第五十五話:黒紫色の理想

 最近多いな……




 俺は、首を傾げながら書類を捲った。
 ルートクレイシア領の一年の収支がまとめられている紙だった。
 税金を思いっきり上げたがそれほどひどくない。元々そんなによくなかったし、最低限の食料は国で配布するようにしたため、まぁこんなもんだろう。

 騎士団を全員クビにしたため金はむしろ余っている。
 足りない分は俺自身で適当に属性武器でも作って稼げばいい。

 税金を上げたことによる領民の労働意欲だけが問題だが……心配はいらないだろう。誰でもない、この俺のためになると考えれば誰もが過労寸前まで働くに違いない。俺のために生きて俺のために死ねるなんてそんな幸せな事はないだろう。
 まぁ俺の寿命は後十年ちょいだし、最悪そこまで持てば後はどうだっていいんだが……。

「はぁ……『虚影骸世』」

 自分の世界を広げる。
 消滅対象は扉の外にある"気配"だ。
 俺の世界は音もなく浸透し、壁を通り抜けて扉の外をその範囲内に収める。

 悲鳴一つ起こらず、気配は消え去った。
 証拠もない。塵一つない完全な消滅。もしかしたら魂すらもはや残っていないかもしれない。

「やれやれ、馬鹿の一つ覚えみたいに次から次へと送り込んで来やがって」

 しかも雑魚ばかりだ。

 最近ルートクレイシアには、敵意を持った侵入者が大量にやってくるようになっていた。
 一体何が原因なのかわからない。
 元々侵入者は少なくなかったが、最近では特に多い。まさに入れ食いと言えよう。

 屋敷の範囲に張られた結界は俺自身が張ったもので、非常に秀逸だ。侵入者が入ってくればすぐに分かる。だが、一つだけ弱点があって、この結界、相手が男の時にしか働かないのだ。ちなみにこれは、男の侵入者は問答無用で死刑だが女の侵入者に対しては顔を見るまで処置を保留するという我がルートクレイシアのスパイ防止法に基づいている。女の侵入者なんてそうそういるもんじゃないが、実際の侵入者は俺が把握している以上に多いのだろう。

 この屋敷に見られて困るものなんてないのだが。

「ちょっとしたスパイスのつもりで探知系の結界にしたのはまずかったかな……んー……でもリトリみたいなのが入ってくる可能性もあるしなぁ」

 男だけに対する障壁を張るか?
 そんな結界俺が知る限りでは存在しないから、自分で開発するかあるいは調べる必要がある。面倒だ。もとよりたかが男に対してそんな努力する気になれない。

 まぁでも、そろそろ探知|《サーチ》はやめて障壁|《バリア》系の結界に切り替えてもいいかもしれないな。

 俺は首を傾げながら方針をやや修正する。
 最近、シルクやアンジェロの相手をすることが少ない。
 俺自身忙しいせいもあるのだが、反抗的な者ばかり嬲っていたせいでもあるだろう。反省すべき点だ。陵辱も嫌いじゃないが、純愛も全然いける。
 奴隷をかまうのも主人の権利であり、大切な義務でもある。
 外来ばかりかまっていては忠誠心も下がるってもんだ。

 収支報告書に、受領の印鑑をペタンと押した。

「はぁ……切り替えるか……」






第五十五話【障壁とレベルと部下たちの話】













 ルートクレイシアの屋敷は鬱蒼と茂る森のど真ん中にある。
 シーン様の趣味ではなく、先代、ダールン公の奥様であるソフィア様が自然を好んでいたため、わざわざ建てられた屋敷だ。
 森の中といっても、公爵の屋敷なだけあって、別に日光がほとんど当たらないとかジメジメしているとかそんなことは全然ない。それなりに開発された屋敷の周辺はどちらかと言うと庭園に近く、側には泉があったりして、散歩をするにも絶好の景観だった。

 だが、今はそんなものに目を向けている余裕はなかった。

 屋敷の警備は、特にセキュリティの専門でもない私から見てもザルである。
 元々ルートクレイシアに存在していた精強な騎士団はとっくに解雇され、関所も撤廃されているため出て行くも入るも好き放題であり、国境が素通りであるが故に侵入者も亡命者もダース単位でやってくる。おまけにシーン様はなかなか男を雇おうとしないため、人材不足も甚だしい。
 特殊なカリキュラムで日夜人材の開発を行なってはいるが、それも効果が現れるのは数年かかるだろう。中核を担うメンバーのほぼ全員が十代前半から十代後半――子供なのだ。いくら才能があったとしても、そう簡単に戦力になるわけがない。

