スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第五十四話:黒紫色の理想

 長い長い間生きてきた。
 その間わかったこともある。

 人は……愚かだ。

「ルートクレイシア……ですか?」

「ええ……ルークさんとの依頼の中で出てきたのよ。何か知っている事ある?」

 丁重にルークに退出願った後、食堂で久方ぶりの食事を取りながらアシュリーに尋ねた。
 世俗から離れて長い事たつ。特に最近のニュースには疎い。
 当然であるかのようにルートクレイシアなんて単語を出されても全く思い当たる節はなかった。

 フォークでくるくるとパスタを巻き、ずずーっとろくに咀嚼もなく飲み込む。
 喉に詰まりそうになって、慌ててピッチャーに入れた水で飲み下した。

「ええ……何かわからないんだけど……そこの公爵の息子を殺してほしいらしいのよ」

 テーブルには、所狭しと大量の料理が並んでいた。だが、今はそのほとんどの皿は空っぽになっていた。
 アシュリーは自分の分をとっくに食べ終わって、私の給仕を務めていた。

「……まさかそれ、受けたんですか?」

「受けるわけないじゃない。あいつ、私を何だと思ってるのか……」

 いくらなんでも人殺しはないでしょ。

 ばんっ、とピッチャーをテーブルに叩きつける。

 人類の今の敵は悪魔だ。年々どこそこの国が、街が滅んだとか、そんな感じの話は後を絶たない。
 私だって、一応人間だ。世俗を離れたからといって、人族に対しての愛くらいある。
 手に負えないレベルの悪魔が現れたとか、そんな感じの話だったらまだ考慮の余地もあったかもしれない。

 それがよりにもよって人間、人間だ! 人間を殺せ、などとそんな話があるものか。

 共通の敵があってさえ、人は人に、どうしてそれほどまでの殺意を向けられるのか。
 私にはその気持ちが昔からずっとわからなかったし、今も全くわからなかった。
 寿命が短いんだからそんなに生き急ぐ必要もないだろうに。

「ルートクレイシアですか……そういえば今けっこう話題になってますね」

「へー……そうなんだ」

 気のない返事をしつつ、空になった皿を脇に避ける。
 ルートクレイシアはこっから大分遠い所にある中規模程度の国だったはずだ。
 確か現当主の名前は――ダールン・ルートクレイシア。何十年か前くらい前に一度呼ばれて手合せした事がある。手合せの内容はもう覚えていないが、彼には才能があった。もしかしたら今は人としての壁、599レベルを突破しているかもしれない。

「つい最近当主が変わったみたいですね。その公爵の息子が跡を継いだらしいですよ。ダールン公の嫡子でまだ十六歳だとか」

「へー、そうなんだ」

 アシュリーが手を止める。

「お嬢様、興味なさそうですね」

「興味ないもの」

 だって……ねぇ?
 そのダールンの息子とやらがたとえば数百数千人を殺す暴君で、国が滅びかけていたとしてもそんなことは私の知ったことではないのだ。
 勇者の敵は魔王だけであり、その他の奴らは範囲外もいいところで、父が魔王を倒すまでの間に魔族を尽く倒していったように、目標達成を妨害してくるならまだしも、少なくともその息子は私に何の被害も与えていない。
 それがどうしてわからないのか。

「で、その息子が何かしたの?」

「んー……そこまではちょっと……。色々噂はあるんですが……うん千人殺したとかやたら強い武器を量産して売ってるとか数十人規模のハーレムを持っていて酒池肉林の日々を過ごしているとか……そうそう、数千規模の悪魔の軍勢をたった一人で皆殺しにした、とかいう話もありましたね」

「へー、そうなんだ」

 うん、無害だ。











第五十四話【もっと引きこもりの話】












 メンテナンス時間が伸びた。緊急メンテだ。
 原因はわからないが、思う事は唯一つ。緊急メンテ死ね。ただそれだけだ。

 急にやることがなくなってしまった私は、ベッドの上で四肢をばたつかせていた。

「ああああ、くそ。時間がもったいなーい!」

「お嬢様、そんな酷い言葉遣いをして……もっと慎みを持ってください」

「だぁってー」

「だってじゃない!」

 緊急メンテは経験から言って終了時刻が未定の場合が多い。
 特にこれ系のゲームでは基盤が魔術なだけあって、それの修復には大体、日単位の凄まじい時間がかかるのだ。

 ちらっとアシュリーの方を横目で見る。
 アシュリーは細々と動いて部屋の掃除を行なっていた。
 できた従者だが、アシュリーがいるせいで服が脱げない。私は部屋では裸派だ。窮屈でしょうがない。いいじゃん別に部屋の中なら裸でも。

 元々私は部屋にあまりいないし、毎日掃除してもらっているので部屋はほとんど汚れていない。掃除もすぐに終了する。
 ようやく出て行ってくれるかと思ったら、アシュリーは今片付けたばかりの椅子に座って読書を始めた。

