだと言われているたった一つの理想の追求、|魔王様の転生《ラグナロク》が」

 いつの間にか騒動は収まっていた。
 皆、呼吸も忘れたように次の言葉を待っていた。

 プリュスは、骨マイクを持ち直し、満面の笑顔で答えようとして、ハロルド卿にマイクを取り上げられる。
 出番を取られて泣きそうになっていた。可哀想に。

「ああ、そのとおりだ。しかし来た、というのは語弊があるな。ラグナロクは既に始まっていた」

「ナイト・スケルトンの長よ。そこまで言うからには根拠があるのだろうな。もしも戯れにそのような妄言を垂れ流したのだとしたら、たとえ同胞とはいえ容赦はせんぞ」

 今まで黙っていたナイト・スケルトンと同じアンデッドの王、魔王の影から派生したと言われる魔族"ブラインド・ダーク"の重々しい声がどこからともなく響きわたってくる。

「もちろんだとも。人族の王に仕えていた我らが同胞がついに手がかりを見つけてくれたのだ。ハイライダーよ、説明してくれるな?」

「はい、ハロルド卿。僭越ながら、ハイライダー族のセマリタ・グリーンブレードがご説明させて頂きます」

 私は、緑の刃を抜き、十字の前に進み出た。
 人族の最高会議に出席してその刃に焼き付けた摩訶不思議な情景を漏らさずに公表するために。
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