第五十八話:黒紫色の理想

「知ってる諸君もいるだろうが、魔族領の悪魔の生息数は人族領の五倍とも十倍とも言われておる」

 巨大な黒曜石でできたテーブルに一面に広げられているのは世界地図だ。

 形としては、単純に言うとじゃがいものような楕円系。前後左右は海で囲まれ、その近辺には小さな島も転々とあるが、それらには物好きな一部の魔族や人族しか住み着いていない。

 じゃがいもはだいたい真ん中を横断する山脈で真っ二つに南の人族領と北の魔族領で分けられている。尤も、およそ三千年前に人と魔で和解が成立してからその境界線はほとんど意味を成していなかった。和解が成立してからの魔族と人族の争いの数は人族と人族の間の争いの数より圧倒的に少ないのだ。

 それなのにれっきとして境界が存在するのは一重にその山脈が難攻不落の境界であったからだ。そのせいで公路は主に空であり、転移魔術による移動など他にもいくつか手段はあるものの、その交通の便は決してよくない。

 骨ばった指がじゃがいもを縦に横断する。

 その様子を、様々な色形の眼が追っていた。潜め切れない吐息が静かな熱狂となって室内を満たしていた。

「原因は未だ定かではない。魔族領は人族領と違って常に強い瘴気で満たされておる。因果関係は未だ解き明かされてはいない」

「それもまた一つの失態だ。言い訳にもなりゃしないわ」

 誰かがしわがれた声で呟く。

 そんな事はわかってる。

 失態は功績で雪がなくてはならない。過去は変えようがないが、未来はどうとでもできる、はずだ。

「わかっておる。だからこそ、その恥は絶対に雪がねばなるまい。さもなくば……魔王様は二度とこの地を踏むことはないだろう」

 同意を得るかのようにあたりをゆっくり見渡すと、ハロルドはその指で、地図の最上端--黒く染めらた地をなぞった。

 地図に書いてある文言。

 『骨海黒墓』

 アンデッドが治める領内の一区画。

 かつては死んだ魔族を埋める大規模な墓地だった地だ。

 死の概念が薄いアンデッドだからこそ、仲間の死を酷く悼み、それ故に領内の大部分を開放し、魔族の魂を鎮めるための墓地を作った。

 だがそれもかつての話だ。

 今では魔族の死体に取り憑いた悪魔が蔓延る魔族領でも随一の巨大な地表型の悪魔の巣となっている。

「『骨海黒墓』、魔族領でも随一の悪魔の巣だ。まず最初に潰すならこの辺りが良かろう。アンデッド領には住人がほとんどいない故、告知も容易い。また、この地は私が大部分を納める地故融通もつきやく、更にダンジョンと違って、地というそのフィールド自体が死の毒となる故に探索する者もほとんどいない」

 魔族領はそのほとんどが瘴気で囲まれているが、特にこの地はその瘴気がひどい。人族でなくても、適正のない魔族では数時間と耐えられない程に。

 確かにそういう意味だと、規模の大きさ、事前準備、そして事後処理が簡単だという観点からすると適切だろう。

 だがしかし……

「まてまて、ハロルド卿。それは少し早計ではないか?」

 やはりきたか。

 それは当然予想できていたセリフだ。でも、だからこそため息が出る。

 反論してきたのは、三メートル近い巨体を持つ獣人--オークの連中だ。元来生えている剛毛は綺麗にそられ、小奇麗にしてはいるがその獣臭さは抜け切れていない。

「ふむ……言ってみよ」

「確かに『骨海黒墓』は魔族領でも随一の悪魔の巣だ。だがしかし、所詮は辺境の地、魔王様もそうそう足を踏み入れることはなかろう。ここは第一に攻めるのならば『獣王の監獄』あたりはどうだろうか? 魔王様が来訪なさるならまずは辺境などではなく魔族領の中心、魔王城跡となるだろう。そうなると、通り道にある悪魔の巣こそがまず第一の殲滅対象とすべきと考えるが?」

 その指が地図の一点--魔族領の中間地点あたりを指す。

 『獣王の監獄』

 オークなどの獣人が治める領の中心都市に存在する巨大な地下迷宮だ。

 規模こそ平野一帯を覆う『骨海黒墓』と比べるとやや小さいものの、地下に存在するという立地と迷路のように奔る無数の通路、内部を徘徊するやや知能が高い獣人型の悪魔といった条件から『骨海黒墓』にも負けず劣らず魔族の毒となっているダンジョンである。特に繁華街の中心に入り口があるといった立地条件から、ろくに準備もせずにふらっと潜る冒険者もおり、そのダンジョンが飲み込んだ命の総量は間違いなく『骨海黒墓』よりも遥かに上だ。

