#2 終末の唄

 至極平凡な家庭だった。
 遠縁近縁問わず近隣住民に至るまで全てが全て型に嵌めたように平凡な村だった。英雄がいない代わりに極端な悪人もおらず、時代が時代だったからさすがに平和にとは言わないが、みんなそれなりに平坦な人生を各々の歩幅で歩んでいた。

 ただひとつ、僕が生まれたことを覗いて、僕の村は量産された鍋みたいな何の変哲もない村だった。

 僕はいわば、真っ白な羊の群れに生まれた一匹の黒い羊だった。
 周りは誰も気づかなかった。
 自分だけが気づいていた。
 自身が群れの中で異端である事を。
 そして自分が、いつか『台無し』にされる運命にあることも。

 人は僕を、人類第二位、 全てを超えし者、白羊に混じる一匹の黒羊、ハイン・ブラインドダークと呼ぶ。




 両手を広げただけでいっぱいになってしまいそうな狭い机を挟んで、リリィと向き合いながら、僕はこれからどうするべきか考えた。
 自慢じゃないが、僕は今現在やるべきことを持っていない。
 予定も無いし、友人もほとんどいない。財産もないし、親類が存命でなければ天涯孤独と言ってもいい身の上だ。

「貴方、死ぬわ」

「知ってる」

 唯一つ、昨日まで何もなかった僕が唯一持っているものはリリィだけだ。取り憑かれてるみたいなものだけど。
 リリィが、小さな丸パンを両手で持ってむぐむぐ齧りながら僕の事をじっと睨みつける。
 結局、リリィは料理ができなかった。そもそも、この部屋に調理器具はないし、当然食材もない。何故自分が作るなんて言い出したのか理解に苦しむ。

「身辺整理でもしたらいいわ」

「……整理するものがあると思うかい?」

 部屋には最低限の生活用品以外にものを置いていない。
 いつ何が起こるかわからなかったからだ。
 だから僕の私物は、着替えと一本の剣だけだった。やろうと思えば今すぐにでも旅に出れる。

「ないわ」

「だったら聞かないで欲しいかな」 

 からかわれているのかと思ったが、リリィにそんな表情は浮かんでいない。
 まー昨日突然現れた時から一貫した無表情を貫いているんだけど。

 それには何も答えず、リリィは淡々とパンを齧る。

 やれやれ。

 自分の分の食事をとっくに終えていた僕は、ベッドに座り、窓の外を覗きこんだ。
 吸い込まれる程透き通る青い空。波一つ立たない静かな水面に、延々と続く真っ白な階段が遥か眼下に広がっている。

「貴方、もしかして死にたいの?」

 不意にリリィが尋ねた。
 パンを食べ終えたのか、いつの間にか僕の隣に顔を出し地上を見下ろす。

「いいや。死にたくないよ」

「でも死ぬわ」

 ポツリと出たリリィの言葉と同時に、視界の端にキラリと何かが光った。
 
「知ってる」

 何かアクションをとる間もなくそれは僕の首にまとわりつく。
 それの正体が目に見えないほどに細い糸だと気づいたのは、それが僕の首の肉を切り裂こうとした、その瞬間だった。

「……切れないわ」

 どこか物哀し気な声でリリィが呟く。
 いつの間にかつけていた手袋、握っていた糸をギリギリと引っ張る。
 僕の首もぎりぎりとしまる。

「……苦しいんだけど、それやめてもらえない?」

「仮に引っ張り続けたら……死ねるかしら?」

「いや、無理だろうね。リリィじゃ力が足りないよ」

 即答した。
 なんたって僕は、竜と素体で殴り合いができるくらいの健康体なのだ。
 いくら鋭くてもただの糸で首が飛ぶわけがない。

 僕の首を締め付けていた糸がするりと解けた。

「私高い所……苦手なの」

 ベッドからぴょんと飛び降りてリリィが言った。

「ふーん……」

 眼下の絶景を眺める。地平線にまで手が届きそうな空。
 この世と死後の世の境目と噂される天人の作った空中都市『メルリア』
 どこまでも遠く広がる絶景を楽しみながら、僕は思った。

 ここ、標高何百メートルだったっけ。

「ここに来るの、苦労したわ」

「階段登るしか道が無いからね」

 しかも捕まる所もない上に強風、極寒にプラスして空飛ぶ魔物が時々襲ってくる鬼畜設計の道だ。たとえ高所恐怖症でなくても、ここに着く頃には立派な高所恐怖症になっているだろう。

「ここから落ちたら死ぬかしら?」

 恐ろしい事を言うね。

「一回落ちたけど死ななかったよ」

 リリィが不穏な事を考える前に口を封じる。

「そう」

 どこかその口調が不満そうに聞こえたのは気のせいに違いない。
 リリィはどうやら真面目で努力家のようだ。ならば僕は言わねばなるまい。

 ベッドから降りて、リリィの目の前に立つ。
 そして僕は、リリィを見下ろして、断言した。

「リリィ、僕をわざわざ殺そうとしてくれなくてもいいよ。君はただ」

 僕の側にいてくれればそれでいい。

 何しろそれが死神の力なのだから。
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