 さて、本来なら領地や屋敷の警備を行うはずの騎士団を解雇し、数少ないシーン様の元に育った武官は諸国の諜報のために外に出している。
 最低限の防備すらないように見えるが、もちろん何の対策もしていないわけではない。
 では、ルートクレイシアを守っているものはなにか。

 それは……結界だ。




 屋敷の正門の周りには人が群がっていた。
 そのほとんどは黒いスーツに特性のチョーカーをつけたルートクレイシアの一員である。外では珍しくても、屋敷ではもはや珍しくもない容姿端麗なエルフの姿もちょこちょこ見える。

「あ……シルク。この状況……何が起こってるの?」

 私の姿を見て、一人の少女が駆け寄ってきた。
 女性にしてはやや長身な身長に、ピシっと糊の効いたスーツ、ややその格好にミスマッチな幼気な容貌。だが、彼女を最もよく表すのはその黒曜石のような黒髪だろう。

 アンジェロ・エージェント。

 私の唯一の同期であり、ルートクレイシアの中では武官組を束ねる立場の少女だった。

「アンジェロ……いつ戻ってきたの?」

 ついさっき、私がここに来た時にはいなかったはずなのに……

 アンジェロは武官だ。その仕事の概要は端的に言ってシーン様の玩具に限る。シーン様の欲望を叶えるための情報収集と肉体労働が主な仕事だ。
 ここ最近は調査のためにずっと国外に出ており、こうして顔をあわせて会うのは久しぶりだった。

「ついさっき戻ってきた所なんだけど……」

 視線を正門に群がる数十人の仲間に向ける。
 その気持ちはすごくよくわかる。さっきまでの私もそれとそっくりな視線を投げかけていたから……

 長旅にもかかわらず疲れを見せないのはさすがに、フィジカルな面を重点的に強化された武官であると言えるだろう。
 丁度いま帰ってきたばかりの人間を疲れさせるような事をするのは心苦しいのだが、許してほしい。
 私だって、たまには愚痴を言いたいのだ。

 そして、アンジェロは私にとって本音をぶちまけられる数少ない親友だった。

「シーン様が結界を貼り直したのよ。最近あまりに侵入者が多いらしくて……」

「それで……こっちまで締め出しをくらったと?」

「……ええ」

 ちょっと散歩でもしようと考えた過去の私をぶん殴りたい。

 情けなさすぎてため息すら出なかった。
 私が見ている前でも、何人もの部下が屋敷の敷地内に入ろうとして壁に弾かれていた。
 そう、壁だ。
 目に見えないが、透明な壁が屋敷の境界線に沿ってぐるっと屋敷を囲んでいた。

 しかもたちが悪いことに、外に出るのは自由らしい。正門の様子に気づき、驚いて外に出てきたエルフのメイドがまた一人、屋敷から締め出しを食らう。

 昼間にシーン様がおっしゃっていた言葉を思い出す。

「そろそろ侵入者に対応するの面倒になってきたから結界の種類変えるわ」

 軽い。
 それだけだ。それ以上の情報は何もなかった。
 いつもの気まぐれだと軽く流してしまった自分が恨めしい。

 手を伸ばせば届くほど近くにあるのにやけに屋敷が遠く感じた。

 結界系の魔術は大きく3つに大別される。
 すなわち、外からの攻撃から内部を守る障壁結界、外からの攻撃に反応して反撃する攻性結界、そして、内部に入ったものを感知するタイプの探知結界である。
 今まで屋敷に張っていたのは最後の探知タイプの結界だった。
 そして、今張ってあるのは一つ目の障壁結界なのだろう。
 攻性じゃなくてよかったと思うべきか。

 しかし……まさか味方まで入れないなんて。

「……ま、まぁ時間さえたてばシーン様も気づくでしょ」

 アンジェロが慰めるように言う。

 そりゃ時間が経てば気づくだろうけど……

 ため息をつく。胃がキリキリと痛む。
 時間がもったいなかった。まだまだ仕事はあるのに……

 だがそんな事も言ってられない。
 こうしている間にもどんどん人数が増えていくのだ。
 なんとか対抗手段を取らないと……

 多分シーン様が気づくには、早ければ数時間、遅ければ数日程度かかるだろう。さすがに数週間気づかないってことはないと思うけど……分からない。
 平気で3日とか部屋に閉じこもるし、閉じこもったら食事の時間すら外に出てこないのだ。もし運悪くそんな日に重なったら、しばらく私達は外で生活しなければならないかもしれない。

