第五十九話:黒紫色の理想

「くそ、またハズレか!」

 転移門から半分出てきかけた灰色の塊を引っ張り出し、地面に叩きつける。
 それでも怒り収まらず、それを二度三度と踏みつけた。
 かろうじて翼や牙のような物が見て取れるが、それにはもう殆ど生物としての原型がなかった。

 計画は予想外に難航していた。
 不死だったはずの連中だが、時間の流れというのは予想以上に残酷だったらしい。
 完全なら物理耐性やら魔術耐性やら驚異的な蘇生能力やら持っていても、闇の中での三千年の孤独には耐え切れないという事か。

 なかなか勉強になるな。メモ帳にその旨を記載する。
 次厄介な不死の敵が出てきたら異空間にふっとばすことにしよう。

 しかしこれは困ったな。
 魔法陣に次のアドレスを書き込みながら、辺りに転がる灰色やら黒の残骸を見回した。
 その数、三十あまり。大きさは大小それぞれだが、どれもが干からびたような色をしていて、森の景観を脅かすこと甚だしい過去の残骸だ。

 まだまだアドレスは残っているが、もう無駄かもしれないな。

 ため息が出てくる。

 まったく、この俺が必要としているというのに。
 その時、ふと顔にしずくがあたった。

「……ん? 雨か……」

 空を見上げる。
 灰色の雲が俺の心中を表すかのようにもくもくと空を覆っている。
 ポツリ、とまたしずくが顔にあたる。
 屋敷に戻るか。

 対悪魔の戦力についてはまた考えなおそう。







第五十九話【戦力の話】











 部屋から退出し、あまりに暴れるのでやむを得なく、つかむ場所を『腕』から『髪』に変えた。

「痛い痛い、痛いって!」

「いいからこっちにきなさい!」

 ずるずるとアンジェロを引っ張っていく。
 途中で書類を持って歩いてくる文官見習いの娘とすれ違った。
 私達の様子を凄いものでも視るかのような眼で見てきたので、睨みつけてやったら逃げていった。

 私だって好きでやってるわけじゃない。

 ずるずると一室の前まで引きずっていった。
 涙目で髪の毛を抑えているアンジェロを見下ろす。

「アンジェロ、いい加減痛がるフリをやめてくれない? 私がまるで折檻してるみたいでしょ」

「……痛くないわけじゃないんだけど」

「でも、『フリ』でしょ?」

「…………」

 無言で部屋にはいる。アンジェロが後ろに続いた。

 六畳半ほどの小さな部屋だ。あるものはテーブルと椅子くらいな面白みのない部屋。
 アンジェロが後ろ手に鍵をかける。

 この部屋は屋敷では珍しくもない空き部屋だ。
 だが、シンプルなその様相とは裏腹にこの部屋のセキュリティはシーン様の部屋に続く強固さを持っている。
 ありとあらゆる盗聴、遠視、そして転移系魔術に対する耐性と、物理的な強度を備えたこの部屋は私とアンジェロが全力を尽くして構築した秘密のミーティングルームだ。聞かれたくない事はここで話すようにしており、たとえシーン様でもここには入ってこれない。
 というより、入ってこないでくださいとお願いしている。だから多分はいってこないだろう。

 硬い椅子に腰をかける。
 アンジェロが対面の椅子に腰を下ろすのを待って、尋ねた。

「アンジェロ?」

「……ええ、悪魔の殲滅は完了したようね。偵察から連絡が来たわ。こちらの被害者はゼロ」

 アンジェロが耳を手で塞いで言った。
 ルートクレイシアの各地に散っている偵察兵からの連絡だろう。
 私はとりあえずの危機が回避されたことにほっと胸をなでおろす。

「正直……油断してた。悪魔の襲撃なんて二年ぶりだったし、今回はなんとか対応出来たけど、犠牲者が出てもおかしくなかったわ」

 偵察を出していたのは偶然だ。
 ルートクレイシアは広い。少ない要員をそんな監視のような作業にずっと裂くわけにもいかない。
 シーン様は最強だが、気づいていない所で人が死ぬ可能性も無いわけではないのだ。
 今回こそ、『山』が発生した件で偵察を多めに出していたのでなんとか気づけたものの、平時ならば後手に回ってもおかしくなかった。