「アシュリー……何でそんな所で本を読むの?」

「だってお嬢様、私が外に出たらまたドレスを脱ぐでしょう?」

「……」

 言葉が出なかった。
 仕方ない。元々やることもないのだ。
 ベッドから起き上がり、腰をかける。
 何も考えずに足をぶらぶらさせる。

「暇なら久しぶりに外にでては?」

「用事ないし」

 外に対する興味などもう数百年前に失って久しい。
 何かあったら出るんだけど、何もないのに出るなんてそれは時間の無駄というものだ。
 アシュリーも私の答えがわかっていたらしく、何も言わなかった。

 しかし……ひーまーだーなー。

「……そういえば、先ほどの依頼、報酬はいくらだったんですか?」

「んー? あー」

 アシュリーが気を使って話を振ってくる。
 本を読んでいるのに……優しい。こういう所が大好きだ。

 私は、もう朧気になっている記憶から情報を引っ張りだす。

「確か……三十億だったかしら……」

「さ、三十億!?」

 アシュリーが驚くのもわかる。
 三十億って値段は人間を対象としたものとしてはまさに……破格だ。何千人殺してもここまではなるまい。ここ三千年でもトップクラスの値段だった。
 そして、そこまで値段が高いのにほとんど情報はもらえなかった。
 子供でもわかる。怪しい。いや、怪しすぎる。
 先ほどアシュリーから聞いた情報も、荒唐無稽なものばかり。だが、真実は噂程度のものではないはずだ。その命につけられた値段はそういう類の値段だった。

「凄い額ですね……一体何をしたんでしょう?」

「さー。相当恨みをもらってるんでしょう」

 そして、ギルドを通してではなく直接コンタクトを取ってきたその依頼の形式。
 非が向こうにあるのならば、大々的に討伐を謳って冒険者を集めればいいはずなのに、直接コンタクトを取ってきたという事はその依頼の非正当性を示しているといってもいい。
 つまり、殺したいほど恨んでいるが正規の手段では殺す理由がない。

「そういえばうちにもシーン公の作ったという武器がありましたね」

「……シーン公? ……ああ、そんな名前なんだ。今代のルートクレイシア当主は」

 シーン・ルートクレイシア。口の中でその名前を転がす。
 ちょっと考える。背筋がぞくぞくした。まるで私の全身の細胞が一瞬で目覚めたかのようだ。

 ん……んー。やばいなぁ。

 名前だけで私のセンサーに引っかかってる。

 腐っても数千年生きてきた私にはある種の勘がある。その勘を私はセンサーと呼んでいた。
 触れてはまずいものが何となく分かるのだ。それは直感と言うより一種の予知に近く、私は冒険者時代に得たそれを全面的に信じている。
 今まで数々の修羅場をセンサーの力でくぐってきたが、しかし名前だけでセンサーに引っかかるなんて相手は初めてだ。
 どうやら依頼を持ってきた連中も無能ではないらしい。少なくとも相手を見極める目はあるといえるだろう。
 私のセンサーに引っかかるほどの相手を対象にしたのは馬鹿だけど、私に頼んできたのは正解かもしれない。

「ええ。この前行商がやってきて最近流行りの武器だからって言ってたので……護身用に一振り買ったんですよ」

「……今持ってる? それ」

 ちょっと興味が湧いた。
 もちろん依頼は受けるつもりはない。藪を突っついて蛇を出す趣味はない。
 私のセンサーは網みたいなものだ。私の実力が上がるに連れてその網の目は大きくなり、それにしたがって小物はセンサーに引っかからなくなっている。
 その私のセンサーに名前だけで引っかかるという事はそれは――相応にやばいという事を指していた。
 思えばルーク程度の人間の絶望が私のセンサーを震わせたのも、ルーク自身ではなくその相手が問題だったのだろう。

 アシュリーは私の言葉に、ポケットから小ぶりのナイフを出した。
 刃渡りは数センチ、果物ナイフと言っても何ら違和感はないだろう。白塗りの立派な鞘がついていないければ果物ナイフにしか見えなかっただろう。
 アシュリーからナイフを慎重に受け取って、鞘から刃を抜いた。

 それは子供のおもちゃのようなナイフだった。上に向けて光にそっと透かす。
 短い刃渡りと薄い刃厚は非常に頼りなく、頑丈さもその厚さに比例していて論ずるまでもなく最低クラスだ。
 自衛用としても甚だ頼りない。本当に果物を切るくらいにしか使えそうにないナイフだった。
 いや、真実これは――切る事を目的とした刃ではないのだろう。

