第五十六話:黒紫色の理想

「はぁはぁはぁ……一体どういう事だ! 何で君がここにいる!」

 黒髪の十代中頃くらいの少年が、肩で息をしながら鋭い視線をこちらに向けてくる。
 魔術師が好んで身に付ける漆黒のローブに、右手に握った精霊魔術の威力を上げる精霊樹で作成された身の丈程の杖は、駆け出しの冒険者ではとても手の出ない高価なものだ。
 その佇まいは魔術師にして、まるで一流の騎士のように隙がなく、また腰に差された一振りの剣からはその少年が魔術師にして肉弾戦も行える事を示している。

「……」

 私は無言で、『制裁の鎌』を掲げた。
 少年が息を飲む。
 さすがギルドのランカーだけあって佇まいは間違いなく一流だ。だがレベルは私程に高くない。
 スキル・レイはジャミングされていて効かないが、世界がその事実を私に教えてくれる。
 レベル差で押しきれるはずだ。もちろん油断はしない。

 私は、特に何も考えず、制裁の鎌の力を発動させた。

 『縛る光』

 鎌の能力が発動する。
 漆黒のブレードが黒紫色に発光する。冥界の光は太陽の光程に眩しくはない。が、その光は太陽の光と違って人間にとって身体を縛る毒だ。

 生命ある者全ての動きを束縛する死神の毒。
 浴びたものをステータス異常『行動不能』に至らしめるそれは私が使用する事を許された数少ない力だった。
 光の発生は主に、能力の顕現時の効果|《エフェクト》であるこの世界の法則からしてみれば、光それ自体に縛る力があるこの能力は初見殺しに近い。

「……」

 だが、並の人間なら間違いなく対応出来ないはずのそれに対して、少年がとった行動は迅速だった。
 いや、私が鎌を掲げた瞬間から、まるで私が何をするのかわかっていたかのように――
 少年は懐から白い珠を取り出し、力の発動と同時に地面に叩きつけた。

 鎌の光とは比較にならないくらい強烈な白い光が発生する。
 『縛る光』の効力はその光に付随する。浴びれば抵抗できないがわかっていれば対処は簡単で、光を遮りさえすればその能力を身に受ける事もない。
 私は慌てない。レベル差は歴然だ。殺れると思ったから襲ったのだから。

「……逃がさない」

 『縛る光』を解除する。
 光に眼が眩んだのは一瞬。
 標的の背は壁、唯一の抜け道は私の後ろしかない。
 逃げられる場所などどこにも存在しない。
 身体が世界にアシストされ勝手に動く。脚が勝手に床を蹴り、視界がコマ送りのようにゆっくりと流れる。
 標的は当然構えていた。だが、私の速度に対応出来ていない。光は自身の眼も同時に眩ませており、そして私と標的に速度の差は大きかった。
 私は、大振りに鎌を振り上げ、全速で鎌を少年の頭の上から叩きつけた。
 その速度は到底少年に対応できるレベルのものではない。

「くっ……」

 その時、少年が急に力を抜いて体勢を崩した。
 それによって、身体が右に大きくずれる。

「っ!?」

 一瞬脳内に空白ができる。
 手は止まらない。
 目測がずれ、身体を幹竹割りするはずだった刃の軌道がずれる。命を刈り取る威力だったはずのそれは、軌道がずれ、左手を切り飛ばすにとどまった。
 と同時に、横から見えない何かがぶつかってきた。

「ぐっ……」

 中空に飛んでいた故、そして攻撃の瞬間故に、回避行動を満足に取れずに、壁にたたきつけられた。
 轟音。
 かなりの衝撃だったらしく、壁に罅が入り身体が半ばめり込む。
 が、私にダメージを与えられる程ではない。

 だが、発生した隙は大きかった。
 物理法則に身体を束縛され、反応が一瞬遅れる。
 その隙に、少年は満身創痍ながらも驚異的な精神力で術を完成させていた。

「はぁはぁ……ぐぅ……くっ、空の空、蒼天の鎖よ、高き天より招来して汝を縛る楔となれ、『空の監獄』」

 魔術起動時に発生する独特の違和感が周囲を満たす。
 身構えた瞬間、脳裏に閃光のように光景が奔った。

「ヒッ!?」

 反射的に出た短い悲鳴。
 その時私の頭によぎったのは、目の前の魔術師が使用した魔術に対するいかなる感情でもなかった。
 私の頭によぎったのは、数カ月前に受けた闇の部屋での一幕だ。そのせいで反応がさらに遅れる。