 アンジェロを見ると、私とは違って、この様子を見ながらも頬が緩んでいた。
 少し嬉しそうだった。久しぶりに戻ってきた実感があるのだろう。気持ちはわかる。

 その時、屋敷の周辺を見に行かせていた部下が戻ってきた。
 小走りでやってくる姿がまるで小動物のように愛らしい女の子だ。
 シーン様のカリキュラムを受けている『二期生』で名をフィス・ルリッグという。特に結界の解除という分野で才覚を発揮している武官見習いの一人だった。

 フィスは、私の方に駆け寄ってくると、息を整えてから報告する。

「シルク様、屋敷の周りを見て来ました」

「……どうだった?」

「……残念ながらやはり、綻びは見当たりませんね」

「……当然か」

 世界に影響を与える魔術である結界魔術は魔術の中でも特に難しい分野の一つと言われている。それ故、熟練な魔術師が構築した結界でも、それを解く糸口になる綻びが生じる事が多い。
 事実、エルフの集落を長年誰も通すことなく守っていた結界は、この眼の前のフィスによって見事に破られているのだ。
 そして状況は予想していた通りとはいえ、悪かった。
 エルフの集落を守っていた結界を破った腕を持つ、結界の専門家であるフィスが解除の方法を見出だせない。
 つまりそれは必然的に、私達には外からこの結界を破れないという事を指している。

 想定の範疇だったが……思わぬ時間の無駄に思わず舌打ちが出る。
 私には遊んでる暇はないのだ。

「ちっ……どうしていっつもいっつもこういうどうでもいい事に力を発揮するんだろう」

 よりにもよって、屋敷をぐるっと囲む規模の結界を綻びなしで成立させるなんて……
 一流の魔術師にも難しいであろう業を平然と軽いノリでやってのけるその技術を褒めればいいのか、どうしていいのかわからなかった。

「……多分侵入条件の設定し忘れですね。出るのは自由で入るのは一切許さない結界なんて使い道ありませんし……」

 フィスも困ったようにポツリとそう分析する。
 条件設定のし忘れ……すごい有り得そうで怖い。

「まぁまぁ……落ち着いてシルク、フィスも。いらいらするのはわかるけど」

 ぎりぎりと歯ぎしりをしながら今の状況の打破の方法を考えていた私を、アンジェロがやんわりと止める。
 穏やかな口調に私の中にフラストレーションがたまる。
 だが、その感情は次の言葉によって粉々に砕かれた。

「私なんて早くシーン様に調査のご報告をしなければならないのに……」

 足止めをくらってるのよ? それよりいいでしょ?

 と、アンジェロが惚れ惚れするような笑みを浮かべてそう言った。

 いや、足止めの原因がその張本人だから。
 などというツッコミが喉から出かけたが、すんでの所で止める。

 やっと気づいたからだ。
 アンジェロがぶちきれている事に。
 フィスもアンジェロの部下だけあって、何か勘づいたのか一歩後退る。

 もっと早く気づいて然るべきだった。
 アンジェロは長旅から帰ってきたばかりなのだ。

『シーン様に調査結果を報告するために』

 恐らくはシーン様の意向に沿う収穫があったのだろう。
 少なくとも、それなりのご褒美を期待できる程度には。

「お、お疲れ様です! アンジェロ様! あ、も、もう少し結界の様子を見てきます!」

 その微笑みの裏に透けた憤怒と焦燥とそして――どろどろした欲望に、フィスが乾い声で撤退しようとする。

 私は無防備にも背中を見せて逃げ出そうとしたフィスのその肩をむんずと掴んだ。
 逃がしてなるものか。貴方にはアンジェロを私と一緒に止める仕事があるのよ。

「なな、何を……シルク様?」

 フィスが引きつった顔で振り向く。多分私の笑顔も引きつっていたはずだ。

「結界はもういいわ。ここで待機して私の味方をしなさい。命令よ?」

 私とアンジェロはシーン・ルートクレイシアの部下に対する全ての指揮権を持っている。もちろん文官に対する私の命令はアンジェロの命令より優先されるし、逆もまた然りだが基本的には私の命令はシーン様の命令に次いで有効なのだ。
 私は、今この瞬間ほど自分が権力を握っていたことを幸せに思ったことはない。

 フィスの顔が敗北に絶望するのを見て、そう思った。
 ごめん、今度何かおごるから……

 アンジェロはそんな私達の掛け合いを見ても、終始無言だった。笑顔はもちろんそのままだ。逆にそれが恐ろしい。

 私とアンジェロの付き合いは長い。それ故に否が応にも理解していた。

 アンジェロの情緒はなかなかそうとは見えないが非常に不安定だ。
 その根底にはシーン様への強烈な依存がある。
 原因は、拾われるまでの生い立ちが関係しており、まぁ単純な話、アンジェロはその闇色の髪のせいで親や周囲から酷い差別と虐待を受けていたらしい。よくある話と言ってしまえばそうなのだが、アンジェロにとってシーン様との出会いは運命だったのだそうだ。
 故に、私もそれなりにシーン様の事は好きだがアンジェロの執着はその比じゃない。

 アンジェロは、ある意味トラウマな記憶であるはずのそれを、まるで惚気話であるかのように語るのだ!