 アンジェロが「はぁ」と一つため息を漏らす。
 その表情は、さっきまでシーン様にだらしない顔でじゃれついていた少女とはまったくの別人だった。

「人数が足りなさすぎる。今年で二期生が卒業するけど、それでも全然足りないわ。まさかずっと外に出しているわけにもいかないし、主要な街にだけ『念話』を使えるメンバーを置くにしても、間に合わなくなるかもしれない」

「そうね。でも問題はそれだけじゃない」

 深刻な人不足。
 それはルートクレイシアに数年前から存在した問題だ。
 当然、それに対する対策としてメンバーの育成は行なっている。二人で綿密にプランニングされたルートクレイシア五カ年計画は簡単なものではなかったが、決して不可能なものではなかったはずだ。

 アンジェロが頬杖をつく。艶かしい仕草で唇をペロリと舐めた。
 どろどろとした濁った黒い瞳の置くに燃える情欲の炎。

「血が出てたわ」

「ええ」

 頭が状況に痛み、胸が感情で痛む。

 私は、ルートクレイシアの筆頭としてシーン様からの情報は大体把握している。
 シーン様は情報を基本的に隠さない。それが信頼からくるものなのか、怠惰からくるものなのかはわからないが。

 Killing Fieldに生命の大部分を譲渡した事実も、決して例外ではなかった。
 私とアンジェロは知っている。シーン様の寿命がもうあまり残っていない事を。

「シーン様は弱ってる」

 その事実を耳にしてから、今まで決して議題には挙げなかったそれをあげた。
 言いたくなかった。本来ならもっと早く挙げなくてはならなかったのだろう。

「私達の計画はシーン様の戦闘能力を当てにしていた。偵察に特化した者達を育成し、それによって得られた情報を元にシーン様が殲滅する。それが最もローリスク・ハイリターンだったし、最も早く実用化できるプランだった。それは間違いないわ」

 そもそも人族はそれほど戦闘に向いた種族ではない。
 限界こそ突破すれば驚異的な戦闘能力を手にできるが、それには何年も何十年もかかる。
 そんな時間、私達にはなかったのだ。

 アンジェロが答える。

「シーン様の命をこれ以上削るわけにはいかない」

 それはまったくもってその通りだ。
 この国はシーン様の国なのだ。私もアンジェロもシーン様の所有物であって国の所有物ではない。シーン様についていくと誓ったあの日から。

 たとえそれほどその人生が長くないとしても。
 そんなのは私達には関係ないのだから。

「シーン様の代わりの戦力を組むしかないわ」

 自分で言ってて、あまりの無理難題に涙が出てきた。

 シーン様は唯一無二である。
 それはその存在『も』そうだが、魔術の特性もまた唯一無二だ。
 数百キロ遠い所から自由に敵を殲滅できるその魔術は莫大な魔力消費と緻密な操作が要求され、彼以外に使い手がいない。 
 そもそも、そんな魔術をぽんぽん使えたら人間はとっくに悪魔という敵を駆逐し尽くしているだろう。

「騎士団を組み直すのは難しい。信用がもうなくなっているし、お金もない。他国に雇われている者もいる」

 アンジェロが淡々と事実を述べる。

 戦力と聞いてまず一番初めに思いつくのはルートクレイシア騎士団だろう。
 かつてのルートクレイシア最強戦力、赤の騎士、ダールン・ルートクレイシア率いる精強な騎士団である。その力は世界広しといえど、同等程度の国の騎士団としては最強を誇り、数々の武勇を他国に広めてきた。
 ルートクレイシアを襲撃する数々の悪魔を打倒し、今まで国を守ってきたその力は本物だ。
 再度集めることが出来れば、力強い味方になるだろう。

