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#3 終末の唄

 黄昏の英雄、ルイス・バーンの英雄伝にこんな一文がある。
 『その娘は足音も立てずに背後に忍び寄る闇と死の御使であった』と。

 ルイス・バーンは竜に匹敵する身体能力と鋼鉄の如き精神力を誇った無敗の勇者だったが、結局原因不明で死亡した、と言われている。
 死の直前にルイスが頻繁に示唆していたといわれているのが、死神の存在だ。
 

 いわく、自分の背後には自分以外の目には見えない死神がいる、と。

 曰く
 夜闇に匹敵する漆黒の外套に眼窩から除くアメシストの瞳
 地獄の底から響くかのような冷えきった声に感情を感じさせない人であって人でない表情

 それは、人の形をした運命、らしい。
 死期に近い者が出会う避けようのない『運命』

 それに出会った時、人は己の人生を懺悔する機会に恵まれる。
 通常突然訪れる死と向き合う時間を得られるその機会は千金に匹敵する価値があるだろう、と。

 そして逆に僕は思うのだ。
 僕はその機会を有効に使えるだろうか、と。





 空中都市『メルリア』
 それは、都市とは名ばかりで、ごく小規模な村である。いや、住人の規模からすると小規模な村にも劣るだろう。
 都市の構造は、空に続く階段の途中に複数の中規模な家を無理やりくっつけたみたいな形をしており、その不安定極まりない外観に、初めてここを訪れる人は皆口をそろえて常軌を逸している、とこの都市を揶揄する。
 施設としては、あまり品揃えの良くない商店が一つと小さな宿、そして主にこの都市への入国、出国を管理している役所くらいしかない。特に見るべき点がその立地故の絶景くらいしかないこの都市の役割は、『中継点』としての役割だった。
 この世界は多層構造をなしており、下には大地があるが、メルリアの上に延々と続いている階段を登った先にも大地がある。
 この都市は上層、下層を結ぶ数ある経路のうちの一つであり、それ故にこの都市に寄るものはその九十九%が上層は目指す旅人なのだ。

 そして、僕はその上層、下層の中間地点の宿でもう五年も過ごしている、この都市の数少ない住人だった。



「……すいません、よく聞こえませんでした。もう一回行ってもらえますか?」

「いや、ここを出て行くことにしたって言ったんだけど」

「……冗談、ですよね?」

 僕の唐突な宣言に、僕の数少ない友人で、出入国の管理をしているセフィ・ドルマンが絶句した。
 元々訪れる人もそうそういない事もあって、カウンターにはセフィと僕しかいない。
 その真っ青になった表情に、申し訳ない気持ちになる。
 
「……ちょっと待っててもらえますか? 都市長に報告してくるので」

 勝手に出て行っちゃダメですよ? と何回も確認して、セフィはふらふらと奥に扉に入っていった。


 僕はため息をつくと、受付に二つしかないソファに腰をかける。
 受付用のカウンターにソファくらいしか無い簡素な施設だ。商店にも宿屋にも言える事だが、あまりのアクセスの悪さに常に物資は不足している。文句も言わないし、そもそも文句を言うような人はこんな辺境には来ない。

 セフィは、僕より5つか6つ下の天人の女の子だった。都市長の父親と二人でこの都市に住んでいる僕以外の数少ない住人の一人であり、主にこの都市の出入国を管理していた。
 元々人口が少なく、当然同年代の子供なんていないため、種族が異なるとはいえ、年齢がそれほど離れていない僕とはそれなりにコミュニケーションがあった。まぁあまり遊んであげた記憶とかは無いんだけど。

「そういやもう随分いるんだよなぁ……ここにも」

 もしかしたら、僕の人生の中でもここにいる時間は故郷に次いで長いかもしれない。
 しかし、役所の中も窓から差し込む陽光も、ここに来た数年前から何も変わっていないな。

「ハイン、ここから出て行くというのは本当かい?」

 静かな声が耳を打った。
 顔を上げる。
 セフィそっくりの灰色の髪に、線の細い容貌、セフィにどこか似ている雰囲気の男、セフィの父親でもあるメルリアの都市長、フィル・ドルマンだ。その後ろには、セフィも不安げな表情でこちらを覗いている。

「はい、お世話になりました」

「全く急な話だな……理由を聞いてもいいかい?」

 いつも穏やかで滅多に表情を変えないフィルさんの表情はどこか暗かった。
 さて、何と応えるべきか。
 さすがに死神が来たからです、なんて言葉は通じないだろう。
 そもそも、死神の姿は本人にしか見えないのだ。

「理由が必要ですか?」

「……いいや、本来なら必要ないね。だからこれは都市長ではなく、数年を共に過ごした友人としての質問だ」

 友人。
 久しぶりに聞いた言葉だ。

「ここだけの話なんだが、ハイン、君が来た時、私は正直君の正気を疑ったんだよ。役目も無いのにこんな所に住もうなんて、物好きにも程がある、とね。天人として空を飛ぶ力を持つ私だって都市長の役割が無ければこんな所に住もうなんて思わない。初めはセフィ狙いのロリコンかと思ったが――」