 成長した今ではあまり表に出さないが、一時蓋を開けると、この通りだ。

 そして蓋を開けてなくても自然と膨張するアンジェロの愛は、例えば国外に情報収集に出ていてシーン様に長時間会えなくて、それでもなんとか任務を終えて帰ってきて、もうすぐ会える、ご褒美もらえるからもうちょっと我慢我慢って時にお預けをくらったみたいな丁度今のようなシチュエーションでこそ真価を発揮する。

 重い。重い。その笑顔がひたすらに重かった。
 そして、私は文官でアンジェロは武官だ。私も一通り戦闘訓練は受けたが、カリキュラムの方向性の差により、アンジェロは私よりも全然強い。
 力づくではとてもじゃないけど手が負えない。

 アンジェロは穏やかな顔で上空に輝く太陽を見て、眩しそうに目を細めた。
 胸がゆっくりと動いている。深呼吸しているのか。多分自覚しているのだろう。自分の中にあるその感情に。

 幸いな事に、アンジェロは仲間には八つ当たりしない。差別の記憶がそれを留めるのか。それとも八つ当たりの結果、シーン様に嫌われるのが怖いのか。多分どちらもなのだろう。
 アンジェロに八つ当たりを受けたら、私は大丈夫だろうけど今だカリキュラムを受けている最中であるその他のメンバーは大体死ぬのでそれは私にとってとてもありがたい。
 だが、決してだからといって油断はできない。これは一種の暴走状態だ。

 アンジェロは、数度深呼吸すると、突然こちらを向いてにっこりと微笑んだ。

「ねえ、シルク、フィス」

「「はい!」」

 笑みを浮かべるアンジェロの目の奥に輝くはどろどろとした感情。憎悪か狂気か。それとも嫉妬か。
 即応した私とフィスの判断は恐らく正しい。
 それは負の感情だ。たとえそれが私達には向いていなくても――逆らってはいけない。

 そして、アンジェロは散歩にでも誘うような軽い声で言った。

「とりあえず、今できる事をやらない?」

 と同時に、ごく自然な動きで微笑みを浮かべたまま、腰から一振りの刃を抜く。

 黒色で肉厚な刃の刀だ。常に血に濡れているかのような輝きを持つそれはまさしく妖刀と呼ぶに相応しい。何度見ても目を奪われてしまう。
 最近シーン様が作成して売り飛ばしている武器、『馬鹿でも悪魔を殺せるシリーズ』の原型|《プロトタイプ》『黒疾』
 柄にまで破滅の魔力が浸透してしまった失敗作だ。
 柄という安全地帯がないそれはすなわち全身刃も同じ。黒髪で闇の属性に対して高い親和性を持つアンジェロだからこそなんとか持てるそれはアンジェロ専用の武器だといえるだろう。

 失敗であるが故に製品版よりも凶悪なそれを無造作に片手に吊り下げるその様子はまるで悪鬼のようだ。
 容姿が少女であるというのも禍々しさに拍車をかけている。

「アンジェロ……?」

「ねぇ、シルク。今ここで止まっていても無駄でしょ? シーン様の結界がフィス程度に敗れるわけがない。そうでしょ? ねぇ、それならもっとすべき事があるとは思わない? 私はするわ。一仕事を終えてやっと帰ってきたばかりだけど。シーン様の命令を完遂して本当はさっさと報告しなければならないのだけれど。ねぇ、シルク、フィス。一体何があったの? こんなにシーン様に仇なす害虫が、シーン様がおられる屋敷の周辺に、生きているなんて……私には……絶対に……許せない」

 アンジェロの目が、屋敷の周辺に鬱蒼と茂る森林の奥を向いた。

 アンジェロの八つ当たりは仲間には向かない。それは、単純に八つ当たりをしないという意味ではなく、その標的が仲間ではなくなったというただそれだけの事実を指している。
 私の目ではアンジェロの向いている方向に何かいるとかそんな事はわからない。だが、アンジェロが何を指して害虫と呼んでいるのかはなんとなくわかる。

 侵入者……今まで毎日のように入り込んできていたそれが、恐らくシーン様の結界に弾かれて森の中に潜んでいるのだろう。屋敷周辺は開けている。隠れる場所なんて森くらいしかない。