「しかし、『獣王の監獄』は『骨海黒墓』とは違い、地下型のダンジョンだ。殲滅するのに手間がかかる。大量の兵を送らねばなるまい。ならば先に簡単に制圧できる『骨海黒墓』をターゲットにして士気を上げた後、、その他のダンジョンの悪魔を制圧していったほうが結果的にはより効率的であろう? 兵数は募集すればいくらでも集まってこようが、相手は知性高き獣人型の悪魔、そう簡単に制圧できるレベルではなかろう」

「いやいや、『骨海黒墓』の心臓が潰されぬ限り動き続ける強靭極まりない生命力を持つ悪魔と比べれば所詮『獣王の監獄』なぞただの獣の巣、ハロルド卿、魔王様を除いた中では至高に近い闇の魔力を持つ御身と我らが同胞の力さえあれば瞬く間に殲滅できましょうぞ」

 ちょっとした皮肉が入ったオークの言葉。年甲斐もなく主張するハロルドの言葉。

 その議論を聞いて、今まで黙っていた周りの魔族がそれならばと各々好き勝手な事を言い出した。

 意見も言葉も種族も様々だが、一貫して言うことは一つ。

 『我らの地に巣食う悪魔こそ第一に一丸となって駆除するべきだ。それが魔王様の御心に沿うに違いない』

 だ。

 馬鹿馬鹿しくて見ていられない。

 私は、背から蛮刀を抜き取ると、ハロルドの城を破壊しないように手加減して床に叩きつけた。

 城が揺れる。
 大理石の床に深い罅が入り、破片がぱらぱらと舞った。

「…………」

「みんな、落ち着け」

 期待通り、静かになった。

 誰もが黙ってこちらに視線を向ける中、私はみんなの意に沿う、そして恐らく最も魔王様の意に沿うであろう少し考えれば誰でもわかる至極全うな意見を口にだした。

「最初に崩すのは竜族領にある『精竜山脈』とする」

 ハロルドが思いもよらぬ伏兵に驚いたように反論する。

「『精竜山脈』……だと? あそこは魔族領に多数存在する悪魔の巣の中でも一際攻略が難しい山脈型のダンジョンだぞ? 位置も『骨海黒墓』に劣らぬ辺境の上、比べ物にならぬ過酷な道中、出現する悪魔は物理魔術問わず高い抵抗を持つ竜型……さしもの我らでもそう易易と攻略できるとは思えん。理由を聞いても?」

 そんな当然の事もわからないとは……ハロルドとも長い付き合いだが、なかなか融通が効かない。それでもブラインド・ダークに比べれば遥かにマシだけど。

 周囲を見渡す。同胞の竜族も、その他の魔族も皆私の事を不可思議なものでも見るような眼で見ている。

 私は、全員の視線が私に集まっている事に満足して、道理を説明した。

「しれたこと。悪魔を殲滅するブレスは私の力、竜族の力だ。竜族領のダンジョンを真っ先に攻略するのは当然の事」

 私の言葉に、他の魔族は皆黙る。

 ハロルドの魔術は確かに凄い。三千年の月日はただのスケルトンに魔術の深淵を与えた。ハロルド程の魔術師は人界魔界を問わずそうそういないだろう。

 ブラインド・ダークの能力は、性格はともかく魔王様から生まれただけあって竜の高い耐性があっても脅威だ。

 しかし、だがしかし、広範囲を焼き払うのに|竜の息吹き《ドラゴン・ブレス》ほど強力な、広範囲の殲滅に適した力は存在しない。

「だがしかし、ハイライト・ドラゴンよ。我らは魔王様の僕、共通の目的を持った同胞だ。利己ではなく魔王様の御心に沿うべく力をあわせるのが道理ではないか?」

「ハロルド。貴様も、皆の者も本当はわかっているはずだ。魔王様は、どこを潰したから来訪していただけるというわけではない。潰した地にいらっしゃるのだ。そのためには手段など選ばん。もちろん悪魔の殲滅には協力しよう。だが、魔王様には第一に、竜族領に来てもらう」

 竜族は魔族の中でも五指に入る。

 悪魔は数だけは多い。

 竜族の力なくしてそれらを殲滅するのは困難だ。

 ハロルドはしばらく黙って考えていたが、やがて重々しく口を開いた。

「……まぁよかろう」

「ハロルド卿、本気か?」

 オークが、私の言葉を肯定したハロルドを信じられないものでも見るかのような眼で見る。

 ハロルドは、わがままな娘でも見るかのような目つきで私を見て、呟いた。

「仕方あるまい。こうしている時間がもったいない。どちらにせよ、考えることは皆同じよ。さっさと害虫を駆除し、魔王様に謁見を賜ろうぞ!」

「おおおおおおおおおおおおおおお!」


 魔王様どうして転生したのに魔族領にこないんだろう。

 こないのには理由があるはずだ。

 それじゃあ理由はなんだ? 三千年前から変わったのはなんだ? 住み着いた大量の悪魔だ!

