外伝二話:黒紫色の理想

「地下水路の鍵? ああ、そんなのもあったな」

 しーん様に尋ねた所、とくに何の問題もなくかぎをくれた。鈍色に光るかぎ束、冒険のけはいにむねがどきどきする。

「あそこには悪魔がうようよしているが……LVだけならナリアはトップクラスだ。まぁ大丈夫だろ。ルートクレイシアの地下水路に棲む悪魔の平均レベルは10~500、お前を傷つけられる生命体は存在しないだろう」

 しーん様のひさしぶりに聞く声は、わたしの脳のおくにゆっくりと染みこんでいく。

「地下階層型ダンジョンで、階段をどんどん降りていくと最下層にはそこそこ大きな地底湖がある。ああ、そうだな。丁度いい、そこにおいてある白鯨の剣を持ってきてもらおうか」

 はなしが勝手にすすんでいく。しーん様の黒い瞳がわたしのしんぞうをつかみ、絞り上げる。むねがくるしい。

「これはルートクレイシアに代々伝わる由緒正しき試練でもある。あ、持ってこれなかったらここから出て行ってもらうから」

 ……

 ふきつな言葉が聞こえた気がした。
 わたしのふわふわしていた意識がはじめてしーん様をはっきりと捉える。

 しーん様はわたしを見ていなかった。せなかを何かつめたいものが通り過ぎる。
 わたしはむねをしめつける何かとせすじを貫くつめたい何かをどうじに感じた。

 しーん様のことばがわたしの中にじわーっと染み込んでくる。そこでようやくりかいした。やばい、と。

 出て行ってもらうから?

 ……だいじょうぶ、わたしならできる。
 わたしのレベルは高い。高い。高い。
 しーん様もさっき言った。わたしをきずつけられる存在は地下水路にはいないと。
 じかんはかかるかもしれないけど、わたしならきっと――

 しーん様が何か黒いものをなげてきた。反射的に受け取る。
 それは、黒いすなどけいだった。

「制限時間は三時間な。スタート」






第四十五話【ナリア・フリージアの探検記その1―ルートクレイシアの地下水路―】









 さいわいだったのは、わたしのレベルが高かった事だろう。
 ぼうぜんとしていたのはほんの数分だったと思う。気がついたらわたしはすなどけいとかぎ束を手に、たった一人しーん様の部屋にたっていた。しーん様はもうどこにもいなかった。

 すなどけいは珠を二つくっつけたようなかたちをしていて、たえず片方から片方に銀色のすなが一定速度でぱらぱらといどうしていた。おもいきり振ってみたけど、それはかわらない。魔法の道具に違いなかった。

 しーん様のことばがしんじつなら、三時間でこのすなはもう片方に全ていどうするのだろう。そしてその瞬間、わたしはこのやしきから放り出されることになる。しーん様はやるといったらやるおとこだ。自分を慕うおんなのこでも平気でおいだす。それをふせぐには、わたしはざんねんながら外見年齢がたりなかった。

 まずいまずいまずい。あせりがあたまを支配する。
 ほんらいなら急がなくてはいけない。三時間、三時間、三時間、三時間でいったい何ができるというのだ!!

 おまけにわたしは地下水路のばしょすらしらなかった。
 地下水路というからには地下にあるのだろう。だがルートクレイシアのやしきは広く、毎日いろいろ探検してきたけどまだわたしはちりをはあくできていなかった。

 まずいまずいまずいこのままじゃ……

 ばしょを探そうにも何から探せばいいのかもわからない。
 そんなあいだにもすなはこくこくと減っていく。
 せまりくる時間と追い出される恐怖にあたまの中がよくわからなくなっていった。
 ほっぺたにさわってみると、なにか生暖かいものがながれていた。

 その時、背後からこえがきこえた。

「……ナリア? こんな所で何やってるの?」

 てんからのこえかと思った。
 めをこすって慌ててふりかえる。
 あんじぇろとおそろいの黒の制服に、新雪のようにかがやくぎんいろにも似たしろいろの髪。
 しるく・あーうぃんてる・あいじぇんすと名付けられた女がそこにはいた!