 空気が色を持ち、質量を持った。
 身体全体に重圧がかかる。ステータスに行動不能が付与された事を感じる。
 束縛系の術だ。しかも束縛系の術は数あれど、全てのステータス異常に抵抗を持つ私を縛れるという事は相当上位の術だろう。

 背を圧迫する壁の感触。縫いとめられているかのように、身体は重力に逆らってその場にとどまり続けている。
 右腕を動かそうとする。動く。動くが、それだけだ。身体は宙に浮いたまま。まるで空中に縫い止められているかのように。

「はぁはぁ、はぁはぁ、ぐ……ぼ、僕の腕……腕が……ああ、くそっ、一体何がどうなっているんだっ!! 何故君が、僕を狙う!」

 切断された腕をまるで大事な物でもあるかのように残った腕で抱きかかえるその姿は滑稽だ。
 いや、これが本来あるべき姿なのか。

 腕を抱える少年の姿。
 また不意に風景がフラッシュバックする。

「う……あああ……」

 頭を抑える。身体が理由もなくがたがたと震えた。
 恐怖と同時に湧き上がる殺意が頭の中をコトコトと煮込む。
 ありえない。ありえない。ありえない。もう恐怖は克服したはずだ。

「何故だ、何故君が僕を狙う!! まだ、君はやるべき事をまだやってないはずだ! こんな時期に君がここにいるはずがない! Killing Field!」

 少年が青ざめた顔でこちらを睨みつける。
 これ以上言わせちゃいけない。何故かそう思った。

 だが、身体は思った通りに動かない。硬い空気が私の動作の邪魔をする。
 踏み込みがうまくできない故に攻撃は全て見当違いの方に飛んでいき、当然少年には当たらなかった。

 そして、その黒髪の少年は、言ってはならない言葉を――

「だって君は、まだ、シーン・ルートクレイシアを、殺せていないだろ!」






第五十六話【最悪のゲームの話】






 眼を覚まして赤ん坊になっている事に気づいた時には、心底驚嘆した。

 初めは夢かと思った。

 いつも通りに学校に行って、いつも通りにサークル活動をやって、いつも通りに帰ってきて、いつも通りにご飯を食べて、いつも通りにちょっと勉強してPCでゲームをやって、そしていつも通りにベッドに入った。それが最後の記憶だった。
 一週間たち、一月たち、一年たっても夢が覚めなかった時、僕こと現世で言うグレイス・フォースフィールドは剣と魔法とモンスターが蔓延る世界に転生した事を実感したのだ。

 初めのうちは、故郷を思って日々泣き喚いていたがすぐに慣れた。悲しむのに飽きたとも言える。幸いな事に生まれ変わった先の両親はできた人間で、泣き喚く僕を優しく根気よくあやしてくれた。言葉こそわからなかったものの、その動作にはたっぷり愛情を感じられて、僕はこの世界で生きていく事を決意したのだ。

 その後に行った行動はそれほど面白い物ではあるまい。
 僕は前世の記憶と既に完結している自我を武器に、よく食べよく学びよく動いた。
 幸いな事に今回の身体はスペックが高いようで、全くわからなかった言語も数年で特に障害なく習得し、身体も前世とは比べ物にならないくらい程運動神経がいいようだった。何事も初めが肝心という事なのだろう。
 特に今回の世界には前世とは違って魔法が存在しており、全ての成長を数値上に表す事ができた。成長すればそれが眼で見える。努力してもなかなかそれが目に見える形にならなかった前世と比較すると、努力が見えるというのはこれほど面白い事もないだろう。やる気も否が応にも上がった。

 僕が、自分の生きているこの世界が、あるゲームと酷似している事に気づいたのは、前世の記憶も薄れ始めた六歳くらいの頃の事である。

 それまで気づかなかったのは完全に僕の責任だ。間抜けという他ないだろう。僕は自分の能力を鍛える事にかまけ、世界情勢を知る努力を全くしていなかったのだ。
 だが、言い訳させてもらうとするならば、誰が思いつこうか。