 きっとこんな害虫が蔓延っているこないんだ。割りとどうでもいいからって悪魔の侵攻を放っておいた不甲斐ない私達のせいだ!

 じゃー大掃除しよう。きっと悪魔がいなくなったら来てくれるさ!

 倒したよ? 全部倒したよ? 魔王様きてきて、きたー!

 こんな感じの計画原案から始まった壮大なる魔族と悪魔との戦いの歴史が今幕を切って落とされた瞬間だった。











第五十八話【八つ当たりの話】











「シーン様、少しお休みください。アンジェロの報告は私が聞いて後で報告します」

「あ、ああ。だが仕事がまだーー」

「くっ……いつもやってないくせにいけしゃあしゃあと……今日だけは許します。私は少し話し合うことがあるので、邪魔しないでください」

「……ああ、わかった」

 シルクにずるずると引きずられていくアンジェロを見送った。

 シルクが俺に休めなどと言う事は珍しい。
 なんだかよくわからないが、別に無下にする意味も無いので受け入れておこう。

 しかしいきなり時間が空いたな……

 やるべきことは腐るほどあるが……ふむ

 ずきずきと舌が痛む。
 多重詠唱『EndOfTheWorld』で舌を思い切り噛んだせいだ。
 もう血は止まっているが、痛みはそう簡単になくならない。
 多重詠唱は複数の魔術を同時に詠唱する技だが、その実態は単純な詠唱の応用であり、ものすごく舌を複雑に動かして力技で複数の詠唱を同時に行うというただそれだけの技なのだ。
 肉体のスペックが圧倒的に劣るこの身体ではどうしても舌の動きが付いて行かない。そのため、発動こそ可能だが、いつもどこかしら口に傷を負うことになる。
 俺が人に転生してダメージを負った数は多くはないが、その大部分の要因はそれだった。

「……そうだな、軍でも再編するかな」

 新生魔王軍。
 いや、ルートクレイシア軍。
 悪くはないかもしれない。

 ずっと思っていたのだ。この国、兵力が少なすぎないか、と。
 その大部分は、ルートクレイシアを守っていた無能な騎士団全員を首にしたせいだが、元々ルートクレイシアの兵力の大部分は親父である赤の騎士、ダールン・ルートクレイシア個人の力によるものだった。
 その他の騎士共は所詮数だけの烏合の衆であり、数万人と総量だけはそこそこいたが、それとて襲ってくる悪魔の軍団をぎりぎりで撃退できる程度の力しかない。

「冷静に考えるとよくないよな……」

 シルクの言葉を思い出す。
 普通の国だったら、敵軍が進軍してきた所で、領主である俺に討伐をお願いするなんてありえないだろう。俺が強すぎるのがそもそもの原因なのだが、それとこれとはまた別の話だ。
 自分は強いと思い込んでいる傲慢を叩き潰し絶望に落とすのは嫌いじゃないが、数だけを頼りに進軍してくる連中に俺の魔術は勿体なさすぎる。舌を噛むからとかそれ以前の問題で、面倒くさいのだ。

 考えれば考えるほどいい考えのように思えた。

 だが、再編するとして、問題が一つあった。
 人材がいないのだ。
 武官育成の目的は軍を作るため、ではない。あれの目的は諜報が大体であり、戦闘能力はおまけにすぎないのだ。そもそも、みんな女なので使い捨てにできない。
 だが、解雇した騎士達を再雇用して騎士団を作るなんていう選択肢もない。
 使い捨てにはできるが、そもそもそれではダールンと同じであり、それにあいつら程度の力じゃ俺の求める軍は完成しない。

 腕を組んで深く思考する。

「生きてる連中じゃあ兵糧の問題もあるしな……やっぱりアンデッドかなぁ」

 だが、その案にも一つ問題がある。

 はっきり言おう。
 俺はアンデッドは嫌いだ。大嫌いだ。
 あいつらは天才で美しく最強であるこの俺に相応しくない。
 生きているからこそ、命を燃やして死にゆく其の様が美しいというのに。