 セフィをチラリと見てフィルさんが続ける。

 ロリコンて……

 セフィは父親からの告白に、顔を真っ赤にしてフィルさんの後ろに隠れた。

「特に問題を起こす事もなくやってこれたと思っている。上位ランカーとはいえ、ただのノーマルな人間がこんな空に定住できるとは思ってなかったが……」

「定住っていっても宿に引きこもってただけですが」

「ここは空気が薄いだろ?」

 確かに人に取って、空へのハードルの一つとして呼吸の問題が挙げられる。
空の空気は酸素が薄い。それは慣れない人間に取っては大問題だ。だが、その程度の問題上層に行くレベルの人間は皆何らかの手段で克服しているし、そもそもそれは慣れるもんだ。

「たとえそこに問題がなかったとしても、ここには何もない。最低限の食料と水しかない。娯楽もないし、何しろここは危険だ。だから本来はメルリアは通過点にすぎないんだよ」

「全くもってその通りですね」

 フォローのしようがなかった。
 全くもって、ここには何もない。使命とは言え自らの意志で都市長をやってるフィルさんには頭が下がる。

「だからハインがここに住み着いて一年二年が過ぎて出て行かないと知った時、私はとても嬉しかったんだ。外から越してきた人間なんて前代未聞だし、それはこの停滞した空間での、ここを通過していく旅人とは違った刺激だった」

 そこまで過剰に評価されると、ずっと引きこもっていた自分が情けない。
 顔を背ける。ありがたいが、ここを出て行く事は決定事項だ。
 ここは何もない。ただ生きていくだけでいいならここにずっと住むのも一つの選択ではあるけど。

「ただ引きこもっていただけなんですが……」

「セフィもハインのおかげで明るくなった。ハインはハインが思っている以上に多くのものを持ってきてくれたんだ。そして、出来ればずっとここにいてほしいと思っている」

「ハインさん……せめて、理由を教えてほしいです」

 何かここまで引き止められると心が痛いんだけど……
 僕はずっと食べて空を眺めてたまに襲ってくる魔物を倒して寝てを繰り返していただけだ。

 五年前と比べて何も成長していない。
 僕はこの五年で何も得ることができなかったし、得るつもりもなかった。
 そもそも論としてここを訪れた理由も、ここには何もなかったからだ。

 いわばここは真っ白なキャンパスのようなものだった。何か異常が起こればはっきりとその足跡がつく停滞した箱庭。
 来るべき災禍が目に見える形で僕の前に現れた以上ここにいる意味はない。

 言葉を選んだ。数少ない友人だ。できるだけ嘘はつきたくない。

「……僕は、自分の人生の証が欲しいんです」

「え!?」

「!? 人生の証……? それは……つまり?」

 セフィがまた慌てたようにフィルさんの影に隠れ、フィルさんが動揺したように後ろに一歩下がった。
 逆にその剣幕に僕も動揺する。
 わかりづらかったかな。
 どちらかというと概念的なものだからな。

「簡単に言うと自分が生きた証です。……人間、いつ死ぬかわからないですから」

「つまり……あー……それは、人としての生理的な欲求の……あれか?」 

 変な言い方をするね。
 フィルさんの言葉に、僕は心の中で首をかしげた。
 僕は今まで何もして来なかった。だから死期が訪れた今、自分の生きた意味を作らなくてはならない。
 まぁある意味……生理的な欲求と言えなくもない……のか? 

「まぁそんな感じです」

「そ、そうか……まぁ、確かにここだと、それは難しいかもしれないな。出会いもないしな。ははは」

 出会いって何の話をしているんだ?
 話が通じているようで通じていない。
 乾いた笑を浮かぶフィルさんに、何か致命的な認識のズレを感じる。

「まぁだが、もう二、三年待つって方法もあるんじゃないか……なぁ、セフィ?」

「お、お父さん!?」

 死神がきた以上、僕には二、三年待つなんて選択肢はない。
 それにそもそも、何故そこでセフィに話をふるんだ?

「さすがに二、三年は待てないですね。待てて数日……いや、そもそも待つ意味なんてないのでは?」

 思い立ったら吉日というし。

「数日……いや、だがセフィはまだ十五歳だよ? まだ子供だ!」

 だから何でセフィが出てくるんだよ。
 僕はあまり考えるのが得意じゃない。
 フィルさんの影から見えるセフィの耳は真っ赤だった。
 言葉を選ぶ。今の会話から読み取れる情報で言うと、ベストな回答は――
 セフィへのフォローかな?

「いや、十五歳はもう大人だと思いますよ。というか何か話がずれてませんか?」

「待て待て、早まるな。ハイン、君の歳でこんな何も無い所に長年住んでいたんだ。確かに君の考えもわからないでもない。だがしかし、それは、一時の気の迷いと言えなくもないんじゃないのかな?」

 僕の決意を気の迷い何かと一緒にしないでほしいな。
 一瞬いらっとしたが、すぐに考えを改める。人の意見を無碍にするのはよくない。視野を狭める事になる。

 フィルさんとセフィの目をしっかりと見つめる。
 わかってくれるはずだ。

「確かに……そうかもしれません。でも僕はそれでも、やらなくてはならないんです。わかってください」

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