 ゲームに似た世界に転生するなどという荒唐無稽な話を。

 僕は確かに現実で食って寝て勉強して生きているというのだから。

 僕がそれを知ったきっかけは、父親が母親と話していた下の会話である。

「おお、聞いてくれ母さん。悪魔の軍勢がルートクレイシアに攻め入り、返り討ちにされたらしいよ」

「まぁ、凄いわね。……ああ、グレイス、ちゃんとピーマンも食べるのよ」

「はい、母さま……え?」

 正直に言おう、僕がその単語を聞き逃さなかったのはただの偶然だ。
 六歳まで気づかなかったのが不運なら、六歳で気づいたのは僕にとって望外の幸運だった。
 僕の生まれた国は幸いルートクレイシア領とは遠く、ルートクレイシアで何かあったとしてもそれは所詮対岸の火事だったのだ。故にニュースもほとんど入ってくる事もなく、だからこそ僕はこの時気まぐれでその話題を振った父さんに感謝してもしたりない。
 少なくとも、僕はこの時点では確信は持っていなかったが、それをきっかけに色々調べた末にやっと気づいたのである。



 この世界が18禁SLG『黒紫|《こくし》の王』の世界に酷似している事が。

 そしてその瞬間、僕はこの世界のあまりの難易度に絶望したのである。


 さて、このゲーム、黒紫の王について簡単に説明しようと思う。

 このゲームは簡単に言うとファンタジーな世界を色々な女の子を仲間にしながらファンタジーな世界を冒険していくという趣旨のゲームである。
 当然18歳未満購入禁止なだけあって、そういうエッチな描写がふんだんに取り入れられており、僕がそういう類のゲームを好きじゃなかったらこの世界が黒紫の王の世界だなどと気づかなかっただろう。
 そんな『IF』を考えるとぞっとしてやまない。この世界は、ゲーム通りなら、前情報なく素で生きていくのは辛すぎる。

 一言でこのゲームを表すとすると、このゲームは次の一言に集約される。

 フリーダム……俗に言う糞ゲーという一言に。

 ゲームの内容はツボにハマる人にはハマるだろうし、絵も綺麗だし音楽も評価が高い。SLGだけあってやりこみ要素もある。だがそれでも糞ゲーである。
 その理由は一重に難易度の高さによる。このゲーム、油断するとすぐに死ぬのだ。そして油断していなくてもたまに死ぬ。しかもこちらが関知していない理不尽極まりない理由で死ぬのだ。

 世界観は王道ファンタジーである。
 人族と魔族と悪魔がおり、人族と魔族は手を取り合って悪魔に対抗している。悪魔は三千年前に突然現れ、神出鬼没で人や魔族の街を襲って世界を恐怖のどん底に陥れている。
 そんな世界に生まれついた主人公は、目的を達成するために可愛い幼馴染とかといちゃいちゃしながら世界の謎を探索していく。
 ストーリーは大体そんな所だ。

 ゲームはマルチエンディング方式であり、珍しい事にプレイヤーには目的が全く与えられない。だからプレイヤー自身で目的を探していかなくてはならない。
 その目的は、例えばハーレムの結成だったり、悪魔の駆逐だったり、世界征服する事だったりする。
 ゲームはプレイしている間にリアルタイムで時間が動いていき、時間を何に使うかは、ある程度選択は絞られているが基本プレイヤーの自由である。ダンジョンに入って自分を鍛えてもいいし、各国の街を回って仲間を探してもいいし、ある条件を満たすと国の上層部に食い込むことができ、軍隊を結成して他国を攻め入る事もできる。

 これだけ聞くと面白そうに聞こえるかもしれない。
 今僕はあえてデメリットになりうる言葉を避けて言った。次はこのゲームのささやかなデメリットを言おうと思う。

 まずこのゲームの世界観を思い出そう。
 人族と魔族と悪魔がおり、人族と魔族は手を取り合って悪魔に対抗している。悪魔は三千年前に突然現れ、神出鬼没で人や魔族の街を襲って滅ぼし、世界を恐怖のどん底に陥れている。
 これだけ聞くなら普通のファンタジー物のゲームにありがちな設定だろう。だが、このゲームの自由度はたやすくこのありがちな設定を糞ゲー要素に変える。
 あまり引っ張るのも何なので端的に言うと、このゲームでは街が滅ぶのだ。