「どうしたの? ……泣いてる?」

「……ないてなんてない」

「そう」

 しるくはあまり口数がおおくない。それが今はありがたかった。
 レベルだけならわたしの方が圧倒的に高いけど、レベルは目安であって絶対ではないらしいし、わたしはしんそこ、誰かのたすけがほしかった。
 
 でも……なにから話せばいいのか……
 今のわたしには時間はもっとも貴重なものだ。あまり時間をかけるわけにはいかない。
 そんな様子から何か感じ取ったのか、しるくは、わたしの顔をじーっ見て、右手にちからいっぱい握っていたかぎ束を見て、左手に握っていたすなどけいを見た。
 そして、ひとことこういった。

「……場所は?」

「……え!?」

「場所は? 制限時間は? 目標は?」

「……え?」

 しるくは、しーん様の前では見せたことがないほど、とてもやさしい顔をしていた。
 こんらんが徐々に溶けていく。そして、しるくがわたしの状況を少なからずりかいしている事も、わかってきた。
 わたしは、えづきそうになるのどをふるわせてこたえた。

「地下水路、三時間、はくげいの剣」

「無理ね」

 数秒のまもなく即答。
 希望はこっぱみじんに潰された。

「え!?」

 先ほどとは違う意味でこえが出る。もはやなみだも出ない。
 しるくは、はぁ……とひとつためいきをすると続けていった。

「地下水路は10階層、敵性悪魔の密度は大体100から200、復活速度は10から20、面積自体はそんなに広くはないけど、角が多くて見通しも悪いし、下水が流れているから変な匂いもするわ。迷わず歩いても大体一層の攻略に一時間から二時間程度かかるし、体力も消費する」

 10階層……三時間で攻略しようと思ったら大体……けいさんはにがてだ。
 えっと……一時間が六十分だから……

「三時間で攻略するとしたら戦闘が全くなかったとしても9分から8分くらいで一階層を攻略する必要がある。おまけに、白鯨の剣は最下層の湖に浮かぶ台座に設置してあるけど、守護者もいる」

「しゅごしゃ……?」

 聞きなれないことばだった。
 しるくは丁寧にせつめいしてくれる。まるでむらにいた先生みたいに。

「ええ。あれは忘れもしない……ペッピーローストよ」

「……きいたことない」

「当然ね。私もここの最下層で初めて見たもの」

 ……
 いろいろつっこみどころがあるけれど、一つだけ聞き捨てならないせりふが聞こえた。

「しるくは……ここの最下層にいったことあるの?」

 しるくはさもとうぜんのように頷いた。

「もちろん。だってそれが卒業試験だったから」






***





 まとめよう。
 これはしーん様の試練らしい。
 詳細をきいている時間はなかったけれど、単純なはなし、これはてすとなのだ。
 わたしの昔すんでいた村でもてすとはあった。
 てすとならばとっぱするだけの事だ。

 という事で、わたしはしるくに案内してもらって地下水路のまえに来ていた。
 かすかにかおる水のにおい……むかしいた村で感じたにおいとはだいぶちがったすえたにおいだ。
 すなどけいはもう3分の1ほどのすなが移動していた。
 リミットはあとたったの二時間……
 二時間は普通ならながいけれど今のわたしにとっては果てしなくみじかい。
 だがわたしはひとりじゃない。

 わたしは、わたしをここまで導いてくれたたのもしい仲間に振り返る。

 しるくは、むずかしい顔で腕をくんでいた。

「これは一体どうしたら……しかし……シーン様も何て嫌がらせを……」

 ふきつな言葉がそのくちびるからぽつぽつと漏れる。
 さっきからしるくの言う事はふきつな事ばかりだ。

 わたしは意を決して尋ねた。

「いやがらせ……?」

「ええ……あのね、ナリア。私も二年ほど前、確かに地下水路に潜ったわ。シーン様の指示で、ね。そして最下層にたどり着いた。でもね、よく聞いて。私の時の期限は――3ヶ月だったの」

「え……?」

 3ヶ月……?
 すなどけいを見る。すなどけいは、こんな時でも留まることなく動きつづけていた。しるくの顔を見る。
 けいさんが苦手なわたしでもはっきりわかる。不公平だった。