 だが、私の考えが正しかったとすると、アンジェロはこの距離から森の中の気配を感じ取った事になる。それも、諜報に特化した気配を消すプロであるはずの侵入者の気配を、だ。人外じみた感知力だ。ともすれば――シーン様を超えてる。

「アンジェロ……貴方――『スキル・レイ』」

 ふと思い当たり、ステータスを開示するための魔術をかける。

 アンジェロがそれを受けるようにクルッとつま先を支点に一回転する。

 私は、スキル・レイの結果表示されたアンジェロのレベルを見て唖然とした。
 そして納得する。アンジェロが急いで帰ってきた理由の一端も恐らくは――

「ええ……私、今回の仕事でとうとうレベルが599になったのよ!」

 ……先を越された。

 アンジェロの言葉に、思わず今の状況を忘れて心中で舌打ちした。

 フィスも私と同じく、唖然とした顔でアンジェロを見た。

 レベル599。それは特別な意味を持つ。
 人間としての限界の壁がそこにあるからだ。レベルの数値上の限界値は600以上も続いているが、人にとってレベル599を超えると言う事は人をやめる事でもあり、それを超えるには努力以上に、才能以上に、ただただ強い意志が必要となる。
 599に至る人間は数いれど、600を超えられる人間はほとんどいない。

 ルートクレイシアは広い。公国であり、数十万の人口を誇る。が、そんなルートクレイシアにも、600オーバーは人族の誇る五大騎士の一人であるダールン・ルートクレイシアしかいなかった事からその壁を超える困難さが知れるだろう。

 壁を超えかけている。

 アンジェロの胡乱な瞳に貫かれた時以上に心臓がばくばくなっていた。

 もちろん599を超えられない人数の多さから統計学的に考えると、アンジェロが壁を超えられない可能性は高い。599と600の壁は悪魔や人を殺したり、仕事をして経験値を積めばレベルが上がっていた今までとはまったく違うからだ。

 だが……それはアンジェロが一人だった場合だ。
 アンジェロにはシーン様がいる。
 アンジェロは確実にシーン様に相談し、そしてシーン様なら必ずアンジェロを壁の向こうの高みに導くだろう。理屈ではなく、確信していた。
 彼なら絶対にやる。そして彼は600を超えたアンジェロに『ご褒美』を与えるのだ。
 それは、一番初めにシーン様が私達にカリキュラムを課す際に言っていた事だ。まだ鮮明に覚えていた。

「ねぇ、シルク。命令はされてないけど、害虫を駆除したら、シーン様にも褒めていただけるとは思わない?」

 アンジェロの言葉が、間に膜でも張ったかのように遠い。

 アンジェロの驚異的な気配探知は恐らく人間を超えかけている影響だ。
 LV600を超えた人間はたった一つ、その歩んできた人生に応じてユニークな能力を手に入れる。
 武官として諜報を主に行なってきたアンジェロが探知系の能力を手に入れる可能性は高い。

 考える。これは非常にまずい。
 私のレベルは523、年齢と、オフィス作業で上げたことを考えると非常に高いが600はまだまだ遠い。旅に出る前からアンジェロのレベルは私より高かったが、まだ600は遠かったから油断していた。

 フィスがアンジェロの言葉に、唇を噛むのが遠目に見えた。
 彼女のレベルは私よりももう二回り程下だ。

「シルクも手伝ってくれるよね? さすがに数が多いし……それにたまには身体を動かした方が、レベルも上がるでしょ?」

 アンジェロ自身にはそういうつもりはないのだろうが(というかそんな余裕残ってないだろうが)、私にはその顔が勝ち誇ってるように見えてならなかった。

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54:No title
相変わらずシーン様はどこか抜けてますなww
そしてアンジェロがキレ過ぎてスパイの命がヤバイ。
巻き込まれるシルク達の胃もついでにマッハw

シーン様は致命的なものじゃない限りうっかりミス
をよくやりそうですねw
価値観が常人とは違いすぎる故の一種の弊害の気がしますな。

そしてアンジェロ599レベル騒動でまた小さな波乱が起きそうw
本日も更新お疲れ様です。
なんだか更新がある度に狂喜しちゃって感想を書いてしまっている気が(ry
55:Re: No title
ジャイル様

いつも感想いただきありがとうございます。

シーン様は感性で生きているのでいつも部下たちが苦労しています。
そしてそれを本人は気づいていない。。。。


書ける時に書いておかないとまた更新速度が可哀想な事になるので
今のうちに平均速度をあげておきます

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