 条件なんてない。完全なランダムで悪魔の軍勢に襲われてぽんぽん街が滅んでいく。主人公が住んでいるとか住んでいないとか全く関係なく、街は本当にいつの間にか地図から消えてなくなるのだ。運悪く主人公が住んでいる街を襲われるとその時点でゲームオーバーになる。もちろん抵抗もできるが、大抵の場合相手とこちらの戦力差は甚大であり、国に食い込み、軍隊を整えた状態ならともかく序盤は抵抗なんてろくにできずに死ぬ。そしてセーブポイントからやり直しになる。
 そして街が滅ぶと、その街に住むヒロインも大体死ぬ。攻略すべきヒロインが、その顔も見ないうちに死んでしまう。ゲームを進めていってもそのヒロインは当然のように出てこない。
 想像してみるといい。ヒロインを仲間にするためにレベルを上げている最中に、唐突にそのヒロインが住む街が滅ぶ。さて仲間にするぞと街を尋ねようとしても街自体が存在しない。そんな光景を。まさに阿鼻叫喚と言えるだろう。

 もちろん糞ゲーたる理由はそれだけではない。

 二つ目に、ヒロインが敵側につく。
 このゲームではヒロインにかぎらず、大体のキャラは仲間にできる。名前の出てこないキャラすら仲間にできたりする。
 そこまでは特に問題ではない。問題はそれが主人公だけの特権ではないという事だ。
 プレイヤー以外にも一部のキャラは特殊なAIを元に自由に動いており、そのキャラがヒロインを主人公よりも先に勝手に仲間にしたりするのだ。
 大体ヒロインは早い者勝ちであり、そのヒロイン足りうる一途さから別キャラについたヒロインを主人公が仲間にするのは酷く困難になる。
 そういうキャラをゲームでは『システマ』と呼ぶのだが、システマが男だと更に最悪だ。主人公の目の前でヒロインと公然といちゃつかれるのである。
 これはそういう類のゲームとしては致命的だ。どうして開発者はこんな設定にしたのか理解に苦しむ。

 だが、これらのデメリットは、ゲームとしてならではのものであって、現実世界と化している今となってはデメリットとも言えないだろう。僕がこの、ゲームの設定に酷似しているこの世界を危険視しているのは、ゲームに存在する最悪の『システマ』の存在によるものだ。

 名を『シーン・ルートクレイシア』
 通称、プレイヤー最大の敵。開発の悪意の塊。むしろこっちがプレイヤーであるべき。

 何百何千ものプレイヤーを阿鼻叫喚に叩き込んだ、チートがデフォルトのシステマの中でも特にずば抜けて酷い性格をしたシステマの一人である。
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56:No title
もう感想書きまくっちゃってるし、
そろそろウザがられてそうだなと思って自粛しようと思ったのに‥‥‥‥。
ウザかったら申し訳ない。




――――内容が!内容が余りにも予想外すぎです!
スイマセンこれは突っ込ませて下さいw

ていうかこれ元ゲームだったのかwwシーン様が敵とかシステムの影響も
あって糞ゲ過ぎますねww攻略不可能ww

確かにこの世界を創った神は馬鹿だみたいな話はシーン様が言ってた
と思いますが真相はこれかw

しかし『システマ』とはこの元になった原作ゲーム「黒紫の王」専用のゲーム用語
ですかね、システマと聞いて思い浮かぶのがロシア武術の奴しか無い貧弱な私です。

ていうかこの原作ゲーム名の「黒紫の王」からしてなんだかもうね、
シーン様からそこはかとなくチートとかの類ではなくもはやバグの匂いが‥‥‥‥。

どう考えても主人公の瞳パクられて(ry

この原作ゲームに登場していた『シーン様』と違って、
世界がシステムとはまた別にバグったのかシーン様が余りにも規格外過ぎたのか
魔王というよりは「正規魔王を倒してその更の上のエンディングボスの
大魔王を倒した後に出現する裏ボスを頑張ってレベルマックスまで上げてやっとこさ倒したのに次の瞬間にプレイしてたゲームがバグってセーブデータ消えた‥‥‥‥」

っていう理不尽の体現感MAXがシーン様のような気がしてならない。

しかしそれは今話に出てくる僕ちゃん視点でのお話であって、
シーン様当人はなんとも思ってなさそうなのがまたねw

コイツは平気で鬼畜を鬼畜とも思わない人型を象ったナニカだー!
キャーカッッコイイーダイテー!

いややっぱ無理だけどもw

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