#1 終末の唄

 昔からうまくできすぎだと思っていた。
 幸運の総量が人によってそれぞれ決まっているとするのならば、僕は生まれた時点でその幸運を使い切り、それ以降この世のありとあらゆる不幸を煮詰めた地獄の坩堝を生きる事になっただろう。

 子供の頃から思っていた。

 こんなのおかしいと。

 物心ついた頃から恐れていた。

 いつか必ず自分ではどうにもならない災いによって人生が台無しにされると。

 毎晩ろくに眠れなかった。目をつぶっていても感じられるその災禍の足音は常に僕の精神をぎりぎりと締め付け、それでいてその姿を僕の目の前にはっきり表す事もなく、僕は常に目の見えぬその敵を相手に戦わなくてはならなかった。

 そして皮肉な事に、僕はようやく実態を持った死神が目の前に姿を表したことによって、久しぶりにぐっすり眠る事ができたのだ。


 目を覚ますと、僕の運命を決定づけた死神は昨晩見つけたままの姿でそこにいた。
 ただし、椅子の上でこっくりこっくり舟をこいでいたが。

 死神も眠るんだな。
 そんなことを思った。

 起こさないように身支度を整える。と言っても、今いる宿は年契約で借りているため、荷物をまとめるわけでもない。
 そもそも死神が来た以上はどうせ長くも生きていられまい。

 服を着替え、長年使っていた愛用の長剣を鞘に収めて腰にひっかけた所で、リリィが目を覚ました。

「おはよう、リリィ。よく眠れたか?」

「……身体が痛いわ」

 そりゃ椅子の上でそんな格好で寝れば痛くもなるだろう。
 予想外に普通の第一声にどこがおかしくなる。

「そんな所で寝るからだ。今夜からはベッドを使うといい」

 その言葉に、表情を動かさずにリリィが質問する。

「貴方はどこで寝るの?」

「心配いらないよ。どうせ僕は死ぬんだろう?」

 リリィは何を当たり前の事を、とでも言うかのようにゆっくりと大きく頷いた。

「……ええ、貴方は死ぬわ」

「なら問題なしだ」

 壁にかけてあったコートを羽織る。
 久しぶりにぐっすり眠ったせいか、お腹が空いた。
 今夜の寝る場所の心配より、目の前に迫った空腹の心配が先だ。

「リリィ、僕は朝食を食べに行ってくるけど、君はどうする?」

 死神でもお腹はすくのだろうか?

 リリィは僕の言葉に何も答えず、自分の懐に手をつっこんだ。
 数秒ごそごそと探り、手を出した時にはその手には小さな皮の袋が握られていた。
 じっと見ていると、その細い指を袋の中に差し込み、毒々しい紫色の丸薬のようなものを取り出す。

「なにそれ?」

「ご飯よ」

「なるほど……あまり美味しくなさそうだね」

 少なくとも僕はそんないかにも薬物みたいな食べ物よりも焼きたてのパンの方がいいな。たとえそれの味が焼きたてパン何て問題にならないほど美味しかったとしても、ね。

「美味しくないわ」

「……そうか、まあ……見た目通りって事だな。栄養豊富とか?」

「人間が飲んだら死ぬわ」

 なるほど。
 そうか、飲んだら死ぬのか……毒々しい色形をしているだけあるね。
 言われてみると、その丸薬、かすかに昔嗅いだ覚えのある匂いがした。
 あれはそう……強靭な竜でも掠っただけで昏倒する上位黒竜の毒牙の欠片を煎じたもの……だったか。

「死神って凄いな……人間が飲んだら死ぬものを食べるなんて……まさに死神って感じだ」

「私は食べないわ。貴方のご飯よ」

「は?」

 意味がわからん。

「ちょっと待った、さっき自分が何て言ったか覚えてる?」

 リリィが不思議そうな表情で首を傾げる。

「貴方のご飯よ?」

「その前だ、その前」

「人間が食べたら死ぬわ?」

「そうそうそれそれ! それおかしくない? おかしいよね? 前後の言葉が噛み合ってないよね? その流れで行くと死ぬというより君が僕を殺そうとしているように見えるんだけど! 」

 リリィは僕の言葉を無視して、その紫色の薬を僕の目の前に持ってくる。

「……あーん?」

「殺す気かっ!!!」

 薬を叩き落とす。
 リリィ、無反応。
 手を叩かれたままの姿勢で固まっている。理解できない。
 いや、理解しようと考える事それ自体が無駄なのか。

 僕は肩をすくめて、毒が入っていないまともな朝食を食べるために食堂に向かう事にした。

「どこに行くの?」

 リリィに服の裾を捕まれ、止められる。

「朝食だよ、朝食。人間が食べても死なないご飯を食べにね」

「私が作るわ」

「は?」

 僕は、その言葉に自分より頭1つ分小さなリリィをまじまじと見下ろした。
 現実味のない繊細な佇まい。生命を感じない真っ白な表情、とても料理できるように見えないし、そもそも人間が飲んだら死ぬ物体を飲ませようとしてきた者の事など信頼出来ない。そもそも流れが意味分からない。

「君、またあれ飲ませようとしてない?」

「してないわ。だって――」

 リリィはさも当然であるかのように、その一言を発した。

「貴方、あれ効かないもの」
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