「無理ね。そもそも彼らはシーン様に恨みがある。たとえ可能だったとしてもその手を使うのは危険過ぎる」

 彼らは何も悪いことをしていないのにシーン様にリストラされている。
 シーン様にどんなに恨みを持っていてもおかしくない。そしてその恨みは当然私達にも及んでいるだろう。

「私達が戦うわけにもいかないわ。人数が足りないし能力も足りない。単体なら倒せても群れが来たら街を守り切れない」

 アンジェロ達、武官達に最も足りないのは『範囲』である。
 彼女たちの攻撃手段は基本的に物理だ。物理の方が魔術よりも習得しやすいため、そしてその育成の主目的が悪魔の群れの殲滅でなかったが故だった。

 悪魔の襲撃は最低でも数百、多ければ数万単位の群れになる。
 その数は一体一体首をはね無くてはならない物理による戦闘能力保持者にとって致命的だ。それを埋めるには同等の数を集めるか魔術系の範囲攻撃が可能な面子を揃えるしか無い。

 そもそも、シーン様の力が対群の殲滅に最適だったのが悪いのだ。そうじゃなかったら私だってもっと前から対策を考えていたはずなのに。

「傭兵……魔術師を雇う? でも強力な魔術師はもう既に他国に雇われてるわ。引き抜きとか……」

「引き抜きは多分無理ね。強力な魔術師は国の財産よ。そう簡単に手放すとは思えない」

「……私達が魔術を覚えるとか?」

「時間さえあれば……それも一つの案なんだけど」

 一つ一つ選択肢を消していく。
 状況は悪い。何が悪いって、タイミングが悪かった。
 悪魔の襲撃は二年前を境にぱたりとやんだはずだったのだ。
 此処数年、他国では悪魔の襲撃が苛烈を極めていたがルートクレイシアに近づく悪魔は一匹もいなかった。

 シーン様の評価は悪い方に高い。
 他国にシーン様が戦えない事を知られてはいけない

「ダールン様に戦ってもらう? 彼のユニークスキルがあれば悪魔の群れなんて……」

 確かに赤の騎士、ダールン・ルートクレイシアのユニークスキルは攻撃系であり、強力で且つ範囲が広い。
 ルートクレイシア騎士団が最強を名乗る事のできたその最大の理由でもある。

 ユニークスキル『呪炎剣』

 あの力さえあれば……

「……シーン様のお父上に死ねって言えるならその案もいいかもしれないわね」

 呪炎剣の範囲は広く強力だがそれでもEndOfTheWorldとは比べ物にはならないだろう。
 数万の群に単騎で突っ込ませたらまず確実に本人も無事じゃ済まないだろう。

 まぁシーン様は言えるんだろうけど、さすがに私には言えない。
 刻々と時間だけが過ぎていく。
 一時間も過ぎた頃、アンジェロがポツリと一つの名前を出した。

「……クリア、とか」

「…………」

 脳内の燃えるような赤髪を持つメイド服の少女の姿が湧き上がった。
 炎の少女。クラウンシュタインで炎の壁を発生させたシーン様の教えを受けた『一番弟子』の姿が。

 クリアに関する情報は少ない。

 ある意味その存在は、カリキュラムを第一に受けたことを自負していた私達に取ってはタブーであり、シーン様にとっても思い出したくない思い出らしい。

 だが、シーン様が一度だけ言っていた。

 彼女は狂人で理解不能で、そして、『天才』らしい、と。

 アンジェロの表情もどこか不満そうだった。恐らくその名を出すだけでも多大な労力を払ったに違いない。

「彼女に関しては情報が少ないから判断できない。でも、可能性はあると思う。ずっとじゃなくていい。時間さえあれば手はいくつかある。交渉の時間さえあれば」

 彼女は今シーン様の命令でルーデル領でルナ様を護衛しているはずだが、確か帰還命令が出ていたはずだ。シーン様に聞いてみよう。

「クリア帰還後に再度対策を練りましょう。それまでに悪魔が襲撃してきたらーー」

 ダールンでも武官でも領民でもシーン様以外の何を利用してでも守ってみせる。
 シーン様がそれを望む望まないに関わらず。
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