「妥協点でゴーレムかな……いや、だがしかし……」

 だが、奴らはどううまく作っても作成直後は頭が悪い。
 学習機能こそあるので時間さえ経てばそれなりに使えるようにはなるが、それには長い時間がかかる。
 俺は面倒なのが嫌いだし待つのも嫌いだ。一体一体術者が手で作成しなくてはいけないゴーレムは、一体二体ならまだいいが、軍を作るのに向いているとは言えない。
 え? ゴーレムも生きてないじゃないかって?
 それとこれとはまた別の話だ。

 となると……

「新たに作るのではなく、もう既にあるものを持ってくるか……」

 気が進まないがそれくらいしかあるまい。
 数こそ揃わないが、それなら思い当たる節があった。

 まぁ重要なのは数じゃない。強さだ。
 使い捨てできて、代わりに俺の敵を滅ぼしてくれるならなんだっていい。

 そして、俺と同程度の力を持つ存在だったらその数も一匹で事足りる。
 生きているかどうか微妙だが、死んでたらその時はまた考えるとしよう。

「地下室でやるか……いや、無理だな。外でやるか……」

 大きさ的に多分入るまい。
 森の中でやったほうがいいだろう。それなら万が一が起こっても屋敷に被害を出さずにすむ。
 まだひりひり痛む舌を感じながら、俺は過去に向き合う覚悟をした。




******************************




 前魔王であり俺の親父だったシルベルト・グラングニエル。
 それから王位を継いだ時、魔族は決して一枚岩ではなかった。
 グラングニエルとは王の一族である。当時いたグラングニエル族の数はおよそ二百、それら全てが全て大なり小なり王の資質を持っていた。
 船頭多くして船山に登るとの言葉もあるように、指揮系統が複数あってもいい結果には決してならない。魔王の称号こそ、その一族の中でトップであることこそ示していたが、親父は甘すぎたせいで別のグラングニエル族に忠誠を誓う魔族達、全ての反乱分子を抑えることができていなかった。まぁそれが自分の子供だったせいもあったせいかもしれないが。
 それこそがグラングニエル族を魔王に掲げる魔族達が、性能である人族をいつまでたっても滅ぼせなかった理由の一つだったのだろう。

 故に、俺が魔王に就任した後、第一に実施した事は同族の有力者とそいつらに忠誠を誓う魔族たちを封印した事だった。
 グラングニエル族の戦闘能力は一流であっても唯一では決して無い。グラングニエルの第一の特性はカリスマだ。それ故に、他の魔族、脳筋連中の中にはグラングニエルを遥かに凌ぐ性能を持つ魔族もいる。

 反乱分子はまとめて殺した。死なない奴らは封印した。
 明確な反乱分子じゃないやつらも少し殺して封印した。

 当然だ。俺に忠誠を誓うならばともかく、他の兄弟に忠誠を誓う魔族など俺の魔王軍に必要ない。俺は優しいが、優しさと甘さはまた別のものである。

 兄弟は闇の宝玉と呼ばれるマジックアイテムに封じた。
 オーソドックスなタイプの封印だ。物と手順さえあれば誰だって封印を溶ける。まー手順はともかく物はどこにあるのか知らないが。
 残りの奴らはゲートを開いて異空間に追放した。封印するには宝玉が足りなかったためだ。
 こっちは場所さえ知っていれば誰でもゲートを開いて連れ戻せるし、向こうからこちらへのゲートを開けば向こうからこちらに戻ってくる事もできる。

 俺が思いついたのは後者の方である。兄弟なんてたとえものがあったって二度と復活させるつもりはないし、そもそも興味自体あまりない。
 封印と追放の違いは追放の方は時間がそのまま進んでいるという点だ。
 三千年以上前の話なので今生きているかどうかは不明だが、まぁそれは呼び出してみてから考えればいいことだ。

 森の一部を伐採して広場を作った。
 さっさと魔法陣を描く。
 チョークとかペンキでも良かったが描くものがなかったので血液で代用した。取りに行くのが面倒だ。

「さて、何を呼び出すべきか……とかいってもどのアドレスに何を追放したかなんて覚えてないんだけど……」

 鼻歌を歌いながら魔法陣にアドレスを組み込んでいく。
 アドレスというのは、異世界の座標をアルファベットと数字で表したものだ。ゲートを開く際に入力するもので、この数字を組み込むことで毎回ゲートを同じ場所につなげる事ができる。
 重要な数字なので一応全部覚えてはいるが、どこに何をいれたかまでは覚えていない。

 適当にその中から一つ選んで魔法陣に組み込んだ。

「生きてるといいんだがなぁ……"螺旋回廊"」

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