 唇を舐めて湿らせる。久しぶりに真剣になった。

 問題は刃渡りでも刃厚でもなく――その色。

 その薄く頼りない刀身は、まるで闇を混ぜ込んだかのような漆黒をしていた。

 わかる。私にはわかる。
 これは切るための刃ではない。殺すための刃だ。
 今まで見てきた武器の中で、私はこれほど脆弱な武器は見たことがないが同時にここまで殺意がこめられた武器も見たことがない。

「……これ、いくらだったの?」

「いちきゅうぱーでした。百九十八万円」

「ふむ……面白いわね」

 このナイフ……属性武器だ。

 属性武器とは一種の魔術的な付加|《エンチャント》によって特殊な能力が宿った武具の事を指す。
 ナイフの刀身にも魔力が込められている。属性は『闇』

 魔力のこもった武器は数あれど、闇と光が宿った武器は数が少ない。
 何故なら闇と光の属性武器は人が鍛えなければ作成できないからだ。

 人間は自身単体では闇と光の属性の魔力しか使用できない。
 それ以外の『火』や『水』などの属性の魔力を使用するにはそれぞれ精霊と契約しなければならない。
 逆説的に言うのならば、闇と光以外の魔力は精霊と契約さえすれば使えるが、闇と光の属性だけは自分の実力と才覚で操る必要があるという事になる。闇と光の精霊は存在しないのだ。
 故に、精霊が気まぐれに作成する事もあるその他の属性武器に比べて人が鍛えるしかない光と闇の属性武器はその数自体が少ないのである。

 そもそも闇魔術と神聖魔術は使い手がそもそも少ないし、コントロールに一種独特のコツが必要だ。ただでさえ自分で操らなければならない魔力を、自分以外の武具に宿すなど、一流の魔術師にしかできまい。そして一流の魔術師は鍛冶など普通やらないのである。

 刃物としてはゴミだが殺しの道具としては上等だ。
 これで人を殺すのに力はいらない。恐らくこの刃は触れただけで、傷つける必要すらなく人でも悪魔でも殺せる。刃は三流だが篭った魔力は禍々しいまでに一流だ。ほとんどの相手を確殺出来るだけの力がこれにはある。
 刃はただ殺意の概念としての形であり、実際は刃の形すら必要なかったはずだ。
 見ただけで分かった。これは……武器というほど上等なものではない。

「アシュリー、このナイフ、破棄したほうがいいわ」

「え……高かったんですけど」

「弁償はするから……もっと健全な武器を使った方がいいわ」

 この武器は使い手の事を考えていない。
 込められた魔力はただただ純粋な殺戮のみを求めており、例えば使い手が何かの拍子に触れたら――使い手すら食い殺すだろう。諸刃の剣なんて可愛らしいものではない。危険過ぎるのだ。
 その上、万が一この刃の能力が通じない敵に出会った時、この刃はその脆さから普通の武器以上に使えない。
 まぁこの刃が通じない敵なんてそうそう無いだろうけど。

 アシュリーは一瞬迷ったようだが、すぐに結論を出した。

「はぁ……わかりました。お嬢様の言葉に従います」

「ありがとう。……そもそもアシュリーに武器はいらないわ」

 ナイフの刀身を軽く握る。
 私を侵そうとする刀身の魔力を私の中の『闇』が対抗|《レジスト》する。
 抵抗は一瞬だ。ナイフは音もなく私に握りつぶされ、粉々になった。
 それと同時にナイフの色が漆黒から鈍い銀色に戻る。
 恐らく破損したら魔力が抜けるように設計されていたのだろう。
 なんたってこの刃、鋭さではなくその魔力が元となっている。
 破片になっても魔力が抜けなければ、破片に触れただけで敵を殺せてしまう。それでは商売あがったりだ。

「だってアシュリーは私が守るもの」

「はぁ……ありがとうございます。あ、破片片付けないと」

 箒とちりとりで粉々になった破片を片付けるアシュリーを見ながら思う。
 メンテナンス期間が終わるまで少し情報収集をした方がいいかもしれないな、と。
 張本人に触れない程度なら大丈夫だろう。

 私は見た目通りではないが、アシュリーは脆い。見た目通りの女の子だ。

 そして私はアシュリーに感謝している。少なくとも、毎日掃除して毎食食事を作ってくれる事に関しては。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

槻影

Author:槻影
ファンタジーやらその他もろもろの雑文サイトです。エタを恐れずに好き勝手書いていくのがモットー
ずっとWeb上で活動していましたが、『堕落の王』が出版されました。
ツイッター:
https://twitter.com/ktsuki_novel
小説家になろう:
http://mypage.syosetu.com/27455/
ストリエ:
https://storie.jp/creator/25091
カクヨム:
https://kakuyomu.jp/users/tsukikage
連絡先(何かあれば。☆を@に変えてください):
ktsuki.contact☆gmail.com

訪問人数

Amazon

作者のご飯になりますので、余裕がありましたら是非




twitter

ブログ内検索

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。