「しかも、ナリア、ダンジョンに入ったことないでしょ?」

「ない……」

「『ルートクレイシアの地下水路』は人工的に作られた建造物に悪魔が住み着いたタイプのダンジョンだからそんなに広くないけど、それでも正式に認められた『ダンジョン』なの。一人で探索するのはさすがに無理よ」

 いくらレベルが高くたって、としるくは続ける。

 きけばきくほど無理難題だった。
 そもそもわたしはいつの間にかレベルが高くなっていただけでじぶんであげたレベルじゃない。はーどはよくてもそふとがめためたにわるい、あっぷでーとが必要だとしーん様に酷評された時の事をおもいだした。しつれいなはなしだと思っていたけど、今になってみるとそのいみが少しはわかったような気がした。
 すなどけいを見る。
 もうはんぶん以上のすなが流れているように見えた。しるくの話が本当なら、これからもぐっても多分まにあわないだろう。

「ナリア、貴方には知識、道具、仲間、経験、全てが足りないわ。たとえレベルが高くても……一人には限界があるわ」

 そこまで言って、しるくは顔をわずかにくもらせて、さいごにひとこと付け加える。
 突出した個でも無い限りね、と。

 くやしかった。とてもくやしかった。こころが張り裂けそうなほど。
 でも、同時に理解もできていた。たしかにわたしじゃまだまだ足りていないのだ、と。
 地下水路の入り口を見る。こうしのかかったおおきな南京錠のついた扉を。
 かぎは……手元にあるけど、まだわたしにははやいのだろう。
 でもいつかぜったいにはいってみせる。

 べんきょうしてべんきょうしてべんきょうして――

 わたしは、めをこすってしるくを見上げた。わたしのお姉ちゃんと同じくらいのとしに見える賢者の少女を。

「しるく……先生」

「……はい」

 とってつけたような『先生』のことばにもしるく……先生はなにもいわなかった。
 まるで何かをさっしたように。
 わたしはこれから、じかんがあるときにしるく先生にいろいろはなしをきこうと思う。
 しるく先生はいそがしいからなかなかじかんが取れないかもしれないけど、その時は本を読もうと思う。
 次に試練を出された時には、くりあできるように。

 でもその前に今回だけはこたえを――甘えさせてもらおうとおもう。
 しるく先生の話をきいてひとつだけおもったことがある。

「ひとつだけ……しりたいことがあります」

「……何?」

「今いちばんわたしにたりないものはなんですか?」

「……多分ナリアはもう既にそれを知っているはずよ」

 しるく先生ははっきりとことばには出さなかった。
 が、たしかにわたしはこたえを掴みかけていた。
 わたしはかぎ束を見る。じつりょくがなくてもこれがあれば扉は開く。
 そしてすなどけい。設定された明確なせいげんじかん。

 わたしは、最後にもうひとつだけ、質問をした。

「しるく先生ならこの試練、くりあできますか?」

 と。






***





 けっきょくわたしは自分の実力では試練をくりあすることができなかった。だから、仲間の手をかりることにした。
 わたしはしるく先生のいう『突出した個』にはまだまだとどかなかった。
 わたしに今足りなかったのは仲間だ。それもしるく先生ではなくもっともっと『突出した個』の。

 しるく先生のはなしをきいて、わたしがいちばん思ったのは、この試練の難題さだった。
 三時間というごくかぎられた期限、わたしのもつ乏しい知識に経験、しるく先生ですら二年前とはいえ、三ヶ月もかかった試練を、ただレベルがたかいだけのわたしにたった三時間でくりあできるわけがない。

 わたしは残されたすなどけいのすなを気にしながら、屋敷中を探す。
 しーん様は忙しいはずなのにしょくどうの中をふらふらしていた。
 しーん様を見つけた時にはもうすなどけいのすなが四分の一くらいまでへっていた。

 うしろから両手をひろげて飛びつく。しーん様は避けなかった。だけど受け止めてもくれなかった。

「ん? なんだナリア。もう取ってきたのか?」

「しーん様、ナリアの仲間になって、いっしょに地下水路のたんさくしませんか?」

「いや、俺忙しいから」


 こうしてわたしの『ルートクレイシアの地下水路』のたんさくは終了した。
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